RED:RUM

サニ。

Chapter.1 Rouge

時刻は丑三つ時。普段ならば風の吹く音しかしない頃。

静寂を切り裂き、コンクリートで舗装された道を踏み潰す音がこだまする。ヒールの音が鼓膜に突き刺さるようにうるさい。

その音を、音もなく追いかける影が二つ。


ひとつは、長く、細く伸びたいかにもな刀を携えた影。

ひとつは、鈍く、銀色に光る小さめの銃を携えた影。

その影は素早く、冷静に、かつ、静寂を切り裂くそれを追い詰める。


ヒールの音を遠慮なく鳴らし二つの陰から逃げ惑うように走るそれは、やがて右も左も真正面にも逃げ道のない場所へとたどり着く。当然引き返そうとしたら、二つの陰がゆっくりと近づく。刃を、銃口を、まっすぐにそれに向ける。

 今まで逃げ惑っていたそれは、自らのである、血にまみれた包丁を対抗するように向けるが、銃から放たれた弾によりそれを撃ち落とされる。

包丁を落とされたそれに、もはや抵抗するすべなど残されていない。

それが最期にみた光景は



『自らの眼で見る自らの体』であった。





「いやあお疲れさま!今回の『殺人鬼』も無事殺せたようでよかった!」


 時刻は幾何か進み、朝日が昇るか昇らないかのころ。

家というには少し豪華な建物の中で、顔を白い紙で隠した人物が嬉しそうに声をかける。

声をかけられた二人の人物は各々に顔についた赤い液体をふいたり、服を着替えたりしてその人物の声な無視を決め込んでいるようであった。しかしそんなことをお構いなしに、顔を隠したその人物は話を続ける。


「死体はこっちで処理したから大丈夫だよ!今回の死体はまあ楽だったね」

「首吹っ飛ばしただけだからな」

「毎回毎回、凪の刀さばきには驚かされるよ。まじで切り口がきれいなんだもの」

「慣れだ、慣れ」

「慣れるほど『殺してきた』ってことなんだろうけどね。でもすごいや」


 なぎ、と呼ばれた長身で長髪を後ろで一本に束ねた男は、顔隠しの人物に鬱陶しげに返事をする。それがうれしかったのか、顔隠しはまた話を続ける。いくらか声のトーンをあげて。


「嵜もすごいよねえ。狙って手元を撃ってあたるんだもの。練習したでしょ?」

「それもあるけどやっぱ慣れ」

「そっかあ、慣れって大きいんだねえ」


 さき、と呼ばれた、眼鏡をかけたハーフアップの女は、自らの武器である銃を手入れしながら、顔隠しには視線を寄越さずに返事をする。それでもうれしかったのか、顔隠しは小躍りをしながら二人に近づく。しかしとうの二人はそれを無視して自らの作業を続ける。


「ねね、僕の情報役立った?役立った?」

「あーはいはい役立った役立った」

「うるさいから廻間はざまはちょっと黙ってて」

「ひどーい!」


凪と嵜は、『廻間』という名前なのであろう顔隠しを適当にあしらう。が、廻間は両腕を上にあげていかにもなアピールをして二人に訴えかける。


「ま、とにかく。日付は変わったけど今日は幸運なことに日曜日。しかも明日は祝日ときた。ゆっくり休んでねー。僕は書斎にこもってるから!」

「おい待て朝飯作るから手伝え」

「お!朝ご飯は何?」

「から揚げ定食だ」

「何を手伝えばいい?凪」

「テーブルセットしてくるね凪!」

「お前ら露骨すぎんだろ」


朝の献立内容を言うなり、露骨にさっと手伝う姿勢を見せる嵜と廻間に対し、あきれたように凪はエプロンを付け、厨房へと向かっていった。





今まで猟奇的殺人を犯した殺人鬼が、ある日突然ぱったりと姿を消す。ある者は無残にも生首で発見され、またある者は姿すら消えた。そしてある者は、『血液だけ残して』消えた者もいる。それらがすべて殺人鬼を狙ったものであるため、その現象のようにも意図的犯行にも思えるそれを、噂を、人々はいつの間にか名前を付けていた。


―――『殺人鬼を殺す殺人鬼』と。


人々は知らない。

その『殺人鬼を殺す殺人鬼』が、人間によって行われていることを。

その人間が



『二人の双子の兄妹』であることを。





 夜が明け朝が来る。

この日は幸い、廻間が言っていたように祝日だったため、各々が思うように1日を過ごそうとしていた。嵜は部屋に閉じこもり、凪は久々に何もない日だったので、外へと出かけていた。

 残る廻間はというと。


「今日はどんな服装で夜行こうかなっ」


自室のクローゼットを全開にして、その前で小躍りをしながら服選びにいそしんでいた。珍しく顔につけている白い紙も取っており、普段は隠されている廻間の素顔があらわになっていた。だがそれが本当のであるかは、誰にもわかるまい。今にも鼻歌を歌いだしそうに、廻間はこの状況を心から楽しんでいるようであった。

 廻間が服選びに気合を入れるのには訳がある。

というのも廻間は情報収集の役割を一手に引き受けている。だが、普段の恰好では夜に出歩いていても、外に出たところで通報されるのがオチだ。顔を白い紙で覆い隠して白衣を着て、スキップしながら街を歩いている人物がいたら、確かに不審者として通報したくなるし、警察に見つかったなら迷わず職質されるだろう。否、絶対にされる。

 だから廻間は『』溶け込むように、外へ出るための服をかなりの時間をかけて選ぶのだ。時には女装だって躊躇わない。メイクだって気合を入れる。ごく普通に、どこにでもいるような人間になるために。そしてめぼしい情報がゲット出来たらすぐさま帰り、凪と嵜が家に戻り次第伝える。このサイクルをずっと繰り返している。たとえ非効率であろうと、それは変わらない。


「よっし。今日は気分を変えて女装しよう」


 そうして廻間は、ふんわりとしたワンピースを手に取った。

 すべては『殺人鬼』の情報の為に。





「今日は…野菜が安いな」


 同時刻。凪は街のスーパーへと来ていた。

ちょうど冷蔵庫を漁ったところ、常備しているものが数個なくなりかけていたので、その補充である。いたって普通に、いつもは後ろで高く縛っている長い黒髪をほどき、目立たないような服を意識して着ている。

 が、やたらと凪がそこを歩くたびに、道行く買い物客は彼を見る。


「(俺はそんなにみられるほど何かしたか…)」


 凪は内心そう思った。だが視線を集める原因が、凪自身からあふれ出る美貌によるものであると、彼は絶対に気づかない。彼にとって、彼自身に来る視線は、すべてネガティブなものへと変換されている。それはどうやっても治らない。


「……」

「おい嵜、そんなに死んだ目をするな」

「昼間に出歩くのはやっぱきっつい」

「何言ってんだ。人間は昼間に活動するもんだろうが」

「その通りですねサヒヒフーセン」

「今日の夕飯は菜っ葉尽くしな」

「勘弁して」


 その隣でうなだれたようにふらふらと歩き、いまにも倒れてしまいそうな少女こと、嵜。朝から一歩も外に出ずに、寝間着から着替えずに部屋の中でただひたすらにオンラインゲームをやっていたところで、凪に見つかり連行されるように買い出しへ付き合わされている。そのせいか髪の毛は多少整えてあるものの少しばかハネているし、目の下のクマは消えていない。それどころか服装もパーカーを羽織ってジーンズをはいただけというなんとも適当な格好であった。もちろん朝食も摂っていないので腹の中には何も入っていない。はたから見れば、今の彼女はいまにも死にそうな人間に見えるだろう。だが凪はそんな様子に構うわけもなく、首根っこを捕まえてしゃんと立たせる。が、そうもつわけもなく、まただるんとうなだれたように背を丸めるのであった。


「なぜ私を連れてきたし」

「荷物持ち」

「え…猶更なぜ連れてきたし」

「本音は卵が大安売りしててな、1人1パックまでなんだ。そんで連れてきた」

「なんなら廻間もつれてくればよかったのに」

「あいつはダメだ。連れて行こうと思ったら『用事がある』だとよ」

「いつもの?」

「そ」


 その一言で嵜は察した。廻間が出掛けるといった日は大抵夜遅くまで帰らない。そしてどんなに誘おうが連れて行こうが、廻間は決まって譲らない。すべてはある『目的』のために。


「情報屋さんも大変なこって」

「ネット使えや一発だろうにな」

「廻間らしいというかなんというか。で、とっとと帰りたいんだけど。卵のコーナーどこ?」

「早めに帰れるかはわからんがな。いくぞ」


 凪と嵜は当初の目的を果たすために、スーパーの中でもひときわにぎわっている場所へと向かっていった。





「うーん…」


 廻間は悩んでいた。なぜこんなにも視線を感じるのか。しかもあらゆるところから、廻間の全身に突き刺さっている。廻間はそれが嫌で嫌で仕方なかった。

 今現在廻間は街にある規模の大きいショッピングモールに来ていた。情報集めのために、そして自身の目的である『服』を買うために。そのために張り切って女装してメイクして、カツラまでかぶって完璧に変装したのだ。しかしここまで気持ち悪いほどの視線を感じるのか。


「(僕なんかしたかなあ?)」


 別の場所にて同じような目にあっている凪と、そのままのことを思っていることを知らずに、廻間はいたって普通に道を歩く。一般人からの視線はほとんどないといっていいほど感じられないのだが、舐めるように刺さる視線は取れない。いったい誰が何のために。確かめようにも、視線のもとへ行こうとは思えない。なぜだかとても嫌な予感しかしないからだ。まるでそう──


「(18禁の同人の本みたいにされそう…)」


 と、柄にもないことが頭に浮かぶ。考えただけでも鳥肌が立ち、さらには虫唾も走るのだが。体がほんの少し震えたのは気のせいにしておく。

 そんな時、廻間の耳に興味深い話が飛び込んでくる。話の主はどうやら道の端にあるベンチにて休憩している、女性2人であった。


「ねえ聞いた?」

「何々?」

「最近ね、夜中になると出てくるんだって」

「どんなの?」

「なんか女子大生とか女子高生を攫って、アレコレしたあと殺す人」

「えー何それ超怖い」

「噂にしかすぎないらしいんだけど、実際にいるみたいよ?夜出かけてった後行方知れずになった女の子」

「もう夜出歩けないじゃーん!」

「でもでも、隣に男がいると狙われないみたいだよ」

「それマジ?今度からカレシ連れ歩かなきゃー。カレシあたしが心配なのかさー、外に出るだけでもついてこうとするから断ってたんだけど、その話聞いてからちょーありがたく思えてきたわ」

「いいなー、アンタんとこのカレシ超ヤサオだもんねー。うちんとこなんかさー」


そこで別の話に切り替わると同時に、耳をその会話に澄ませていた廻間も止めていた足を動かす。話を聞いていた途中、視線がさらに強くなって吐き気を催したのは別だ。


「(夜な夜な攫ってアレコレしてから殺害…よくあるパターンだな)」


 廻間は神妙な顔になる。このパターンはニュースでも、ネットでも見飽きたぐらいのものだ。情報が一般人の間で出回るくらいなのだから、相当な数をやっているのだろうが、この程度じゃ…と考える。しかし、その考えはすぐに、先ほどの女性たちの会話から聞こえた言葉で霧散した。


「あ、そういやさ。さっきの人?なんか殺した後体の一部を取って、後の部分はどっかに捨ててったり食べたり、燃やすらしいよ」

「何それどこ情報?」

「トモダチが言ってた。ネットで流れてきたんだってー」

「ホントだとしたらマジ怖いんですけど。余計夜出歩けないわー」


「(体の一部…!?)」


 なんて猟奇的だろうか。いや、猟奇的というにはほど遠いかもしれないが、猟奇的だと廻間は思った。連れ去って強姦して殺害した挙句に、人体の一部の収集癖。恐ろしいというか、考え難いというか。どこの部分を切り取って持っていくのかはわからないが、そうとういる。


「(こりゃ今回の目標ターゲットは決まりかな)」


 『猟奇的』で、『イカレている』──すなわち殺人鬼クソ野郎には、廻間にとって、はらわたが煮えくり返ってしょうがない対象。そんなクソ野郎を、廻間は、凪と嵜を使って『制裁』させている。なぜ自分で手を下さないのか、なぜ2人を使ってそうさせているのか。それを話すことは訪れないのだろう。たとえ自分が死せるときであっても。絶対に。


「んじゃま、当初の目的は果たしたし。服だけ買って帰るとしますかね」


 廻間は満足げに、口角を三日月のように吊り上がらせると、多少スキップをしながら適当な服屋へと入っていった。


 それでもは、どこまでもついてくるのだった。





「たっだいまー」

「なんだ、今日は早かったな…ってお前なんだその恰好」

「今日は気分を変えて女装してみましたー☆」

「似合わねー」

「ひどっ!」


 夕刻。廻間が帰ってくると、すでに帰宅していてくつろいでいた凪と嵜が、生暖かい目を向けながら彼を迎え入れる。くるりと今の恰好をお披露目するように、その場で回って見せるものの、彼らの評価は冷ややかなものであった。肩を落としてカツラを取り、濁った声を出しながら背伸びをする。


「さっさと着替えてこい。顔見られたくねーなら猶更な」

「はーい。今日の夕飯は?」

「デミグラスソースのオムライス」

「やった!すぐ着替えてくる!!」


その返答を聞くなり、廻間は適当にぽいぽいと靴を脱ぎ棄て、自らの部屋へとかけていく。が、その足は途中で止まり、彼はくるりと凪と嵜に体を向きなおす。


「あ、そうそう。今日ちょっと『イイ情報』仕入れてきたから。食後にゆっくりと聞かせてあげるね♪」


 いつもより声の調子を変えて、『ねっとり』と話すと、そのまますたこらと自室へ戻っていった。

 その廻間の様子に、彼らは顔を見合わせて、ため息をつく。


「何今の声、クソきめえ」

「言ってやるな。たいていああいう声が出るってことは、『アレ』以外にねえよ」

「にしてもやめろっつの悪寒がした」

「それについては同感だ。ほれ手伝え。働かざる者食うべからず」

「ウィッス」


 2人はげんなりとしつつも調理場へと向かっていった。



 今夜も『一仕事』ありそうだ。と。





「ごちそうさまでしたっ」


ぱちん、と小気味いい音がする。顔を覆い隠している白い紙の下の部分には、デミグラスソースがぺっとりとくっついている。そんな廻間に嵜は早く取り換えてこい、と促す。

が、廻間は大丈夫といいながら、どこからともなくハサミを取り出し、その汚れた部分だけを切り取った。かろうじて顔はまだ見えない範囲だったのが幸いであった。切り取った部分はすぐそばにあったゴミ箱へとシュートされた。


「えーそれでは。報告を始めようと思います」

「なんだ急に改まって」

「形式から入ろうと思って」


 全員分の皿をいったん調理場へと持って行った凪が戻ってきて、待ってましたと言わんばかりに話を始める。凪は机に頬杖をつき、嵜は顔を突っ伏しながら話を聞く体勢に入った。2人のその様子に、まともに話聞く気あるのかなあと思いつつも、廻間は口を開く。


「最近ね。噂になってる殺人鬼がいるらしい」

「またこのパターンか」

「しっ。そんでね。内容としては、夜な夜な女性を攫って強姦した挙句、殺すんだって」

「よくある話だね」

「よくある話だけどよくあっちゃいけないんだっつの本当は」

「んで。そいつは殺した後、『体の一部』を切り取って、あとはどっかに捨てるか燃やすか、それか食べるか。らしい」

「うわキメエ!」

「珍しいな嵜が大声出すなんて」

「反応するところがズレてるぅー!」

「そんで続きは?」

「ああ。対象は女子大生、および女子高生。抵抗するすべをもってない、もしくは夜出かけることが多そうな年齢層を狙ってるんだろう。あとは隣に男がいると狙わないとか」

「明らかに…」

「うん。男の犯行だよね」


 行きついた結論に、凪は(強姦って時点で男の犯行だろ)と思ったが、あえて口には出さないことにした。


「あとこれは個人的な話なんだけど。ショッピングモール行ったときにさー、やたら気持ち悪いくらいに視線が刺さってたんだよねえ。寒気がしたよ」

「なんだいつものことじゃねえか」

「いつもじゃないって!」

「女装して変な行動でもしてたんだろ。いやつーかそもそもの話だったわ」

「ひどっ!ってとにかく!もんのすごく気持ち悪かったんだから!まるで『狙ってます』と言わんばかりに──」


 と、そこで嵜が何かに気づいたようで、待ったをかけた。


「『狙ってるような』視線って言った?」

「え、うん」

「しかも女装してたんだよね?」

「そりゃーもう!どこにでもいるようなキレーな女子大生、もしくは女子高生みたいに──って」

「…おい廻間」


その瞬間、場が凍り付く。『気づきたくなかった』ことに『気づいてしまった』がゆえに。

 ただの推測かもしれない、思い違いかもしれない。けども、今この話を聞いてしまったがゆえに、それしか考えられなかった。ばかげた話かもしれない。それでも。


「お前、目ェつけられたんじゃね?例のその『殺人鬼』に」


凪がそういうと、廻間は大いに取り乱した。


「いやいやいやいや!?ななななな何言ってんの!?そそそんな白昼堂々、殺人鬼が人がかなり集まるショッピングモールに出てきて、良さそうなターゲット見つけて舐めるように見てくる!?ないでしょ!?つーかなんで僕が狙われなきゃいけないのさ!!も、もーほんとに怖いなー!」

「落ち着け三十路。いくらなんでも確かにお前に目ェつけるなんてそいつは頭がどうにかしていらっしゃるのかもしれんし、クルクルパーで脳みそが足りてないかもしれんが。そう女装が趣味のこんな三十路でちっこい不審者に」

「僕の言われようひどくない!?」

「私としては、凪の意見に賛成である」

「ちょっと!最近覚えた言葉で賛同するんじゃありません!!」

「でもそうとしか考えられないじゃん?もし、もしも。女装のクオリティが異様に高くて本当に女子大生くらいに見間違えられたとしたら」

「……」


 そこまで嵜がいうと、廻間は動きを止めて黙り込んだ。容易に想像できたのだろう。

 確かに今日は変装に力を入れた。とてととても力を入れた。そのおかげで女性服がたくさんある服屋に入っても、なにも言われなかったほどだし、むしろ店員から女性服を、かなりの量をお勧めされたほどだ。男服をもってこられるなんてことは一切なかった。

 そして感じた、『嫌な予感』。あの時廻間は確かに思った。


『(18禁の同人の本みたいにされそう…)』


と。

まさかアレは、少なからず当たっていたというのか。行きついた先に、廻間は鳥肌が立った。虫唾も走った。悪寒も走った。口からは息が抜けるだけだ。


「…お前でねえほうがいいんじゃね?」

「いやいや。あの時は変装してたし?今とは全然雰囲気違うし?いけるいける」

「やめといたほうがいいよ。ナニされても文句言えないっしょ」

「なんでイントネーション違うの!?」

「お前は遠隔でこっちから指示だしゃいいだけの話だろ」

「インカムとかあるし」

「うっ…」

「で、実行はいつだよ。『情報屋』さんよ」


そこまで言われると廻間は何も言えなくなり、ため息をついて「わかったよ」と一言。


「───今日の深夜。丑三つ時。って言っても見た目情報とかなかった。自力で探すほかないかな」

「それに関してはスペシャリストがいんだろ」

「お呼びですか」

「うぉっ!?」


 突如として廻間の後ろに、長身の女性が現れる。音もなく現れたからなのか、廻間は突然のことに驚いて思わずのけぞる。


一縷いちるか…びっくりしたよもう」

「私はいつでも廻間さんのおそばにおります」

「え、あ、うん。そっか。で、その…」

「はい。話は全て聞いております。というより昼間、廻間さんをこっそり見ていたので」

「えっ、じゃああの視線はいち」

「違います」

「ですよねーッ!!」


 一縷と呼ばれたその女性は、崩れ落ちた廻間を白魚のような指を使って支える。意外と力が強かったのか、廻間の腕からはビキッと音がする。

 一縷は廻間の部下のような存在であり、そして凪と嵜のいとこである。彼女は普段諜報活動のようなものをしており、どこからともなく現れて情報を提供して彼らを支えている。ハッキング、潜入、挙句の果てにはF1レーサーを思わせるような運転だってお手の物である。正直なんでこんな人物が廻間のような人間のもとにいるのか、凪と嵜にはさっぱり訳が分からないのだが、彼女曰く『廻間さんに恋をしているからですよ』と。いつもの無表情に、手でつくったハートとともにそういわれると、ますます混乱したと凪は語る。


「帰宅したあとすぐに調べました。ショッピングモール内の監視カメラのハッキング、ネットを使って特定しました。廻間さんを見ていた、例の殺人鬼と思われる詳細な姿はこちらです。というより調べ上げたらその方が例の殺人鬼だったのですが」

「でかした一縷!」

「これも私の仕事ですので」


 廻間は一縷から画像が載った書類をひったくるように取ると、自分が見るより先に凪と嵜にそれを見せる。おそらくだが見たくなかったのだろう。あれだけの視線を寄越してきた人物を。そして聞きたくなかった。自分に目を付けた変態が、本当に殺人鬼クソ野郎だということを。

 眼前に突き出されたその書類を凪と嵜はまじまじと見る。そして目を見開く。



「おい、こいつ───」



続く

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