第38話 駆けつけた場所では

 私は、沙也が三谷さんと会わないように、店まで連れて来る気だった。

 記石さんのいる喫茶店が一番安全だからだ。

 ただし、その行程で三谷さんに見つからないようにしなくては。


「上手くいったら、今日で一件落着するかもしれないし」


 学校まで遠回りする道を走りながらつぶやく。

 三谷さんに会うわけにはいかない。先に私が遭遇して、自分が危険にさらされても困るのだ。


 ……想像してぞっとした。

 思わず、亜紀の事件を思い出してしまったから。


 あの時も、記石さんが助けてくれなかったら、どうなっていただろうか。

 車にひかれかけた時は、確実に怪我をしていた。悪くすると死んでいたかもしれない。


 亜紀が私を探してさまよっていた時はどうだろう。

 あの時は喫茶店で記石さんに守ってもらえていた。だから危険なことはなかったけれど。誰もいなくて、一人で亜紀に会っていたら……車道に突き飛ばされてでもいたのだろうか。


 思えば不思議だ。

 ほんの少しのうらやましいという気持ちが増幅したからといって、どうして殺したり怪我をすることを望めるんだろう。

 そうしたからって、私は別に槙野君と付き合ったわけではない。亜紀の嘘がバレないわけじゃないのに。


 三谷さんは、沙也を傷つけたり、私と強引に友達になろうとして……何を手に入れたいの?


「槙野君に、注目、されたいだけ?」


 だから槙野君に褒められた彼女とそっくりになりたかったの?

 けれど彼女と三谷さんは別の人間だ。

 ましてや槙野君がほめたのは外見じゃない、彼女のセンスだ。そこまでも盗もうとしている?


「それより、自分のセンス、磨いた方がっ、有益っ、じゃないのっ!?」


 走りながらもついつい愚痴を口にしてしまう。


 そうだ。

 みんな手っ取り早く何かを解消しようとするから、そんな風になるんだ。


 亜紀はうっぷんを手っ取り早く解消するため、私が傷つくことを望んだ。槙野君を本当に振り向かせる努力をするよりも、早く叶うから。


 そして三谷さんは――自分のセンスを時間をかけて磨いて称賛されるより、努力せずに他人のセンスを真似して槙野君にほめられたがった。

 そのために邪魔だから、舞島さんを傷つけ、今は沙也を傷つけようとしている。


 これはもう、私は心底怒っていいと思った。

 亜紀の時には当事者だったからぼうぜんとするばかりだったけど、今度は違う。

 沙也が恐怖で怒れないのなら、私が怒ればいい。


「私だって、迷惑、かけられてるんだからっ!」


 息切れしそうになりながら、ようやく学校の裏門に到着する。

 携帯をチェックすると、沙也からメッセージが届いていた。


《グラウンドの端、校舎側にいるよー》


「うっ……」


 たしかにそこなら人がいるだろう。

 槙野君を眺めたい女子が下校してしまっても、運動部の人が歩き回っているし、練習をしている人たちの目も届く。

 でもその分、三谷さんにも見つかりやすい。


 ――間に合って!


 願いながら、私はもう一度走った。よたよたとだけど。

 そしてグラウンドにたどり着き、ぼんやりと運動部の練習風景を眺めていた沙也を見つけた時……沙也に黒い烏の群れが襲い掛かった。


「沙也!?」


 思わず叫ぶ。

 沙也も気づいて、だけど逃げられずにその場にしゃがむしかない。


 だけど一度事件があったのが幸いした。

 近くにいた野球部のマネージャー女子が、スプレーを片手に沙也の元に走ってくれた。

 クールダウンさせるためのものだろうけれど、烏には十分効果があった。一度沙也から烏が離れ、何匹かはそのまま逃げて行く。


 だけどまだ逃げない烏がいる。

 それは、到着した野球部の顧問や、部員たちが駆けつけて追い払おうとしてくれた。


 あちらは、私が行かなくても大丈夫だ。

 ほっとした私は、三谷さんを探した。


 烏が逃げて行った方向は、散り散りで参考にならない。

 だから私は、舞島さんが襲われた木立の方へ向かった。


 そこは、特に庭を造るために置かれた場所というわけではない。過去の卒業者が記念に木を植えて、林のようにしていった場所だ。

 学校内で唯一、少しは見通しの悪い場所。

 舞島さんが襲われたから、入らないように注意喚起でロープを張っていたけれど、ロープを乗り越えて入り込んだ。


 そこに、三谷さんがいたから。

 彼女のまとう影は、さらに濃くなっている気がする。日陰であってもまだ暗い時間ではないのに、その顔がよく判別できない。たぶん、うつむいているからじゃないと思う。

 その足元には、何か黒いものが落ちている。


 ――烏だ。


 視認できたとたんに、私は喉の奥で悲鳴を押し殺した。

 首を折られた烏が、三谷さんの足元に三匹も落ちていたのだ。

 彼女は私に気づき、ゆっくりと顔を上げる。


「私の、友達になりに来てくれたの?」

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