第二百一話 絆

『そんな事をしたら、お前達は……』


 光黎は、空巴達の懇願を受け入れられず、躊躇している。

 当然であろう。

 なぜなら、空巴達が、光黎の中に取り込まれるという事は、消滅を意味しているからだ。

 もう、共に生きることはできなくなる。

 ゆえに、光黎は、躊躇していた。


『私達は、ただ、還るだけだ』


『光焔のようにね。だから、消滅するわけではないわ』


『やりましょう。彼らに打ち勝つには、それしか方法がありません』


 空巴達は、光黎を諭す。

 自分達は、光焔のように、光黎の中に還るだけであり、消滅するわけではない。

 共に生きるだけだ。

 それに、光黎の中に還るという事は、光黎が、空巴達の力を手にすることができる。

 ゆえに、静居に対抗できる唯一の手段と言っても、過言ではないのだ。


「も、もし、たまもひめが、俺の中に入ったら、どうなるんだ?」


「わしを吸収し、力を得る。それだけの事だ」


「んなこと、聞いてんじゃねぇよ!!だから、たまもひめは、どうなるんだって聞いてんだよ!!」


 九十九は、たまもひめに問いかける。

 もし、たまもひめが、自分の中に取り込まれたどうなるのか。 

 九十九だって、気付いていたのだ。

 光焔と同様に、自分と融合してしまうのではないかと。

 九十九は、それを懸念したのだ。

 たまもひめは、あえて、その事に触れず、力を得るのみだと答える。

 だが、九十九が、納得するはずがなく、声を荒げた。


「騒ぐな、九十九。わしは、消えるわけではない。共に生きるだけよ」


 たまもひめは、九十九をなだめる。

 九十九の恐れをかき消すかのように。

 たまもひめも、消えるわけではないのだ。

 九十九と共に生きるだけ。

 和ノ国を守れるなら、自分は、取り込まれてもいいと思っているのだ。

 たまもひめは、そこまで、覚悟を決めていた。


「なぜ、そこまでして、俺を助けようとする。龍神王」


「私達も、守りたいのですよ。和ノ国を」


 千里は、たまもひめに問いかける。

 理解できないのであろう。

 なぜ、自分と融合してまで、助けようとするのか。

 答えは、ただ、一つ。

 龍神王も、和ノ国を守りたいのだ。

 確かに、過去の事を振り返れば、辛い出来事もあったであろう。

 だが、龍神王は、和ノ国も、同胞も、式神達も、人間も、愛しているのだ。

 ゆえに、命を懸けて、守りたいと願っていた。


「だが、もし、俺の中に入ったら……」


「大丈夫です。貴方が、生きてくれるなら。和ノ国が守れるなら、後悔などしませんよ」


 しかし、千里は、ためらっていた。

 当然であろう。

 龍神王を犠牲にしてまで、力を得るつもりなど、毛頭ないのだ。

 だが、龍神王は、諭す。

 母のように、優しく。

 千里が、生きてくれるなら、自分も、生きることになるのだ。

 それに、自分が、千里と融合を果たす事によって、和ノ国が、守れるのであれば、後悔などするわけがなかった。

 空巴、泉那、李桜、たまもひめ、龍神王は、それぞれの想いを抱いて、ここへ来たのだ。

 柚月達を助ける為に、和ノ国を守るために。


『本当にいいのだな?』


『ああ』


『……そうか。わかった』


 光黎は、空巴達に尋ねる。

 本当に、後悔していないか。

 無理をしていないか。

 空巴達は、真剣なまなざしで、答えた。

 その答えに、嘘偽りはない。

 本心だ。

 心の底から、和ノ国を守りたいと願っているのだ。

 光黎は、彼らの想いを受け止め、承諾した。


『今まで、ありがとう』


『和ノ国を守ってね』


『ずっと、見守っています』


 空巴、泉那、李桜は、想いを告げ、手を伸ばす。

 生まれてきたことを、共に生きてきたことを、喜び、次につなげてほしいと願いながら。


『ありがとう』


 光黎は、感謝の言葉を告げ、空巴達の手に触れた。

 空巴達は、光に包まれ、光黎の元へと吸い込まれていく。

 そして、空巴達は、完全に、光黎と融合し、光黎は、空、泉、桜の力を手に入れた。

 空巴達に、感謝し、涙を流しながら。


「頼んだぞ、九十九」


「……おう」


 たまもひめは、九十九に全てを託して、命火となって、九十九の元へと入り込む。

 九十九は、たまもひめを受け入れ、融合を果たした。

 たまもひめの意思を受け継いでいくと誓って。


「さあ、千里。行きますよ」


「わかった」


 龍神王も、千里を信じて、千里の中へと入っていく。

 千里も、龍神王の想いを受け入れ、融合を果たした。

 必ず、和ノ国を守ると誓って。

 これで、光黎、九十九、千里は、空巴達と完全に融合し、力を手に入れた。


『さあ、行くぞ。柚月、朧』


「……ああ」


「うん」


 光黎は、柚月と朧に聖印能力を発動するよう促す。

 柚月達も、うなずき、聖印能力を発動した。

 光黎は、柚月の中に入り、九十九と千里は、朧へと憑依する。

 だが、ここで、静居が、結界を破壊してしまったのだ。

 静居は、形相に顔で、柚月達をにらんでいた。


「おのれえええええええっ!!!」


 静居は、柚月達を食い止めるべく、深淵を握りしめ、柚月達に襲い掛かる。

 夜深の絶望を発動せずに。 

 それほど、我を忘れてしまっているようだ。

 静居が、深淵を柚月に向けて、振り下ろすが、柚月と朧は、まばゆい光を放ち始める。 

 静居は、あまりのまばゆさに、目を開けられず、思わず、閉じた。

 光が止み、静居は、目を開ける。

 すると、信じられない光景を目にし、目を見開いていた。


「なんだ?何が起こっている?」


――どうなっているの?


 静居と夜深は、戸惑っている。

 なぜなら、柚月は、神の光を、朧は、炎と闇を纏っていたのだ。

 動揺を隠せるはずがなかった。


「皆が、託してくれたんだ。俺達に」


「だから、負けられない」


 柚月と朧は、これまで、多くの仲間達に、助けられ、支えられてきた。

 そして、多くの別れを経験した。

 誰もが、柚月達を守るために、和ノ国を救ってほしいと願って。

 ゆえに、負けられるはずがないのだ。

 柚月と朧は、刀を静居に向けた。


――ぜってぇに、勝ってやる!!


――覚悟しろ!!


――反撃、開始だ!!


 九十九、千里、光黎も、静居に向かって吼える。

 空巴達が、力をくれたのだ。

 だからこそ、勝つと誓ったのだろう。


「貴様らああああああっ!!」


 静居は、叫びながら、感情任せに、柚月達に襲い掛かる。

 だが、柚月と朧は、冷静さを保ったまま、構えた。

 立ち向かう準備は、できている。

 何があってもだ。

 たとえ、静居の力が、自分達よりも、はるかに上であっても。


「行くぞ!!」


 柚月と朧は、地面を蹴って、静居に向かっていった。

 静居は、天鬼の技、煉獄柱を発動し、柚月達の行く手を阻む。

 だが、柚月と朧は、それをかわし、桜の花を生み出して、静居を取り囲もうとする。

 静居は、それをかわすが、柚月は、続けて、水を全身にまとって懐に飛び込み静居を貫こうとした。

 それでも、静居は、回避してしまう。

 だが、柚月は、最後に、空気を刃にした技を次々に繰り出した。

 静居は、回避しようとするが、回避しきれず、左腕を斬られ、血を流した。


「い、今のは、空巴達の!?」


 静居は、動揺を隠せないようだ。

 当然であろう。

 柚月が、発動した技は、李桜の百花繚乱、泉那の背水之陣、そして、空巴の天空海闊だ。

 なぜ、空巴達の技を柚月が、発動できるようになったのかは、理解できず、困惑している。

 彼らが、融合したからと言って、いとも簡単に、それも、続けざまに出せるはずがない。

 静居は、そう、推測しているからであろう。

 柚月達は、静居に向かっていくが、静居は、悪鬼羅刹を発動しようとした。

 しかし……。


「まだだ!!」


 朧が、柚月の前に出て、炎と闇の刃を発動する。

 九尾ノ覇刀を発動したのであろう。

 静居は、防ぎきろうとするが、防ぐことができず、身を焼かれ、体を切り刻まれた。


――この力は、たまもひめと龍神王の!?


 夜深は、気付いてしまったようだ。

 先ほど、朧が、発動した九尾ノ覇刀は、以前とは違う。

 たまもひめと龍神王の力を感じ取ったのだ。

 朧でさえも、いとも簡単に発動してしまう。

 このままでは、静居と夜深は、追い詰められる一方であった。


「こうなったら!!」


 静居は、夜深の絶望を発動しようとする。

 それも、全ての力を使って。

 一気に、柚月達を消滅させようとしているのであろう。

 だが、柚月は、前に出て構えた。

 夜深の絶望を切り裂こうとしているかのようだ。


「兄さん!!」


 朧が、草薙の剣に触れる。

 その時だ。

 柚月と朧が、聖印の力を送りこんだのは。

 それも、無意識に。


「なっ、何が起こって……」


――まさか、波長を合わせているというの!?


 静居と夜深は、動揺している。

 彼らが、波長を合わせているのだ。

 かつて、葵と瀬戸が、波長を合わせた時のように。


「すごい。力が、流れ込んでくるみたいだ。これが、兄さんの聖印なんだな」


「そうだな。お前の力も、すごいな」


 互いの力を感じ取っている柚月と朧。

 だが、力を送っているのは、柚月と朧だけではない。

 九十九も、千里も、そして、光黎も、草薙の剣に力を送りこんでいる。

 そして、綾姫達もだ。

 それも、祈りながら。

 誰もが、柚月達の勝利を信じ、願っていた。


――どうやって、波長を合わせたらいいか、わかった気がするな……。


――うん、相手を思いやる心こそが、波長を合わせる力になるんだ。


 波長を合わせるという事は、どういう事なのか、柚月達には、わからなかった。

 だからこそ、苦労して、成功させたのだ。

 だが、今なら、わかる。

 お互いを大事に思い合うからこそ、波長が、合わせることができるのだ。

 相手を信じ、思いやる事で。


――それは、目に見えないもの、絆だ。


 柚月は、波長を合わせる事は、どういう事なのか、答えを見出した。

 強い絆があるからこそ、波長を合わせることができるのだ。

 強い絆が、最大の武器であり、勝利へ導く鍵であった。


「行くぞ、朧!!」


「うん!!」


 柚月と朧は、地面を蹴る。

 そして、静居は、夜深の絶望を発動した。

 草薙の剣と夜深の絶望が、ぶつかり合う。

 柚月と朧は、傷を負い、追い詰められそうになりながらも、耐えた。

 草薙の剣を強く握りしめて。

 そして、互いを信じ、互いを思いやりながら。

 柚月と朧は、力を込めた。


「はああああああああっ!!!」


 柚月と朧は、光の刃と九尾の炎、龍神の闇を組み合わせた刃を生み出す。

 その技の名は、光焔神浄・光覇刀こうえんしんじょう・こうはとうだ。

 光、炎と闇の刃は、ついに、夜深の絶望を打ち消した。

 二人は、そのまま、静居に向かっていき、草薙の剣で静居を貫いた。

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