Case5.カタキを討つなら

残った生体隕石が回収され、無事だった人々のために活躍していたらしいリノと合流。これで初陣は終わった。死者数は二人。崩落事故として処理されるらしい。

今まで不二たちが知らなかったところで、ずっとこんなことが行われていた。それを知って、不二は悲しくなった。ずっと知らされていないところで、人はいつも死んでいる。そんなことは当たり前のはずなのに、そう考えるとやるせない気持ちになる。


そのまま夜を過ごし、自分の命日は過ぎ去っていった。この日、はじめて変身した喜びなどはなく、ただ眠れない夜だった。寝慣れていない枕と布団は新品の匂いがして、自分が知らない世界にやってきていると自覚させられる。無理にでも目を閉じて、あんなに緊迫した場面を経験したことへの疲れを取ろうとした。



翌日。不二は施設地下4階に存在する資料室にお邪魔していた。不二の他には人も数人しかいない、静かで古ぼけた文献ばかりの資料室だ。隣があの天井の高い訓練場で、和紙がいまも稽古をつけられているとは思えない。


「しっかし、古い本しかないのね、ここ。隕石研究っていうより、ほとんどがオカルトじゃない」

「情報が少ないんだから眉唾でも頼るしかないんだろうな」


一緒にここへ来た城華がこぼし、うろこが答えた。不二は会ってまもないふたりが普通に話せているのをちょっと羨ましく思いながら、目の前のパソコンで熱心に調べものをしていた。



事の発端はこうだ。

支給された朝食の時間、不二は城華と並んで食べていたのだが、逆サイドにリノが現れた。これをチャンスだと思い、不二は昨夜から考えていたことを聞いてみる。

『どうしてあんな敵が発生するのか。生体隕石を遺すのだからその影響と言えばそうなのだが、まずこの怪物関連は機密事項らしく、ネットには転がっていない。どうか教えて欲しい』

と、いったふうにだ。

するとリノは寝起きでぼーっとしているのか、資料室の場所を教えてくれただけで黙々とりんごをかじりはじめていた。この状態のリノからは情報もなにもない。

朝食を食べ終わり、資料室へ行こうと、まず城華を誘った。彼女をひとりにすると、なんだか可哀想だからだ。もちろん、と快くオッケーの返事をもらって、ふたりで行こうとした。すると話を聞いていたらしいうろこもまた資料室に一緒に行こうと言い出して、こうなったのだ。

うろこが加わった時点でせっかくだから和紙も行こうかと誘ったけれど、彼女は『まだ自分は未熟だし、ここでは一番学がないのだから調べものよりも鍛練がいい』と言い出して、一緒には来てくれなかった。


それでこのメンバーで、この資料室なのだが。なかなか不二の用事は満たされない。生体隕石関連はさすがに重役しか覗けないうえに流出がないよう厳重なロックがかかっており、閲覧者数は2になっている。重要資料とはいえ、これでは資料室に来た意味がなかった。


「進捗は?」

「全然ダメ、通してくれる気配がない」

「じゃあ一旦選手交替と行こうか。あたしが見たいのにもロックがかかってたら困るし」


うろこに変わってもらって、隣で見ながらカチカチやっているのを見ていた。しかし、やっていることは不二と同じで突破できそうになかった。失敗しすぎたのか機械を疑われアクセス制限がかけられてしまっている。解除にはIDだかなんだかが必要、だとか。


「ん?これ、バーコードリーダーかなんか?貸し出し機能でもあるのか」


うろこが見つけたのは、お店とか図書館で見るピッてやるやつだ。ただしデザインは大幅に異なっており、棺桶の面影を感じさせる。ユリカゴハカバーに似ているのだ。内部の光も赤ではなく、生体隕石の発光に酷似している。


「もしかして、これって」


不二はバーコードリーダーらしき機器を自らのうなじにある生体隕石へと近づけた。結果は、不二の予想通り。ピッと鳴って反応し、画面には「ようこそ ID:30101 円不二さま」と表示され、ロックが解除された。

これでやっとお目当ての情報を入手することができる。不二は操作を進め、自分が知りたかった怪物が出現する理由とそのメカニズムが記された項目を見る。


そこにはすでに予測のついている、生体隕石を中心としていることや多様な姿を持っていることのほかに、「ストレセント」という呼称がつけられていること、生体隕石を持たないほとんどの人はその存在を記憶に残しておけないこと、そして適合者ではない人間の体内に入ってしまうと、ストレスを吸収して発生するとのことが書かれている。無論、ストレセントになってしまった人間が助かる術はない、とも。

あれらが元人間とは思いもしなかった。確かに敵が元々人間というのはヒーローものではたまに見ることだが、現実でそんな相手と戦うだなんて。


「……調べものは終わったか?」

「あ、あぁ。終わった」


不二は結果については教えないことにした。うろこも城華もまだ覚悟が決まっていないのに、それを揺るがすことをわざわざ言うのはよくない。黙ってパソコンを明け渡し、うろこの用事を見守ることにした。


「あたしが見たいのは……っとあった。これだよ、ストレセント被害者のデータ」


あれらの怪物によって、すでに何人もの人死にが出ているとは予想がつくことだ。当然、事故死として処理されている人々の名簿もあるはずだった。


「……なぁ、お二人さんよ。この名簿に自分の両親の名前が載ってたら、どう思うよ?」

「それってどういうこと?」

「言葉のまんまだよ。これから戦う相手が、親の仇だとしたらさ」


不二には難しい質問だった。正直、不二はあまり両親のことを知らない。物心ついたときには既に、姉と妹との三人ぐらしだった。

いや、両親のことを知らなくても知っていても、きっと不二は何も変わらないだろう。仇を打つよりも、戻らないものよりも、護れるものがあるのならそちらへ力を注ぎたい。

うろこにそう伝えると、なるほどな、としか言わず話題は発展しなかった。次は城華だと促し、彼女をびっくりさせる。


「あ、えっと、どうって……あの事故の原因があんな怪物だったなら、私は……」


まず戦う覚悟すら決まっていない彼女には、答えられない話だったのだろう。困る城華もまた例としてはよくないだろう。うろこは何も言わず、画面に視線を戻した。そこには「水戸倉有珠」「水戸倉和治」という名前が並んでおり、うろこがあんな質問をした理由はすぐにわかった。


「はは、笑えねえよ。あたしたちガキどもを置いてどっか行きやがったはずの親の仇と、自殺した果てに戦わなくちゃならないとか……なんなんだよ……」


頭を抱えるうろこ。不二にはひとつ、彼女の言葉に気になるところがあった。


「あたしたち・・?兄弟がいたの?」

「……そうだよ、あたしの下にゃ妹が二人いる。第一拳銃渡されて死んでやったのも、親なしであいつらを喰わすのが無理で、金が必要だったからだ」


姉が妹たちのためにお金を稼ごうとし、倒れる。そんな事柄を、不二はひとつ知っている気がした。思い出そうとしても、なかなか思い出せない。

そうして思い出しそうとしている過程をすべて吹き飛ばす形で、館内にアナウンスが響いた。芥子の声だった。


『適合者様へ。ストレセントが街に出現しました、ただちに出動します。地下3階へ集合してください』


地下3階というと、ユリカゴハカバーがある場所だった。このすぐ上だ。城華を背負い、うろこと並走して階段を駆け上がり、昨日と同じ場所へたどり着く。


今日の運転手もリノのようで、その無邪気な笑みはまたしても暴走運転を予想させた。後部座席、という位置にある棺桶の中にはすでに和紙が乗り込んでおり、三人でその周囲に座った。和紙の鍛練のパートナーはリノだったのだろうか。


「そんじゃあ行こうか、ユリカゴハカバー!発進!」


爆音とともにエンジンが火をふき、二度目の離陸を果たす。地下3階から地上20階以上までぶっとぶジャンプ台に突っ込んでいくたび、振り落とされそうにもなるし、朝食を戻しそうにもなる。まだまだ慣れない急な加速の感覚に、乗り込んでいる四人全員が顔をしかめていた。



上空から見て、ストレセントは非常にわかりやすい。明らかに縮尺のおかしな生物が街中に出現していれば、見ただけで違和感がある。今度は針を逆立てて人々を追い回すヤマアラシのストレセントであった。


「ありゃあ突撃できないなぁ、残念だけど」


今回のリノは素直に減速してくれて、不二たちはヤマアラシの進行方向へ邪魔をする形で降り立った。背後で逃げ惑う人々には遠くへ逃げてと警告した。まだ幼い少年少女はユリカゴハカバーを駆るリノが迎えに行き、避難は任せてよさそうだ。


「じゃあ、行こう」

「もちろん、言われなくても!」


和紙とふたりで並び、それぞれナイフと首輪を用意。ヤマアラシの目に視線を合わせて、戦闘開始の合図を叫ぶ。


「「変身ッ!」」


自分の手首を傷つける者、自分の首をへし折る者。それぞれが自殺を遂行し、身体を変えていく。血の赤黒い色と爽やかな空色、二つのドレスが地面に降り立ち、やっと手首に出来た深い切り傷と外れた頸椎が修復された。


敵はヤマアラシ。後背部が棘まみれであり、狙うなら頭部だが、やすやすと狙わせてはくれないだろう。まずは速度で優れる和紙が飛び込み、不二は中距離からのフックショットで援護しようと試みた。


結果はどちらもダメだった。針は本来のヤマアラシよりも自由自在に動き、下手に近距離戦闘へ持ち込めば刺されてしまうし、不二のフックショットでは掴んだはいいものの近寄ることができない。故に決定打がなかった。

さらに和紙の方はもっと酷い。何本もの針に襲われ、ナイフ一本では多くの針には対応しきれず全身を刺されてしまったのだ。よく見てみれば、あのヤマアラシの背部には何人も今の和紙と同じような末路を迎えている人々があった。串刺しにされて、苦しみを浮かべながら死んでいる。中には、年端もゆかぬ少女もまた未来を奪われていた。


「……おいおいおい。なんだよ、あの針山は。お前ら、そんな娘まで殺すのかよ」


その惨状を、うろこが見てしまっていた。彼女は妹のために自死を選び、しかも両親がストレセントの餌食になっている。そんな彼女があんな少女の凄惨な死を見せられれば、精神に響くに決まっていた。


「だったらこの手でお前らを潰す」


うろこは迷いもなくこめかみに銃口を当て、そして引き金を引いた。彼女の頭部を貫いて、銃弾が脳を破壊し、突き抜けていく。流れ出る大量の血液には透明な液体も混じっているようで、大切なものが軒並み出ていっていることは見ているだけでもわかる。

強く意思を宿していた眼は裏返って白目をむき、拳銃を構えていた身体もまた崩れ落ちようとする中。火薬の匂いが彼女を取り囲み、その身体に深い青と白の警官服を纏わせてゆく。

右胸にはハートの紋様が生まれ、太股にホルスター、背には鰐革に近い材質のジャケットを羽織り、短めのスカートが頭部から髄液を垂れ流す死体とは似合わぬセクシーさを持っており、やっと変身が完了した。倒れそうなところからぎりぎりで踏みとどまり、深く息を吐く。


彼女はまず、自死に使った拳銃を構えた。先程の変身時に、不二や和紙の武器と同じように強化されている。ひとたび弾を放てばヤマアラシの針を数本持っていき、それが何度も続く。ヤマアラシは危機感を覚えたのか、距離を詰めようと走ってくる。針はこちらへ向いていて、近寄れば和紙と同じに串刺しになってしまう。


うろこは逃げる様子も見せず、彼女よりも近くにいた不二が避難するくらいになるまでじっと睨み付けているだけだった。眼光だけで人を刺せるとはああいうもののことを言うのだろう。

銃のスライドが引かれ、それに呼応するようにうろこの手に硝煙がまとわりつくようにゆらめき、拳銃の周囲に新たな武器を形成する。もっと火力のある銃火器へ。不二の足りない知識で言うと、たしか対戦車砲だったか。車輪をもって地面に接していなければうろこの細腕では到底持てないような巨大な砲身が現れ、ヤマアラシと向き合った。


「あばよ針ダルマ、地獄でトガってな」


砲弾が放たれる。真っ直ぐにヤマアラシの頭部向かって突き進み、針程度では止まらず、その身体を一直線に貫通しようとする。推進力がなくなったのはおよそ腹部まで進んでからであった。大規模な爆発を起こし、針の山は天空へ打ち上げられ、上空で消滅した。


怪獣の最期を背に、うろこは変身を解除し倒れこむ。同じく変身を解いた不二が助けに入って、彼女を抱えた。和紙は爆発の衝撃で建物に叩きつけられたものの、ヤマアラシの針が消滅したことで再生ができるようになってかすぐに復帰し、リノによって回収されていた。

後に残ったのは例のごとく隕石のかけらと、ストレセントによって命を奪われてしまった人々の亡骸だけである。


抱き起こされたうろこはややふらつきながら生体隕石へと近づいて、それを拾い上げ、忌々しそうに見た。


「……はっ、こんな石ころに何人が人生狂わされてるんだか。困ったモンだよな」


街には哀愁を運ぶ風が吹く。未来のうろこの頬を撫でるのは、希望だろうか。

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