第27話 残り香
「そうそう!」
沙也もそう感じていたらしい。同意者を見つけたからか、ほっとした表情に変わった。
「良かった……被るくらいでとか言われなくて。お母さんにそう言われてから、身内がこういうぐらいなんだから、友達でも同じこと言われるかもって不安で。それに学校の課題みたいな評価に関わるものまで真似されたら、憧れとかそんな風に思えないよ……」
「そこも嫌な感じ。自分の感覚信用していないにしても、せめて沙也に教えてもらったとか、そう言ってくれたら……」
「そうなの! 美月を信じて話して良かった……」
涙ぐむ沙也に、信じて良かったと言われて、私も嬉しくなる。
「ただ急に成り代わりってのも、ちょっと怖いよね」
「だよね。やっぱり真似する理由がわからないよ……」
「沙也はセンスがいいからだと思うけど……。沙也の持ってるものとか可愛いなって思うし」
「可愛いかな?」
「私も芽衣もテイストが違うから、真似しないだけだよ。可愛い可愛い」
褒めると沙也はにへらっと笑う。その気を抜いた猫みたいな表情を見せてくれるところが、とても嬉しい。
「だとしたら、考えるべきは対策だよね」
「どうしたらいいかな……。毎日同じ髪型で飾り気なしで行くべき?」
「一週間ぐらいはそれで通して、様子を見た方がいいかも? 美術のも、沙也のセンスがいいから真似したんだろうから、逆に私とかと題材とか画材とか合わせたらどうかな? 真似されても、同じことする人を増やしておけば、沙也の気持ちとしても楽でしょう?」
「あ、それならいいかも。それなら私だけ真似することにならないから……」
沙也はすっかり笑顔を取り戻した。
「美月に相談して良かった。ほんとありがとう。言えないままだったら、学校に行くのも嫌になっていたかも」
同意してうなずく。私だってそんな状況に巻き込まれたら、一日ぐらい休んでしまいそう。
「よし、明日から少し野暮ったい子でいく! じゃあまたね」
沙也が席を立つ。
振り返ると、既に記石さんはレジに移動し始めていた。
私はお会計を済ませて、手を振って出て行く沙也に、手を振り返したのだった。
ほっとした私は、掃除に戻ろうとしたら。
「実にいい餌に育ちそうですね……」
レジの作業を終えた記石さんがつぶやき、私はギョッとした。記石さんが餌だなんて言い方をする時、それはすなわち……。
「え、記石さん、まさか……鬼」
「よくわかりましたね美月さん」
記石さんは楽しげに微笑む。
「実にいい餌になりそうな、匂いがしました」
「うわ……」
思わず呻いてしまう。それからハッと気づく。
「え、まさか沙也に取り憑いていたんですか!?」
「そうではないんですよ。鬼になりかけの者に、印をつけられたのだとわかるといいますか。残り香が彼女にくっついていたんです」
「残り香……」
まさか、亜紀のことで悩んでた私も、その残り香がしていたんだろうか?
「最初は微かに、やがて百合の香りのように強く」
記石さんが歌うように言う。
「完全な鬼になるまでの間に、匂いは強まるんです」
「一体どんな匂いが……」
唾をのみこむ私に、記石さんが教えてくれる。
「柾人は、薔薇の香りが混ざった血の匂いと表現していたでしょうか。生き血をすすりたくなるような、そんな衝動を感じるんだと」
「生き血……」
こわい。最近は便利な人のように思えてきていたけれど、やっぱり鬼なんだなと再認識する。
「じゃあ私もあの時は?」
「そうですね、美月さんからもそんな香りがしましたよ。通っていらっしゃるうちに、だんだんと」
怖い、と思った私だったけれど、一瞬後に気づいた。それって、記石さんに匂いを嗅がれたってことでは。
うわ恥ずかしい。思わず顔を覆ってしまいそうになる。
いや、それよりも沙也のことだ。
「鬼の匂いがするということは、沙也に関わっていた人が鬼を産み出してるってことですか?」
「そうでしょうね」
記石さんに肯定される。その鬼になりかけの人物は、間違いなく沙也の悩みの種の人だろう。
「逃れる方法ってあるんですか?」
柾人さんを連れて行って、食べてもらえばなんとかなるのかな。私はそう単純に考えた。
「基本的には、鬼を連れている人間の関心を逃れられればいいかと思います」
沙也から相手が興味を失えばいいってことだ。
それならと思ったけど、記石さんが続けた。
「しかし、上手くいくでしょうか?」
「難しいでしょうか……」
そう言うと、記石さんがふっと笑う。
「人の執着心というのは、わかっていても止められないもの。それに、振られても諦めずに好きで居続けることを、ものすごく神聖視する方もいますよね? 本人と周囲は一途だとおもうその行動は、果たして対象者にとってはそんな綺麗なものなんでしょうか?」
「あ……」
すげなくされても、一人を思う物語はたくさんある。
一人だけを好きになって、最後に思いが届いて、相手も好きになってくれるのは綺麗なお話だと言われるけど。
「確かに、怖いですよね」
断っても喰いついてくる相手を、一途だと思えれば、綺麗なお話のままになる。でも思われた相手が、嫌がっていたら? ある意味、憑りつかれてしまったような気味の悪さしか感じないだろう。
それだけの執着を、恋という形ではないもので向けられた場合、が沙也の事件なのだと思う。そして沙也は心底嫌がって、離れたがっている。
「そこまでの執着ではないことを、祈るばかりですね」
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