第2話 避けたい気持ちの発端は

 ――発端は、先週のことだ。


 亜紀とは家が隣で、同じ高校にも通っている。

 ただクラスが違うせいか、二年になる少し前から、学校内では私を訪ねて来なくなっていた。


 亜紀も自分のクラスの友達を優先するようになったんだろう。

 そう思っていた矢先に、放課後に相談があると言ってきた。

 私は何も考えずにうなずいて、亜紀と一緒に学校から近い公園に行ったのだけど……。


 そこで、気づけば良かった。

 どちらかの家でもしたくない話といえば、恋の話しかないって。しかも学校内でできない恋愛の話で、知られたら誰かに嫉妬されるような相手だということも。


「ごめん美月、あなたにしか話せなくて」


 亜紀は、相手のことを話す前から怯えていた。


「わたしね、ある人と付き合うことになって。ほんとダメ元でね、玉砕するつもりだったのよ? ファンまでいるような人だし。それに、わたしよりもっと可愛い……二組の由井さんとかが、バレンタインにチョコ渡したって聞いてたの。だから由井さんともう付き合ってるんだと思ってたんだけど」


「二組の由井さん?」


 由井さんのことは、噂話にうとい私でさえ知っていた。たぶん学年で一番綺麗な人だ。違うという人はほとんどいないと思う。

 そんな由井さんがバレンタインチョコを渡した相手を思い出して、自分の頭から血の気が引くような気がした。


「あのね、美月と同じクラスの槙野くんなの……」


 恥ずかしそうに告白された相手は、予想通りの人物だった。

 槙野洋介くんは、サッカー部に所属している、私のクラスメイトだ。かっこよさのあまりに学校内に密かにファンクラブまである人だ。

 彼が地味で目立たない自分に振り向くはずがないと思って、私は告白も諦めていたのだけど。


 私は呆然としてしまった。ややあって「信じられない」と心の中で思った。

 だって私が槙野くんのことが好きだったことは、亜紀にも話していた。

 そんな自分に、彼と付き合ったことを報告しなくてもいいのに。そう思ってから……私は考え直す。


 後から人づてに聞くのも、やっぱり嫌な気持ちになるだろう。それぐらいなら、やっぱりこうして先に本人から伝えられた方がいいと……そう考えたんじゃないだろうか。

 私が自分で気持ちを納得させようとした時、亜紀が耐えきれないように、続きを口にした。


「あのね、美月も槙野くんのこと好きだって聞いてたよ。なんていうか、美月にそう聞かされてから……どうしても槙野くんのことが気になっちゃって。それでなんか好きだなって思うようになって」


 頬がひきつりそうになった。

 もし私が彼を好きだという話をしなかったら、興味が湧かなかったのだろうか。それって本当に恋なのかと疑いたい気持ちが湧いて来る。

 そんな私の気持ちも気づかないまま、亜紀は話し続けた。


「どうしてもお近づきになりたくなったの。それで、槙野くんが部活の無い日にサッカーの観戦してるって聞いて、同じ試合に行ったりして……。何度か会って、話すようにはなっていったの」


「部活が無い日……」


 私達の学校は、基本的に日曜日に試合などがない限りは部活動を休むことになっている。

 そういう日に槙野くんはサッカー観戦に行き、亜紀も同じ試合を見に行ったのだろう。


 ここでようやく気づいた。

 亜紀が私との交流を減らしていったのは、よく考えてみれば三月ごろからの話だ。その時にはもう、槙野くんと仲良く話すようになったんじゃないだろうか?


「でも付き合ったからには、伝えなくちゃって」


「そ、そうなんだ……おめでとう。良かったね」


 祝福を口にしながらも、嫉妬で心の中が荒れて、泥水が渦を巻いているみたいだった。

 でも、それをぶつけるのが間違いだってこともわかってる。亜紀は接近する努力をしたけど、私は何もしなかった。こうして話してくれたのも、好きだった人を横からさらった形になってしまったから、申し訳なく思ってのことだろう。


 でもすぐに私は……祝福の気持ちさえ擦り切れて行った。

 翌日、付き合ってることを話してすっきりした彼女は、晴れやかな表情で槙野くんとのことばかり話した。

 他の人に嫉妬されるのが怖いから、一緒に帰るようなことはしないと決めたけれど、やっぱり寂しいとか。サッカー部のマネージャーの女の子に、よろめいたりするんじゃないかと心配したり。


 不安な気持ちになる理由は、私にも想像できた。

 だから「大丈夫だよ。今までもずっとマネージャーさん達と話したりしていたのに、彼女達と付き合わなかったんでしょう?」と励ました。

 すると今度は、槙野くんがいかに優しいかを話し出す。


「今週末もまた観戦に行くんだけど、付き合ったばかりの最初のデートだからって、席をとっておいてくれるって言うの」とか。


「学校内では話さないことにしていたんだけど、この間具合が悪かった時には、通りすがりに気にかけてくれたの。でも、後からクラスの女子に嫉妬されて困ったの」とか。


 そんな話を聞き続けて、私は苦しくなって仕方なかった。

 冷静に考えたら、亜紀ものろけを話せる相手がいないんだろう、とわかる。誰かに嫉妬されて、いじめられるのが怖くて話せないから、秘密を共有した私になにもかも吐き出してしまいたいだけ。

 でも亜紀は、どうして思い出してくれないのかと、時々心の中がもやもやとした。


 私も槙野くんが好きだったことを知っていたのに。

 いわば、私は失恋した側だ。

 亜紀はそんな私に、いかに自分が幸せなのか、幸せな悩みを抱えているのかを思知らせているようなもので。

 家に帰りつくまで、私は何度も一つの言葉をのみこんだ。


『失恋した私に、そんなに自慢しないで』と。


 だけど亜紀の行動はだんだんとエスカレートしていく。

 授業の中休みも。昼休みも。槙野くんと視線を合わせてみたり、自分を見てくれたと喜んだり。

 目の前でそれを見せつけられて、私は限界にきていた。


 だから放課後は、亜紀に見つからないように帰った。次の日は、会えなかったこと、話せなかったことを亜紀になじられた。

 嫉妬しているから、話を聞きたくないだなんて言えない。恥ずかしすぎて。

 でも心が痛くて……。


 五日前、私は亜紀を避けて、放課後に隠れるようにこの喫茶店に飛び込んだのだった。

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