正月なので、異世界転移しちゃいました
石松 鳰
次元マイナス1!?
「あけおめ、ことよろ」
という略語が響く中で、僕は目を覚ました。いつもだったらあの白い天井が顔をのぞかせるのだが、なにかおかしい。ワンテンポ置いて、認識した。
…ここは、どこだ?
見慣れない茶色の天井や家具。僕の、あの物を無造作に置いたような部屋ではなく、オシャレでログハウスのような部屋。思考を悩ませていると、目の前に突然モニターのようなものが現れた。
『あけましておめでとうございます。ようこそシステムバーチャルへ』
…システムバーチャル?なんだそれ、聞いた事ないぞ。訳が分からなさ過ぎて、逆に笑えてきた。
『ユーザー名 立花 陸人さん。16歳』
僕の個人情報が堂々とモニターに映る。いやあ、どうしたものか。これが世に言う異世界転移というやつか。画面の奥でしか聞いた事ないけど。いわゆるファンタジーというカテゴリーに分類されるあれだ。なるほど納得…
「できる訳ねぇだろ!」
誰もいない部屋に向かってそう叫ぶ。この理屈だと、僕は画面の奥に来ているということになる。次元をマイナス1したことになる。
「そうだ、外は」
目覚めてから一度もベッドから降りていない状況に飽き、家のドアを開ける。森林の新鮮な空気が鼻をすり抜け、木々が生い茂っている様子が視界に入った。息を大きく吸い込んで、森の奥へと足を進める。
少し歩くと、隣から歌声が聞こえた。女の声だ。草の根かき分けて出ると、木漏れ日に照らされて歌う美しい少女がいた。しばらく、それに聞き入って、うっとりとしてしまった。そして、歌い終わると、思わず拍手をしていた。その音に気付き、少女がばっとこちらを向く。僕はあっと呟き、手を止めた。すると、また目の前にモニターが現れた。
『ユーザー名 桐谷 真奈美。16歳。職業 歌手』
ばっちりと個人情報を映され、少し安心した。女子に名前を聞くなんて、心臓がもたなそうだ。ということは向こうにも僕の情報は伝わっているのか。
「聞いて…たんですか」
「…えっと……美しい歌声ですね。僕と同い年で歌手デビューしてるなんて凄いですね」
同い年なのに、どうしても敬語になってしまう。馴れ馴れしいと思ったのか、僕。もっとフレンドリーな性格だったらと今更後悔する。
「いえいえ、そんなことないですよ。立花さんは何か職業は?」
職業…?そんなシステムがあるのか…
「もしかして、初めての方ですか」
「ええ、まあ」
「そうでしたか。この世界では、何歳でも好きな職業に就けるんです。よろしければ、私が色々説明いたしましょうか?」
願ってもない提案。恐悦至極。本当にありがとう。この世界最高。システムバーチャル万歳。と浮かれていると、森が轟音と共に地面が揺れ始めた。鳥達が逃げるように一斉に飛び立つ。
「何何何何何!?」
「森のモンスターです。いい機会ですから、立花さん、武器の使い方を教えます」
「え、あ、うん!」
訳が分からず、適当に返事をしてしまった。木々を押し倒し、視界に入ったのは巨大な恐竜。ティラノサウルスのような形をしたモンスター。モンスターは僕達を瞳に映すと、大きな声で唸り声をあげた。その迫力に思わず尻もちをつく。空気が吸い込まれ、竜巻のようにあがっていく。モニターには
『level1。武器を選択してください』
幾つか武器が表示され、一番無難な剣を選択する。右手にいたってシンプルな剣が現れた。おーと感嘆の声を漏らす。なんか、ゲームっぽい!
「立花さん。とりあえずそれで攻撃してみてください」
なんという無茶ぶり。初心者の僕にこの巨大なモンスターを倒せというのか。僕の身長が足首くらいまでのサイズのこいつを!?でも、あれか。桐谷さんはおしとやかだから、戦いを好まず、きっと戦えないのではなく戦わない優しいお人なのだ。そうだそうだ。ならば、僕が守ってあげなければ。その気持ちが、僕の闘志に火をつけた。
「おりゃぁぁぁぁ!!!」
勢いよく剣を振り上げ、走った。そして、足元に振り下ろした。カンッという金属の良い音が耳に入る。
『森のモンスター。シルヴァ。レベル150。HP12000』
『立花陸人。レベル1。HP150』
『シルヴァは3のダメージを受けた』
その三つのモニターを見て唖然とする。僕、弱っっ!そして、敵強っっ!攻撃をされたシルヴァと呼ばれるモンスターは僕に向かって吠えた。無理だ、勝てっこない。
「桐谷さん!今すぐ逃げ…」
桐谷さんの姿を見て、口が固まる。手に杖のようなものを持って、シルヴァに向けていた。目を瞑り、じっとしている。シルヴァが桐谷さんの方を向き、一つ声を上げ、向かったその時。
「大地に流れる空気よ、凍れ、氷の刃となりて、切り刻め!」
そう叫んだ。杖を不自然な青い光が包み込み、辺りを満たしていく。彼女の周りに文字通り氷の刃が浮遊し、次々とシルヴァに襲いかかる。
『シルヴァは7800のダメージを受けた』
『桐谷真奈美。レベル93。HP9200』
『シルヴァは4400のダメージを受けた。シルヴァは倒れた』
『立花陸人。レベルアップ。レベル2。HP350』
お…お強い。そして地味に僕、レベルアップしている。嬉しいというかなんというか。
「すいません。さすがにレベル150相手はきつすぎました」
「い、いいえ」
というか、あなたの強さに驚きです。なんて、口が裂けても言えない。
「あっはい。まあ」
口に…出てた。
「では、私ログアウトします」
「あっはい!また、会えますか?」
思わずそんなことを聞いてしまった。桐谷さんは笑顔で頷き、消えていった。彼女と過ごしたSF(少し不思議)な時間を噛みしめながら、家へ戻った。それにしても、まさか現代にこんな素晴らしいゲームが存在していたとは。僕もまだまだ社会を知らないひよっこだな…さあ、僕もログアウトっと。いつの間にか慣れてしまったモニターに指を滑らせ、選択。
『ログアウトします』
その文字が僕を見送った。
「正月ぐらい早起きしなさい!」
煩い姉の声が耳に入る。目を開けると、そこには白い天井が。戸を乱暴に開け、姉は布団をひったくった。
「あんたね…お雑煮冷めるから早く来なさい」
「姉ちゃん。システムバーチャルって知ってる?」
その問いに姉は顔をしかめた。
「なに、馬鹿な事言ってんの。ほら」
といって、強引にベッドから引きずり降ろされた。やっぱり夢だったのか。桐谷さんもシルヴァというモンスターも。少しがっかりしながらも、楽しい夢だったと満足気にほほ笑んだ。
「なに笑ってんの気持ちわるっ」
という酷い姉の言葉を聞きながら、僕は下の階へと足を向けた。
「まさに、画期的発明。今流行りの『システム.バーチャル』装置を腕に取り付け、寝るだけで、五感を乗せ、まるでゲームの世界に入り込んだような体験ができます」
立花陸人24歳公務員。このニュースを見た時、単純に驚いた。僕も流行りの波に乗ろうと、これを買った。早速、腕に取り付け、横になる。
『ようこそシステムバーチャルへ』
モニターが目の前に映し出される。本当にゲームの世界に入り込んだみたいだ。驚きと興奮が全身を駆け巡る。簡単な個人情報を設定して、とりあえず動き回ってみた。川沿いを歩いていると、小さくてかわいい小動物に出くわした。モニターには
『森のモンスター。アラッド。レベル1。HP150』
こいつモンスターなのか。倒せばいいのかな。レベル1だから、初心者の僕にも倒せる!と思った時、モニターに戦闘設定の画面が表示された。えっと…武器は剣にしよう。選択すると手にシンプルな剣が現れた。ワクワクして、すごいと感嘆の声を漏らす。
「よーし。かわいいけどごめんな」
そして、僕の初めての戦闘が始まった。
始めてみた戦闘設定のモニターにはこうあった。
『立花陸人。レベル2。HP350』
正月なので、異世界転移しちゃいました 石松 鳰 @Matsumoto-0722
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます