我輩は軍犬である

赤崎桐也

我輩は軍犬である 上

 我輩は軍犬である。

 名前は顔が丸いからマル。

 こんな信用性の無い名前では在るが、通常の犬より知能と嗅覚、聴力を向上させており、声帯も弄り機械を埋め込まている。轟音に耐性を持つよう品種改良されたスペシャルに立派な軍用犬である。


 そんじょそこらの飼い犬とは違う、軍に飼われている職業犬である。ちゃんと職を持っている事を、ここでは強調しておきたい。


 普段は派遣された同国の隊員達と一緒に戦場で活躍している。


 主な仕事は犬らしく探知・哨戒・輸送だが、最近は野戦を人間と共に出る事もある。我輩の鼻と耳が市街戦にとっても有用だからだ。


 自慢ではないが、見つけた敵の伏兵や爆発物の数は今回の務めで50を下らない。……細かい数字は覚えていなが。


 勿論、敵兵を仕留めた事も在る。

 ただ、人間の喉笛を噛み砕くのは気持ち悪い。煩いしな。

 噛み砕くなら牛皮で作った香りつき骨ガムの方が善い。


 更につけ加えるなら、我輩が市街の乱戦時に敵兵を仕留めた事が解ると、同国の人間達が複雑そうな顔をしている。

 犬だって人の表情くらいは読める。


 その顔の複雑な表情たるや、同盟国の他の兵士達と比べると明らかだ。


 我輩なりに聞き耳を立てて、軍事キャンプで衣食住を共にする兵士達の声を聴くと、どうやら我輩の国では最近まで戦場に犬を連れてくる文化は無かったらしい。


 正確には、昔には会ったのだが一度無くなり近年になって自国の軍の関係上、復活したそうな。

 法整備で、過去より我輩たちの扱いは道徳的になったらしいが、当時を知らない我輩には知る由もなし。


 まあ、動物に優しくだとか、命あるものは無碍にするなと言いながら、景観が損なうからと草木を引っこ抜いて、台所に出た黒光りで這い回る虫を罠や薬で計画的に仕留める人間達が言う事であるから、犬の我輩がとやかく言う事ではないだろう。


 我輩は犬、昔から人間に共に歩んで来た同じ哺乳類の一種族。

 それだけの事である。


 割とどうでもいい思案を終えて、非番昼下がりの午後でお気に入りの青い毛布の上で再び丸まる。


 向かいのゲージ内で我輩のオモチャボールを羨ましそうに見つめる同盟軍所属のラブラドール・レトリバーであるチップス16世殿を尻目に、もう一眠りするとしよう。

 このオモチャは我輩の物である。


「キューン」


 鳴いても駄目である。


 ――……面倒な臭いが近づいて来たな。


「おーーい、マル――!!」


 ……調教師ハンドラーが来たか。

 声をかけられた方向へ我輩が顔を向けると、からりとした晴天の元で乾燥しきった土地の砂を蹴散らせて来るのは、戦闘服の要所に装備を詰め込んだしまりの無い顔をした兵士。


 我輩の世話役兼、ハンドラーのサナダと言うやつだ。


「おうおう、お昼寝してたのか」


 サナダがグローブ越しで無遠慮に我輩の頭を撫で付けてくる。触るなら眉間か耳の付け根をマッサージしろ。


 我輩、こう見えても自立心が犬種元の犬より大幅に強い上にそんじょそこらの犬より賢いので、部隊が解ればちゃんと着いて行くし命令にも従う。


 ハンドラーの必要性は薄いのだが、なぜかこの若造が我輩の相方で在る。


 一応、検査や適性の有無で我輩の相手を決めているらしいのだが、この男と我輩が相性良いのかは犬的に疑問で在る。

 犬から見ても頭使う知的なタイプには見えんしな、サナダは。


 頭脳派である我輩の補佐と言う意味かも知れない。

 実際、サナダとのコミュニケーションには困っていないのだから。


「本当は休みの所わりぃな、ちと急な任務が入っちまったんだよ」


 サナダが持って来ていた我輩用のボディスーツを着せるために持ち上げると、我輩は着せ易い様に四足で立つ。


「よーし、今日は前より早く着けてやるからな」


 サナダが毎度吐く台詞に、今度は三十秒切れるか疑問に思いながら我輩の胴と背が特殊なスーツを被せられていく。


 このスーツは機密性の高い防刃ベストなのだが、胸や背、横腹の中心部には何やら特殊な液体を仕込んでいるらしく、そこそこのライフル弾までなら痛いだけで済むらしい。


 原理は解らんが、ここまで知っていれば犬としては上出来だろう。


 ボディースーツの固定具をサナダが簡単に解けないようにしっかりと結び終える。時間は35秒かかった、何時も通りだ。


「よし、これでバッチリだな」


 行こう、の合図でサナダが手を振り我輩が後に続く。

 入れ替わるように他の軍犬のハンドラー達が慌てた様子で入れ違いに我輩たちの待機場所であるゲージにかけて行く。


 チップス16世殿が自身のハンドラーを見つけて嬉しそうに尻尾を盛大に振っていた。

 多分次の瞬間にはハンドラーがチップス16世殿に押し倒されているであろう。


 ――もしかして、我輩達が総出の任務でも在るのだろうか?


 説明を求める為に我輩がサナダを見上げると、それを察したサナダが、手首に巻いた小型端末を弄繰り回し、操作を終えて自身の耳元に備え付けられた小型の機械に指を当てた。


「どうしたマル? なにか、言いたい事が在るのか」

『緊急任務とは?』


 我輩がサナダの目を見つめながら言葉を頭に浮かべる。

 サナダが肯定する様に浅く頷いた。我輩の言葉がサナダに通じたのだ。


 これが我輩達と他の犬が違う、スペシャルな所の一つである。

 我輩達は人間に明確に意識を伝えられるのだ。


 具体的には、我輩の脳に埋め込んだとても小さな機械が「にゅーろん」と「しなぷす」なるモノの動きを読んで、サナダの端末に伝えるらしい。


 端末に伝わった情報は、サナダが先程起動した「あぷり」なる見えない道具に信号の動きを伝えて翻訳し、サナダの耳につけている機械に言葉として届くのだ。


 伝わる際に届く言葉の齟齬は在るが、それも時間によって徐々に埋められる。


「ああ、ちと不味い事になった。歩きながら話す」

『了解した』


 サナダが顎を振って移動を促し先を行く。

 我輩は後ろ肢で寝床のゲージを閉めてから追いかける事にする。


 擦れ違う兵士達の顔は堅く、気楽な仕事では無い事だけは直ぐに解った。


 サナダは予め兵舎の支柱に置いていた自身の装備である小銃と大仰なフルフェイスのヘルメットを拾い、小銃をスリングで身に付けると、ヘルメットを被りながら歩いていく。


「あっちの国が先導で動かしてる今の作戦、進みは順調らしいけど、ちと周囲の影響がな。被害がこれ以上酷くならないように、こっちへアフターケアを頼んで来たみたいだ」

『それは順調と言うのか?』

「おお順調だとも、快進撃だ。質も量もだんちよ、だんち」

『なら周りは血の海か』

「このまま放っておいたらな。喜べマル、今日は街の中を散歩し放題だ」

『瓦礫の中を歩かせるくせに良く言う』

「頼りにしてる――偶には、逆の事をしたいよな?」


 仮設駐屯地の我輩が飛び越えられない高さのフェンスに仕切られた出口に差し掛かる。


 風が一度強く吹いて舞った砂埃が一斉に我輩とサナダの方に向うと、サナダが立ち向うように前へ出て、我輩の頭部を巻き上げる砂塵から護る。


『すまん助かる』

「犬用のマスク、今から用意しておくか?」

『大丈夫だ、我輩の嗅覚が必要なのだろ。砂埃で酷くなったら水で洗ってくれ』


 風が過ぎ去ると、砂塵の向こう側からは目的地へと向う軍用車両が五台並んでいる。


 機銃が上に取り付けられた装甲車の中に、サナダと共に乗り込むと、先に乗り込んでいた同じ隊の仲間達がいた。

 皆みな、サナダと同じフルフェイスなので声と体格で判別を付けるしかない。


「お、マル来たな。おいでおいで」


 我輩に気付くと、手を振ったりしているが彼らの撫で方はそんなに上手くないので此方としては、ちょっと嫌である。


 我輩はサナダと一瞬だけアイコンタクトを交わす。


 ――撫でられたくないのだが。

 ――いや、ほら、ここは作戦前の士気向上と言う事で頼む。

 ――後でオヤツジャーキー(国産牛)な。


 我輩は感情をなるべく顔に出さないように注意しながら仲間の元に向う。


 仲間達が子供をあやす様な声と共に我輩の体をあちこち触ってくるが、肌の感覚が無い手袋越しではあまり気持ちよくは無い。


 一通り挨拶代わりに撫でられ終えてサナダの座った座先に戻ると、部隊の仲間達とは違う色合いと装備を持った、同盟軍の兵士達が入ってくる。


 彼らもサナダ達と似た様なヘルメットを被っているが、こちらは口元が晒されており、肌の色と容が様々な顎が見ていて飽きない。


「ワンッ」


 上機嫌な挨拶をしたのは、先程ハンドラーに熱烈なスキンシップを所望したチップス16世殿だ。

 ラブラドール特有の笑い顔はこれから任務に向かうと言うのに、緊張の色は微塵も感じさせない。


「相席失礼するよ、極東の兜武者さん達。そこのオチビさんも」


 我輩達の部隊章を観ながら入ってくる同盟軍の兵士達は、どこか気だるそうにしており、露骨な溜め息が聴こえた。


「どうしたんだ、なにか用事でも潰れたか?」


 気さくに話しかけるサナダの言葉に、黒顎でちょび髭の整った同盟軍の兵士が黄色い歯を見せてくれる。


「いやな、とんだ貧乏籤を引いちまったなあって……この任務の間だけ、制服交換しないか? おたくらの国、こっちの土地の人間はまだ友好的な感じだし」

「礼儀正しくしてればな、でも最近はこっちも悪い意味で慣れて来たよ。気をつけないとな、俺はそれで何回も女関係が駄目になった」

「ちげえねえや、家の嫁と始めて大喧嘩した時も、結婚して三年目の時だったしあの時は死ぬかと思ったわ」

「変な病気貰って帰るからだボケ、感動の凱旋をレスリング会場にしやがって」

「お前も同じ病気貰って、しかも俺と同じタイミングで恋人にボストンクラブされてただろ、チェイス」


 下世話な会話で緊張を解していく同盟軍の様子に、我輩の仲間達が堪えを零して笑う。


「こっちでおいそれと火遊びは出来ませんよね」

「そうか? 結構上手くやってるヤツもいるらしいけど――俺じゃないぞ」

「心配無用ですよ、上官殿! 俺は三次元に興味は在りません」

「あ、共有端末のフォルダに置いて在ったお前の画像な、流石に消して置いた。2Dでもアレはあかん」

「なっ――人の趣味にケチ付けちゃ駄目なんですよ!? と言うか戦地での俺の生き甲斐!!」

「やるならもっとこっそりと個人で楽しめ、昼間の食堂で堂々と鑑賞してんじゃねえよ。後で保存データ返してやるから反省文とグラウンド100周な?」

「ふあい……」


 何時もと似ていて毎度違う会話を他所に、装甲車が出発の準備を終えて動き始める。

 ハッチが閉まり始めるのに合わせて、喧しい会話が徐々に衰えていく。


 チップス16世殿の呼吸音が揺れる装甲車の中で良く聴こえた。




 ――案の定、だった。


 仲間の人間達より先に、我輩とチップス16世殿は装甲車の隙間から洩れてくるもののお陰で体が嫌でも警戒していく。


 乾いた風に乗せて鼻に入るものは、酸化し始めてる血と体液に老廃物を混ぜた臭い――死臭だ。

 そこに火薬の焦げ臭さと熱が伴い、チップス16世殿が口を閉じて一足先に立ち上がる。


 サナダ達もようやく気付いたのか、仲間の1人が改めてマスクを深く被り直した。


 装甲車が止まるとサナダが肩を回しながらベルトを外して意気揚々と体を伸ばす。


「よーし、受けて以来まともに使ってなかった人命救助の知識が役に立つな」

「……まだ生きてる人、いるんですかね?」


 若い仲間の言葉をサナダは手袋とヘルメット越しのデコピンで返した。……指、痛くないのか?


「馬鹿、これから見つけるんだよ。その為の、俺達とマルだ」


 サナダが何時もと同じ目で我輩へ振り向く。

 こっちは何時も通りに、任務をこなすだけだ。

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