第28話 困った状況の経過は
翌日、登校途中で会った亜紀と手を振る挨拶だけをして、教室に入った。
沙也と芽衣は先に来ていたようだ。
挨拶をした後、沙也は芽衣にも打ち明けたことを話してくれた。
「美月に話したおかげで、打ち明けられたの、ありがとう」
「私なにもしてないし。沙也なら、芽衣にも言わずにいられないと思ってたもん」
そう言えば、沙也も芽衣も「だよね」と笑う。
「しかし厄介だよね。こっちの真似だと非難されるなら、喧嘩を買えばいいんだけど」
芽衣の意見は乱暴だけど、その通りなので質問にうなずく。なまじ何も言わずに、ただ真似するだけなので相手に言いにくい。
「似た人を探せばいるぎりぎりの感じなのが、どうも……もやもやするのよねー」
沙也は昨日言った通り、今までで一番地味そうな髪型をしていた。
何もせずにただ一本結び。ゴムは黒。地味めの服装を好んでいたり、そこに構う時間を他にふりわけたいタイプの女の子っぽい感じになっている。
これなら真似をしよう、ということにはならなさそうだ。
でもあまりにも急に地味に変えてしまったせいなのか、クラスの他の女子に心配されたようだ。
「久住さんどうしたの?」
「髪飾り落としちゃったとか?」
気遣うような表情で言われて、沙也は手を振って「違う違う」と言う。
「ちょっと真面目な自分になってみようかと思って。ほら、この間のテストがちょっと……」
苦笑いをする沙也に、話しかけた女子もなるほどと思ったらしい。
「私も真面目にやらなくちゃ……」
「落とし物とかじゃなくて良かった」
沙也の言葉に納得して、二人はまた自分達の話に興じ始める。
問題の三谷さんは、一度ちらりと教室の中をのぞいて行ったみたいだ。私がいない時だったけれど、芽衣が見ていた。
「たぶんあれ、沙也のことチェックして行ったんじゃないかな。昨日の沙也と似たような黒いリボン結んでたし」
「今日も真似してたの……」
私は見なくて良かったと思ってしまった。
でも沙也はふふんと鼻歌を歌い出しそうな表情だ。
「今日のこれは真似したって、私だけじゃないもんね」
「でも明日からずーっと地味にしてくるかもよ? そうして沙也が、元のように戻すのを待ち続けてたら……」
芽衣が脅すと、沙也が身震いする。
「やめてよ芽衣―。ほんっとに怖いから」
「ごめんごめん。でも、これで収まるといいんだけどね……」
その日はもちろん、問題なく過ぎて行った。
放課後は、沙也と一緒に教室を出て玄関へ向かう。
そこにたまたま、自分のクラスの男子と女子たちが数人たむろしていた。
「さよならー」と普通に挨拶して通り過ぎようとしたところで、沙也が呼び止められた。
「久住さんどうしたの? 今日はあんまり髪型凝らなかったみたいだけど」
クラスメイトの女子は「可愛いと思ってたんだ」と言う。
「ほんと? ありがとう! でもちょっと、事情があって」
えへへと笑って沙也がごまかす。
説明しにくいし、理解してもらおうと思ったら長くなるからだろう。長い説明が必要なものって、クラスメイトぐらいの浅い関係だとちょっとね……。
「あ、確かにいつもと違う」
そんな相づちを打ったのは、近くにいた槙野君の友達だった。友達の男子の声に、槙野君が振り返る。
「でも自然な感じでいいんじゃないか? 俺は化粧濃い子よりは印象いいけどね」
なんてことを言い出した。
沙也はびっくり眼だし、話しかけた女子も私も目が丸くなる。
「あーわかるわ。化粧濃いのはね」
「だろ?」
男子同士で、そのまま化粧の濃さはどこまで許せるかという話が始まる。意外によく見ているんだなと思いながら、私はそれに耳を傾けた。
けど、沙也とクラスの女子はそれどころではなかった。
「わたし、ちょっと地味にしてみようかな」
一人がそう言うと「私も」と続く。
「確かに簡素な方が、先生にはウケいいんだよね」
「推薦受けるならやるべきかもよ?」
「あ、それちょっと考えた」
さすがに二年になったからか、来年の受験のことを気にする子が多いようだ。
そうだよね、推薦を受けたくても人数制限のある大学は多い。いざ選んでもらおうと思ったら、普段素行のいい別な生徒に割り振られる可能性もあるだろうし。
「ああ……本当に勉強しなきゃ……」
沙也がため息をつく。受験の話を聞いたからだろう。
「一緒に勉強する?」
「そうしよっかな」
沙也がうなずいたので、私達はその日、お客として喫茶店オルクスに入って、お茶を飲みながら勉強会をしたのだった。
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