シトトナリアワセ

Case8.血涙よさよなら(前)

施設での生活が始まってから一週間ほどが経った。今のところ、いちおう全員が適応しているといえるのだが、一週間も共に戦いながらの共同生活を送っていると、それぞれの日常のくせもわかってきた。


まず、城華は一度眠ってしまうとなかなか起きてこない。よく「さみしくなんてないんだから」と不二の部屋に夜中に現れ、ベッドに潜り込んでくるのだが、堂々と真ん中で寝てしまったことがあり、揺さぶっても起きないのでその日はなんとか彼女をずらし、半ば重なりつつ眠った。

逆にうろこは朝が早い。四時ごろには起きていて、毎日のように「あぁ、今日は料理しなくていいんだっけ」といって自室に戻っていくのを見る。三姉妹の長子としての生活習慣が身に残っているんだろう。

朝が早いといえば、和紙もそうだ。五時くらいにふと起きてきて、朝の鍛練をはじめている。おもに体術とナイフの扱いについてだ。


そして、八日目の朝五時ほど。この日も和紙はこのくらいに起床し、不二はこっそり鍛練の風景を見に行った。基礎的な筋力トレーニングからはじまり、対ストレセントを想定して丸太を振り子にしてそれを避けるなど、当然のことだが真剣だ。

ひととおり汗をかいた和紙がひといきついたのは朝食の知らせが来てからで、こっそり覗いていたはずの不二はいつの間にか二度寝してしまっていた。


朝食は今日もホテルのようなバイキング形式をとっており、職員が何人もコーヒーとパンで休憩している。社長であるリノ自身もコーラとポテトチップスを食べており、そこらへんは案外ゆるい組織なのかもしれない。

すでに起きていた不二たち三人は連絡が入ればすぐに集まったのだが、城華だけはなかなか来ず、少ししてから「なんで起こしてくれなかったのよ!」なんてぷりぷりと怒りながらやって来た。それで適合者が揃ったとのことで、リノはチップスを半ば作業のように口へ運ぶ手を止めて、なにかを配ろうとして手を洗えと止められ、いう通りにしてから戻ってきた。


「えーっと、まぁ今から配るのは通信アイテムだよ。資料室といっしょで、生体隕石が登録されてて、それでロック解除できる。それ以外はだいたい普通のスマホかな」


いちいち館内アナウンスを流すにも限界があって、こっちの方が都合がいいときもあるのだろう。四人が全員、渡されたスマートフォンを物珍しい目で見て、うろこはとりあえず起動してみている。


「うお、なんだこれ」

「えっ、君たちもしかしてスマホ持ったことないの?」


不二は頷いた。城華も、うろこも、和紙も頷いた。全員まっとうな親をもっていなかったのだから、買ってもらえているわけもなかった。


「しかたないなぁ、教えてしんぜよう!」


リノが調子に乗って、なぜかスマホの使い方講習が始まった。機械に強くはない不二にとっては嬉しいことだった。姉のパソコンを調べものに使わせてもらったことくらいしかなかったから、片手におさまるものでいろいろとできるのは新鮮だった。


しかし、そのスマホの使い方講習会は途中で切れてしまった。実際の連絡が早速届いたからだ。鳴り響く四人分のアラートに、その場の視線のすべてがこちらへと注がれる。どうやら、敵が現れてしまったらしい。リノが号令を出し、全員でいっせいに食堂からユリカゴハカバーのある階へと向かった。


「適合者、出動!」

「はいッ!」


きょうユリカゴハカバーが飛んだのは、天界社のタワーにほど近い住宅街だった。本社の側へ向かおうとして、何かしら見えない壁に止められているらしいクラゲがおり、そのクラゲから逃げている人々の姿もあった。

そして、クラゲの傘部分の上にはなぜか華々しいステージが設置されていた。そこには変身後の不二たち適合者と似たような可愛らしい衣装を纏った、しかし片方の胸はニップレスだけという大胆な露出の少女がスタンドマイク片手に立っており、壁によって進行を阻まれているのが不服らしく困った顔をしている。


「ちょっと、どうしてこのわたしをもってして通さないの?通そうよ!ね☆」


そのかわいらしさを振り撒くような振る舞いを見て、城華が一番イヤそうな顔をした。ユリカゴハカバーは減速し、見えない壁を隔てて本社側へ着地する。


「君たちストレセントは通さないよ、私の部下は有能だからね」

「あ、出た!いまいましいタチバナ、天世リノ!ほら、でもこのわたしだよ?通したっていいと思う!」

「駄目に決まってるじゃないか。君たちを通したら、アレを盗んでいくじゃないか。しかし、直接乗り込んで来るなんて。死にたくなったのかい?」

「死にたいのはいつでもそっちでしょ?あのお方は『生きてなくちゃいけない』の。だからこうして、わたしまでもがここまでしてがんばってるの!」


どうやら、ステージに立っている少女とリノは顔見知りらしく、しかも因縁の相手であるようだ。すっかり蚊帳の外な四人のほうを振り返って、リノはこうこぼす。


「あいつはヒーローものでいう敵幹部のひとりだ。知性をもったストレセント、厄介だろう?」


確かに、いままで戦ってきたストレセントはどれも怪獣に過ぎなかった。その特性にひたすら翻弄されてきたのだが、あの少女の姿でとなるとまた厄介だ。ストレセントなのだからただの人間のように脆い存在ではないだろうし、恐らくは衣装から見ても不二たちに近い存在に思える。そんな相手が敵幹部。ボスはもう、もっととんでもない奴なんだろう。


「あっ、もしかして自己紹介すべき?」

「そうだね、きっとふにくんたちは君のライバルになる」

「それはたのしみね!」


敵とはいっても、ステージに立っているだけあってサービス精神は旺盛みたいだった。リノに言われるとさまざまなポーズをとりつつ名乗ってくれる。


「わたしのようなこのキラッキラのアイドル、名前はイドルレ・ストレセント!覚えててくれなきゃ、磔刑にしちゃうから、ね☆」


名をイドルレというらしい少女がくるくると踊ってみせ、城華がイヤそうな顔をし、あいつと知り合いらしいリノは帰りたそうにしている。

確かにここから拠点へはすぐそこなのだから、ユリカゴハカバーを使えばすぐに逃げられる距離だろう。


「リノさん、どうかした?」


和紙が聞くと、リノは照れくさそうにして答えた。


「いやぁ、実は私、いま得物持ってないんだよね。だからちょっと、イドルレ相手は私じゃキツい」

「……じゃあ取ってきてください。私たちで食い止めます」

「ほんとに!?ありがとう!じゃあ先に戻ってるから!」


和紙の言葉に甘え、リノはユリカゴハカバーに跨がり帰っていく。それを見たイドルレは、いいの?と自信ありげな表情を見せる。このストレセントは通さないらしい壁はどうにもならないらしいが、不二たち四人を相手にしてなら勝つつもりでいるらしい。舐められたものだ。


「っし、じゃああたしらは社長が戻るまで耐える!そんだけでいいんだな!……そうだ、城華は無理すんなよ。んじゃ行こうかッ!」


真っ先にうろこと和紙が変身し、地面に血液を撒き散らした。今度はイドルレのほうが不快そうにし、鼻をつまんでいた。

不二はそのあいだに城華のところへ行き、彼女に意思を問う。今回は毒がまず効くのかという問題があるクラゲと、的の小さなイドルレが相手であることから、城華は変身せずとも役に立って見せると言い出した。うろこと相談し、城華と不二は逃げ惑う人々の避難を手助けすることになる。


まずはうろこが大量に銃器を展開し、一斉砲火で弾幕を作ってイドルレの目をくらませた。もちろんうろこたちの視界も遮られるが、クラゲの傘に乗っていたステージが蜂の巣にされて消し飛ばされていくのはよくわかった。

その外側で和紙が反撃を警戒し、不二と城華は二手に別れて進んでいく。


すでに逃げている人の数は多い。ストレセントの存在に怯えている人々で住宅街の狭い道が混み合っており、あの状態では別の事故が起きてもおかしくはない。警察官の真似事ができれば、と考える。


「させるか、なんつって、ね☆」


不二は背中に強い衝撃を受けた。単純に蹴られただけのはずなのに、変身するときの壁に叩きつけられる衝撃よりはるかに身体に響いてくる。確実にダメージが通ってくるのだ。敵にも生体隕石が含まれているからだろうか。


「なっ、あなた、よくもッ!」

「あなたたちはさっきの自殺者みたいに死なないの?だったら、こっちから殺してあげようか!」


イドルレが手にしていたスタンドマイクで城華は頭を殴られ、よろめく彼女の脚を体重をかけて踏み折り、悲鳴をあげる暇もなく城華は左の脛をやられてしまった。一瞬遅れて悲痛な叫びがあがる。

不二は助けに入ろうと思ったのに、今ので脊髄がやられてしまったのか、不二の脚はまともに動いてくれなかった。変身すればいいのだろうが、倒れたままではワイヤーを飛ばしてもどこかに食い込んで支点になってはくれない。まともに動けない身体に城華の悲鳴が突き刺さり、上半身だけでも足掻こうという気分にはなれなかった。


「おい、大丈夫かよ!?」


うろこはこちらの心配をしてくれている。しかし向こうもまだ交戦中らしい。クラゲは体内に大量の銃弾を浮かべているが、まったくダメージを受けている様子はない。和紙の攻撃も同じだ。触手の動きで和紙を捕らえられてはいないものの、刃物では効果がないらしく、クラゲはひたすら見えない壁にべったりとくっついている。接触している面からあがっている煙はなんなのだろう。まさか、このままでは突破されてしまうのか。


そいつを引き離せ、と叫びたかったが、うろこにも和紙にもそんな力はない。尽力していても、効いていない。

イドルレは城華を足蹴にしていて、不二の身体は思うように動かない。もはや、四人で食い止められているとは言いがたかった。


唯一の希望は、どうにかして彼女が間に合ってくれることであった。


「……げっ、時間かけすぎたの?いや、あっちが早すぎるのか!だよね、このわたしに非があるなんてありえないもん!」

「いや、結構疲れたんだよこれ。十何年振りに全力疾走した気がする!」


リノは間に合っていた。その手には日本刀が握られている。あれがリノの得物、らしい。

それを見たイドルレはリノとの戦闘を避けたいらしく、クラゲは壁に張りつくのをやめるよう指示し、自分を乗せさせるとこちらに背を向けた。リノがわざわざ追ってこないとの判断だろう。リノもまたイドルレを追おうとはせず、城華と不二を拾うことを優先する。


イドルレをのせたクラゲが触手で器用に歩いて帰っていく姿は、超えようのない強敵、という風格を感じさせた。

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