第10話ほっとするおしゃべりの時間
「ちょっと不気味よね」
予定通り喫茶店につくと、注文を終えたところで、芽衣が言う。
「私も……。昨日は一緒に行けなかったって愚痴メールが来たから、何か言われるかと思ったのに、意外だった」
何も起こらない方がいいんだけど、それはそれで不安になる。
「でも亜紀の問題が終わったんだとしたら、逆に言いやすいかも」
終わったことなら、聞いた芽衣や沙也も、深刻に受け止めすぎないかもしれない。
「そーそー。結局何だったの?」
身を乗り出して来た沙也にさいそくされて、私はかいつまんで亜紀とのことを話した。
「ふーん。じゃあまとめると、亜紀が槙野君と付き合ったことを美月に教えてきた後、槙野君の側にいたいがためにうちの教室に、美月を理由にして日参してたと。しかも美月が失恋したも同然なのに、毎日のろけ続けた、と……」
「あちゃー……」
沙也が苦笑いする。
「それは逃げるよねー」
「遠回しに自慢したかったんだろうけど、毎日じゃ逃げられても仕方ないわね」
芽衣も同意してくれた。
沙也にそう言ってもらって、私はほっとした。
たぶん私、誰かに自分が逃げていることを肯定してほしかったんだと思う。言えなくて溜めこんでいたから、ものすごく辛い気がしてしまったんじゃないのかな。
「ありがとう二人とも。そう言ってもらって、なんだかすごくほっとした。私、言えなかったことが辛かったみたい」
「当たり前だよ美月。じわじわといじめられてるようなものだもの」
お礼を言ったら、沙也にきょとんとした表情でそう言われた。
「え?」
「だってそうでしょう? 失恋した相手に、ずっと私は彼と幸せになったのって言い続けるのって、いじめだと思うんだけど」
「でしょうね。ほら、シンデレラがもし舞踏会に行けなかったとしてよ? 帰って来た姉達に、舞踏会がどれだけ素晴らしかったか教えてあげるから、笑顔で聞きなさいって強要されたら、いじめだと思うでしょ?」
「確かにシンデレラ、かわいそう……」
芽衣の説明で納得する。
「それでも避けるだけで、ここ来て勉強して済ませてたんだから十分偉いわ。私テストどうしよう……もうすぐ中間……」
芽衣がぐったりとテーブルに突っ伏しかけた。
でもそれを寸前で思いとどまって姿勢を戻したので、何かと思ったら、
「お待たせいたしました」
記石さんが、お茶を持って来てくれたところだった。
私と沙也は紅茶。芽衣はコーヒーだ。
そして私から二人へのお詫びの、クッキーが二枚ずつ。軽い音だけを立ててテーブルに並べてた記石さんは、会釈して離れて行く。
さて一口と、私が紅茶に手を伸ばしたところで、沙也がうっとりしながら言う。
「ね、かっこいいね店員さん」
「あれはすごい」
芽衣が同意した。
「私もそう思ってる」
最初は、かっこよさに近づきがたいものを感じていたくらいだ。
だけど沙也は、予想外な方向に思考が飛んでいたらしい。
「ね、もしかして美月、店員さんがかっこいいから、ここに通ってるの?」
「ちょっ、そういうわけじゃ……」
「だめよ沙也」
芽衣が微笑みながら沙也を止めてくれる。
「失恋したてなのよ、美月は。もちろん次の恋愛を探したいに決まってるじゃない」
違った。味方だと思ったら後ろから撃たれた。
「でも美月は、よくそれで恨みに思わず勉強してられたよね。私だったら、密かに槙野君と平沢さんが付き合ってる、って噂流すので忙しくなって、テストのこと忘れそう」
へろっと悪だくみを口にして、沙也がクッキーをかじる。
「だ、だめだよ?」
私は慌てて止める。
だって私は、自分を利用したり、のろけを止めてくれればいいわけで。
「そうよ。噂なんて流したら、平沢さんがファンクラブにいじめられるでしょ。その結果、噂の出元が美月だってバレて、美月が秘密の話を暴露したって話が広まって、美月が白い目で見られることになるもの」
芽衣の言葉に、思わず身震いする。
「こわいこと言うのやめようよ……」
想像しただけで恐ろしい。
「そっかなー?」
沙也が首をかしげる。
知ってるんだ、沙也も芽衣並みに黒いこと考えるタイプだって。
私もね、一度はちらっと脳裏をかすめたし、みんな多かれ少なかれそういうことを考えるものだってのは思うの。
だけど芽衣と沙也は実行しそうで怖い! 聞いてるとスカッとするんだけどね。
「とりあえず亜紀も今日は全然来なくなったし、メールもないしで、解決したんじゃないかな?」
私はそう言ってクッキーを食べる。おいしい。
「ほんと美味しいねこれ」
「あの店員さんが作ってるわけじゃないよね……?」
「こんなお菓子を作れる人だったら、お嫁にもらってほしいな」
芽衣が私と同じ疑問を抱いたみたいだ。
そして沙也は、料理の上手い人と結婚したいの? たわいのない話をしながら、私は久々に楽しい放課後を過ごした。
喫茶店の他のお客さんも、しゃべっていても怒る人はいなかったのでほっとする。
むしろ本に没頭していて、こちらを見向きもしない人ばかりだった。
まぁ、会話がだめだったら、記石さんもお友達を連れておいで、なんて言わないよね。
やがて暗くなる時間なので、お店を出ることにした。
もう帰らなくちゃと思うと、亜紀のことで一杯だった頭に浮かぶのは、昨日の変な足音のことだった。
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