Case6.隣に立てる人(前)

ストレセント被害はほぼひとつの街に集中している。そのため、この街は事故として処理されるストレセント事件が頻発し、年単位どころか月単位で住民が減っていた。

わざわざひとつの街に集中させている理由はひとつ。ここには天界社の、忌々しき天世リノに奪われたモノ・・がある。だからこそ、街を襲わせ、戦力を増やそうとしている、のだが。これがなかなかうまくいかない。最近はリノと芥子だけでなく、更なる妨害の手が入ってきている。新たな生け贄に選ばれてしまった少女たちだ。


ここはそのストレセントが頻出する街のどこかにある建物だ。防音の施設だからといってひたすら大音量のさまざまなミュージックが流れていて、たいてい微妙に手元が見えないくらいの薄暗さでいる相当不便な建物。

そこでは、新たな生け贄らしい少女らが戦う映像をオンボロのテレビで垂れ流しにして、誰かが頭を悩ませていた。


まったく、ただでさえリノと芥子を相手にできる戦力が整いきっていないというのに、向こうに戦力を増強されてしまっては元も子もない。こちら側が不利になるばかりだ。リノたちはアレを奪い返されたくないからやっていることなのだろうが、彼女にとってはそれが一番の障害であった。


「うーっ、なんてうざったい……あっダメダメ!わたしたるもの、いつも笑顔でいなきゃっ!ね☆」


誰も見ていないのに、少女は笑顔を作って見せる。これは自分を鼓舞しているのか、ただの頭が足りない少女なのかは微妙なところだった。

少女の衣装はテレビの中で戦っている者たちとさして変わりはない。可愛らしいふりふりした衣装で、目をひくのは腰に付けた大きな結び目から伸びる二本のリボンが先のほうで焦げていること、右胸で衣装が大きく破けており、妖しく発光する物体をニップレスにしているところだろう。全体的にカラーは青紫色だ。


そんな彼女のもとへ、もうひとり少女が現れる。かけている眼鏡にテレビの映像を反射させながら、表情を変えずに歩み寄ってくる。


「イドルレ。ちゃんと対策は考えていますね?」

「あ、エイロゥ!考えてるよ!わたしなりに、何もしないっていう対策を!ね☆」


イドルレの答えにエイロゥは大きな舌打ちをした。この女に任せるのは大間違いだった、と言いたげだ。イドルレはエイロゥの態度も気にせず、笑顔で愛嬌を振り撒く練習を始めた。さすがにそれは無い。エイロゥは近くにあった机を思いっきり叩いて破壊し、イドルレを叱咤する。


「地下ではぐれ者どもに媚を売る虚しい女の真似事なぞしていないで、仲間作りでも励んでいただけませんか」

「エイロゥ、また壊したの?器物損壊は、めっ☆だよ!」

「いいから。数の暴力で叩きのめされたくはないでしょう」

「あー、そうかも。ファンがいっぱいはいいけど、アンチの芽は潰さなきゃっ☆」


やっとイドルレが重い腰をあげたのを見て、エイロゥはまた舌打ちをする。何だってあんな奴が、と思いたくもなる。あのお方・・・・に仕える資格を持っているストレセントはあんな奴らばかりで嫌になる。

ただ、エイロゥもそんな言葉を吐いていいような人物ではなかった。彼女もまた、あんな奴ら、に含まれるような人格の持ち主であったからだ。



この日、つまりうろこが初の変身を遂げた日の翌日。適合者たちの朝はストレセント退治から始まっていた。


出勤の時間にあわせて、よりにもよって地下鉄の駅に出現してしまったのはコブラ型の怪獣だ。あたりに毒液を散布して暴れ回っていたところへ不二たちが駆けつけた。リノは今回も居合わせた不幸な人々の避難を優先し、やはりストレセントじたいは不二たちに丸投げされたのだった。


真っ先に和紙が変身して接近戦を仕掛けたのだが、彼女は速いが脆く、蛇に噛みつかれ投げ捨てられたことで線路に落とされ、毒霧を深く吸い込んでしまったらしくダウンしてしまった。

幸い一度変身したことでうろこの恐怖はなくなって、残るは不二だけ、にはならなかったのだが、不二のフックショットによる拘束はするりと抜けられてしまう。

実質戦えるのはうろこ、それとチャンスのある者として城華だけだった。


城華に渡されていたのは薬の吸入器らしい装置だ。目には目を、毒には毒を、と彼女の力ならと思ったらしいリノに指示を受けた。しかし城華はまだ怖いらしく、吸入器を持ってはいても目を向けようとしたがらない。変身には踏みきれなかった。


残念ながらうろこもまた攻撃は当たらず、幸いだったのは何度も発砲するとさすがに恐れをなしたのか線路を伝って逃げていったことか。

社会に多大な影響が出るが、いったん戻って建て直せるチャンスが産まれた。これは大きかった。相手が毒を散布するコブラだというなら、蛇の特性を調べて対策できるかもしれない。



「蟹は堅くて、ヤマアラシは針を逆立てて、コブラは毒を吐く。だったら、コブラのことを調べたらどうでしょう」

「その発想はなかった。ふにくん天才だね」


本社へ戻ると、その不二の提案は驚くほどかんたんに受け入れられた。

リノは資料を集めると言い出して芥子を付き合わせ、うろこと和紙も便乗し、城華と不二だけが取り残されるようにして対策への動きから外れた。思えば、これは城華のメンタルケアを任せるというリノの計らいだったのかもしれない。

まだ日は昇っていっている10時ごろ、不二は城華とふたりで居住区でゆっくりしていた。


「……えっと」


話すことがない。気まずい時間が流れる。


「あの、今日は」

「私のせいなんでしょ」


城華がやっと口を開いたかと思うと、自分で背負い込むようなことを言い出してしまった。


「私が臆病だから、私が何もできないから!あいつに逃げられたんだ!」

「それは違うよ、あれは可能性に賭けただけで、城華は戦わなくても」

「私には何もするなっていうの!?」


不二は言葉に詰まり、何も言えなくなってしまった。自分が彼女のぶんまで戦おうと言い出したことを、彼女にはそう思われていたのか。


「……めんどくさい女だってのは、自分が一番わかってるのよ。でも……無力なくせに、中途半端に死人として生かされるなんて、そんなの機械未満、いえ、人形未満じゃないのよ」


城華の口から、そんな言葉は聞きたくなかった。自分が犠牲になろうと思ってしていたことが、城華の重荷になっている。誰かを助けられると思っていたのに。彼女は、助けられるどころか苦しめられていた。

その事実は、首を吊って変身を行うよりも苦しかった。


城華は出ていってしまった。不二はひとり残され、ぼうっとしているしかなかった。城華のために、何かできることはないだろうかと役立ちたい欲求と、自分が何かすることでもっと城華の首を絞めてしまうのではないかという恐怖があって、せめぎあって動けない。

不二が心を決めるには、誰かのひとおしが必要だった。


「ん、いたいた。ふにくん、城華くんはどうしたんだい?」


ちょうど話しかけてきたのはリノだった。小脇には数冊の本を抱えていて、蛇の生態に関する資料らしい。リノであれば、経験のある目上だけど相談しやすいだろう。


「……あの、ですね」

「?」

「城華のために、わたしなんかになにができるんでしょう」


リノが本を置きつつ隣に座ってきて、そうだな、と答えてくれる。この答えが、不二の背中を押してくれる。はずだった。


「今のふにくんには無理だね。城華くんは普通の女の子だ、異常者の君には理解できない」


きっぱり言われてしまって、不二は冷や汗を垂らすしかない。リノは不二のことを否定したあと、こう続けた。


「でもね?ふにくん。他人のことを理解するなんて、たいてい不可能さ。心が読めたってね。信頼なんてささいなミスで裂けてしまうこともある。だから、理解しようとする姿勢が必要なのさ」

「理解しようとする姿勢……?」

「うん。まずはわかりあう努力さ。城華くんに運良く想いが伝わってくれたら、心を開いてくれるかもしれないよ」


リノの言っていることはよくわからなかったが、いい話だったらしい。理解しようとする姿勢とはなんなのだろう。


不二はとにかく城華のことを知ろうと考えた。何も知らないというのに相手の気持ちを考えるなどできるわけがない。資料室へ急行し、パソコンを使っていた和紙に譲ってもらって自分のIDで適合者のデータにアクセスした。

きっちりと順番にファイリングされている。リノに始まり芥子が続き……不自然な空白の領域を経て、不二たちのデータを見つけた。城華のページを選び、経歴を探す。


「……あった。死因、化学兵器を自ら合成しての吸引。3年前にガスを吸い込み喉を損傷、父母は同じガスの事故で死去。化学兵器と一致する症状がみられたことから、単なる事故ではないと思われる……か」


彼女の「声が出なかった」ということ、あの吸入器、両親のことを問われての反応が繋がった。そして、無力なくせに生かされることが嫌いである理由もほぼわかった。彼女はきっと親に守られて、そのいのちと引き換えに助かったのだ。そして、同じ場所へ、同じ方法で行こうとした。

死ぬのが怖くて当然だった。不二の言葉に戸惑ったことも、つっかかりがあったのも当然だった。思慮がなかったのはこちらしかありえない。


不二は急いで城華に会いに行こうとした。しかし、彼女の居場所はわからないし、タイミング悪く館内放送が流れる。芥子の声で、ストレセントの場所が捕捉されたとの連絡だった。資料室にいた和紙は真っ先に反応して、不二の肩に手を置いてくる。


出撃時でなら、城華と確実に会えるだろう。なんならコブラの撃破後でもいい。今はとにかく、彼女と話がしたい。不二の頭はそれでいっぱいで、身体は勝手に動いていた。

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