お母さんのお雑煮
車で5分ほどで、スーパーについた。
ショッピングモールとは違い、食品と少しの日用品が置いているだけのスーパーだ。
「何にしようかな」
入ってすぐの野菜売り場でつぶやく。
食の好みの知らない人に作るんだと思うと、迷ってしまう。誠司さんに尋ねても、気をつかってか何でもいいと言われてしまい、なおさらだ。
ふと、正月料理に使う金時人参が目にはいり、昨日の誠司さんを思い出した。
おせちを食べながら寂しそうに笑ったあの顔だ。彼が食べたがっていた『故郷の味』。
それを作ってみたい。
「ねえ、誠司さんの実家のお雑煮ってどういうものだったの?」
物珍しそうに野菜を見る彼の袖を引っ張り、見上げた。
「お雑煮? うちは白味噌やで。丸もちと大根、里芋、人参が入ってるねん」
「白味噌?」
お雑煮と言えばすましのイメージしかなくて、家ごとの違いなんて具や餅を焼くかどうかの違いくらいだと思っていたわたしは驚いて高い声を出した。
「地方によって違うんだね。うちはすましだよ」
「大阪でもすましやっていう家もあるみたいなんやけどな、うちは昔っから白味噌やな。白味噌がまろやかでうまいねん」
「そうなんだ」
お雑煮はもちろん、味噌汁も白味噌では作ったことないけど、できるかな。
あごに指をそえて、「うーん」と考える。
普通の味噌汁の要領で作れば、なんとかなるかな。
よし、と心に決めると、大根、里芋、金時人参を選んで、カゴに入れた。
「もしかして、雑煮を作ってくれるんか?」
選んだ野菜で何を作るのか検討がついたようで、今度は誠司さんが驚いた声を出した。
「せっかくお正月なんだから、お雑煮も食べたいでしょ? ただし、関西風なんて作ったことないから、味は保障しないけどね」
にっこり笑いかけると、味噌売り場へと足を向けた。
たくさんの味噌の中から、白味噌を手に取る。
次に正月用の餅コーナーで餅を見る。しかし、丸もちは見当たらなかった。仕方なく、角餅を選んでカゴに入れた。
誠司さんはその角餅を手に取って、ため息をついた。
「味は変わらんやろうけど、なんか四角って嫌やな。大阪ではあんまり四角の餅は雑煮やしるこに使えへんねん」
「でも、こっちでは丸い方が珍しいですからね。もっと大きなスーパーだったらあるとは思うんだけど」
このスーパーは一通りの物を置いてはいるけど、ひとつひとつの種類が豊富なわけではなかった。
「大きいスーパーなあ。わざわざそこまで行くのもあれやし……」
誠司さんは諦めると、角餅をカゴに入れた。
その手の動きを追いかけるようにカゴの中を見ると、彼の言ったものはそろっていた。
あとは――出汁よね。
乾物売り場で花かつおとダシ用の昆布を探した。
「出汁をちゃんととるねんな」
「うん、せっかくのお雑煮だし、あんまり手抜きしたくないのよね。お弁当とか手早く作りたいときは粉末の出汁の素を使うけど、やっぱちゃんと出汁をとったほうが美味しいもの」
「せやな、ありがとう。ますます楽しみになったよ」
「ううん、気にしないで」
誠司さんのはにかみ顔を見るだけでも、手間をかける価値があるように思える。いつもは自分のための料理ばかりだけど、人のために作る料理って準備段階から楽しいんだ。
全てそろったのでレジへと向かいながら、ふと思い出した。
そういえば、亡くなった母は料理にこだわりがあったのか、きっちり出汁をとる人だった。お弁当にも冷凍食品を一切使わなかったので、わたしは今でも冷凍食品を食べることができない。美味しい手料理に舌が慣れると、冷凍食品の味が美味しいと思えなくなるんだ。
そういった母の料理の影響もあって、化学調味料を使った出汁の素よりも、きちんと出汁をとる方が好きなのかもしれない。もちろん、最近は便利なもので、化学調味料無添加の出汁の素もあり、そういうのはまだマシなんだけど。
そんなことを考えながらもレジに並び、清算を済ませた。
お金はお礼なんだから払うと言ったのに、誠司さんに払われてしまった。これではお礼と言えるのかどうか怪しいけど、その分、がんばって美味しいお雑煮を作ろう。
誠司さんの部屋に戻ると、早速、キッチンに向かい、道具の確認をする。
まな板、包丁、両手鍋が一つ、ボールは大小ひとつずつ、ざるが一つ、おたま、穴あきおたま、菜箸が見つかった。
よかった。一応、一通りそろっているようだ。
道具があるかどうかの確認をすっかり忘れていたことに帰り道で気づき、ひょっとしたら自分の家まで取りに行かないといけないかもしれないと思っていたので、その必要がなくホッとする。
まずはボールに水を入れて、昆布をつける。
次に、里芋の皮をむくと、下ゆでをした。
その間に、人参と大根の皮もむいて、人参は輪切りに、大根はいちょう切りにした。
里芋に箸を刺すと中が柔らかかったので、ざるにあげて、軽く洗った。竹串があればよかったんだけど、見当たらないから箸で大きな穴も仕方ない。
鍋があいたので、昆布を水ごと鍋に移し、火をつけた。
沸騰直前に昆布を取り出し、火を止めてからかつお節を入れた。
かつお節をこす準備として、ボールとざるを重ね、重大なことに気づく。
キッチンペーパーがない。
くずなど細かいかつお節はざるの網を通ってしまうので、キッチンペーパーか綺麗な布巾をざるに敷いてこすほうがいいんだ。
料理をしない家にある布巾といえば、良くて台拭き、悪くて雑巾だろう。どちらも洗っているとはいえ、料理に使うことには抵抗を感じる。
そうこうしてる間にかつおが沈んだので、仕方なくざるだけで濾した。
出汁に残ったかつお節から雑味が出るかもしれないけど、仕方ない。かつお節も具の一部とでも思えばいいだろう。鍋に戻した出汁に人参と大根を入れて、そのまま作ることにした。
火が通った頃、里芋を追加し再び煮たったら、白味噌をといて入れ、最後に餅を入れた。
味見をすると、白味噌の味はまろやかで柔らかい。初めての味だけど、わたしも嫌いではないと思う。
「誠司さん、できましたよ」
椀に盛りつけると、それを持ってテーブルに向かう。気づいた誠司さんがやってきて、代わりに運んでくれた。
テーブルを見ると、昨日のおせちの残りも広げられている。
「すっげえ! ホンマにうまそうや」
彼は歩きながら椀を覗き込むと、興奮した様子を見せた。わたしはそんな後ろ姿を眺めながら、彼の笑顔が想像できてしまって、クスッと笑みがこぼれた。
「一応、味見しましたけど、食べたことないのでちゃんと大阪のお雑煮の味になってるかわかりませんよ」
「どんな味だって、作ってくれただけで嬉しいねん」
そう言いながらテーブルに椀を置き、座るとそわそわと肩を揺らした。
わたしが向かいに座ったことを確認すると、すぐに「いただきます」と手を合わせた。わたしはそんな彼の様子を見守る。
誠司さんは汁を一口すすると、顔をあげた。
「うまいやん! いつも食べてた雑煮と同じ味がする」
顔を輝かせたかと思うと、椀に視線を落とした。
「……おかんの雑煮を思い出すな」
口元はうれしそうに緩み、でも、目もとは寂しそうな彼を見ていたら、わたしも胸がぎゅっとなった。
彼の故郷の味に近いものを作れたことは純粋に嬉しい。でも、彼に故郷のお母さんを思い出させてしまったことは良かったのかどうか。
彼の食べたい『故郷の味』、それは母親の味。それを食べたことのないわたしがどんなに似せようと思っても、似るわけがない。誠司さんは同じ味と言ってくれたけど、本当に同じものではないに決まっている。
わたしは余計なことをしてしまったんじゃないかな。
不安になっていると、彼はほほ笑んだ。
「ありがとう」
悲しさ、寂しさではない笑顔。落ち込みかけた気持ちは一気に浮上し、わたしもお雑煮を食べ出した。
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