第二百二話 世界はこんなにも美しい
草薙の剣に貫かれた静居。
静居は、雄たけびを上げながら、神の光に包まれていく。
そして、夜深も、強制的に神懸りを解除され、静居から出た。
柚月と朧は、聖印能力を解除して、静居と夜深を見届けた。
「負けた……のか……。私は……」
静居は、初めて、敗北したと、感じていた。
なぜなら、もう、力が入らないからだ。
神の光に包まれ、消滅していくのを感じる。
夜深と融合し、長いときを生きた静居であったが、もう、体は、耐え切れなくなっていたのだ。
とうの昔に。
その時だ。
静居が、千年前の事を思い出し始めたのは。
千草や舞耶の事。
そして、葵の事を。
――いつからだろう。葵を、愛さなくなったのは。憎いと思ったのは……。お前を守りたくて、力を得たのにな……。
千年前の事を思い出した静居は、やっと、人間らしい感情を取り戻したのであろう。
聖印の力を手に入れたい。
神になりたいと願ったのは、葵の為だったのだ。
愛する妹を守りたくて。
それなのに、なぜか、その事を忘れてしまい、和ノ国の消滅を望み、葵を憎んでしまった。
――すまなかったな。葵……。
静居は、心の中で、葵に謝罪した。
後悔し始めたのだ。
もし、力を得なければ、神になりたいと望み、和ノ国を消滅させようと思わなければ、別の未来があったのではないかと。
ふと、静居は、思い浮かべる。
葵、千草、舞耶と笑みを浮かべている光景を。
静居は、涙を流し、消滅した。
夜深も、消滅しかけている。
もう、体が、動かない。
自分の望みは、邪魔されてしまった。
夜深は、柚月達を憎んだ。
だが、その時だ。
光黎が、夜深に触れたのは。
『光黎……。何のつもりよ』
『すまない。側にいてやれなくて。お前を、愛していたというのに……』
夜深は、光黎をにらむ。
今更、同情しているのかと感じて。
だが、違っていた。
光黎は、悔やんでいたのだ。
夜深を愛していたというのに。
もし、夜深に想いを告げていたら、傷つけあう事はなかったのではないかと。
共に生きることもできたのではないかと。
光黎に想いを告げられた夜深は、目を見開いた。
――気付かなかった。私は、愛されていたなんて……。でも、どうしてかしら?今は、穏やかな気持ちになる……。
光黎の想いに気付かなかった夜深。
だが、今は、彼の想いを拒絶せず、受け止めている。
こんなに穏やかな気持ちは、初めてだと思うほどに。
なぜなのか、夜深は、すぐに理解した。
夜深も、心から、光黎を愛していたのだと。
光黎に理解してほしかったからこそ、自分の心情を理解せず、邪魔をする光黎を憎んでしまったのだと、夜深は、理解した。
『ありがとう。光黎、私も……あい……』
夜深は、光黎に想いを告げようとする。
だが、夜深は、全て、伝える前に消滅してしまった。
光黎は、自身の手を握りしめ、涙を流した。
「終わったな」
「うん、勝ったんだよな?俺達」
「そうだ……」
柚月は、戦いが終わったことを感じていた。
長い戦いだった。
だが、まだ、実感はない。
ゆえに、朧は、柚月に確認するように問いかけたのだろう。
柚月は、うなずき、朧達は、感じ取っていた。
本当に、和ノ国を守れたのだと。
だが、その時であった。
月が大きく揺れ始めたのは。
「なっ!!なんだ!?」
『これは、まさか……満月になろうとしているのか!?』
「なんで、静居は、倒れたはず……」
何が起こったのか、理解できない柚月。
だが、光黎は、すぐに察してしまったようだ。
月が、満月になりかけているのだと。
だが、静居と夜深は、倒れ、消滅したはずだ。
ゆえに、満月と赤い月が重なる事はないと、柚月達は、悟っていたのだ。
なぜ、このような事態に起こっているのか、朧には、理解できなかった。
『まさか、創造主の力を解放した時に!』
「ど、どうすれば……」
光黎曰く、静居と夜深は、創造主の力を解放した時に、月を満月に変える術まで発動してしまったようだ。
このままでは、和ノ国が滅んでしまう。
柚月達は、困惑しながらも、どうにかして、災厄を止める術を見つけ出そうとしていたのだが、誰も、見つけられなかった。
「もう、駄目なのかよ」
「やっと、静居達を止められたって言うのに……」
万事休すと言ったところなのであろう。
もう、災厄を止める術はない。
九十九も、千里も、あきらめ、絶望していた。
和ノ国を守りきる事は、できなかったと。
しかし……。
『私が、止めよう』
「え?」
「光黎、どうやって……」
光黎は、前に出る。
自分が、災厄を止めると言いだしたのだ。
だが、どうやって、止めるかは、定かではない。
柚月も、困惑しており、朧は、光黎に問いかけた。
どうするつもりなのかと。
『案ずるな。必ず、止める』
困惑する柚月達に対して、光黎は、穏やかな表情を見せる。
まるで、何かを決意したかのように。
すぐさま、光黎は、柚月達に背を向け、月から飛び降りた。
「光黎!!」
柚月達は、光黎を追い、目線を下へおろす。
光黎は、赤い月の前に出た。
赤い月は、今にも、光黎を飲みこもうとしていた。
柚月達は、光黎を心配そうに見ている。
ここからは、柚月達でさえも、どうすることもできないのだ。
ゆえに、光黎に全てを託しながらも、彼の身を案じていた。
『行くぞ……』
光黎は、意を決した。
そして、神の光を発動したのだ。
それも、柚月達でさえも、見れないほどの輝きを。
神の光は、赤い月を浄化していく。
元に戻りそうだ。
だが、それでも、災厄を止められそうにない。
なぜなら、赤い月は、完全に浄化していないからであった。
『おおおおおおおおおっ!!!』
光黎は、雄たけびを上げて、全ての力を出し切る。
彼のおかげで、赤い月は、完全に浄化され、元の月に戻ったのだ。
だが、その時であった。
光黎が、光の粒となりかけていたのは。
全ての力と自分の命を使い果たしたため、消滅しかけているのであろう。
「光黎が!!」
「駄目だ!!光黎!!」
柚月達は、光黎へと手を伸ばす。
だが、届きそうにない。
力を使い果たしたのか、光黎は、飛ぶ力さえも、残っておらず、ゆっくりと、下降していった。
『私は、後悔していない。和ノ国を守れたんだ』
光黎は、自身の心情を柚月達に明かす。
彼は、後悔などしていなかった。
和ノ国を守れたのだから。
満足しているのだ。
光黎は、穏やかな表情を柚月達に向けていた。
『だが、その前に……』
光黎は、小さな光を放つ。
すると、小さな光は、少年の姿へと変わっていき、柚月達の元へとたどり着いた。
「わっ!!」
「光焔!!」
なんと、その少年は、光焔だったのだ。
光焔は、驚き、柚月の元へと下降していく。
柚月は、光焔を抱きかかえた。
光焔は、地に降り立ち、振り向いた。
それも、信じられないと言わんばかりの表情で。
「光黎、なぜなのだ!?」
光焔は、光黎に問いかける。
なぜ、自分を、再び、生み出したのか。
自分は、光黎と共に生きると決意していたのに。
『お前は、生きろ。和ノ国の守り神として、私の分まで』
「光黎……」
光黎が、なぜ、光焔を生み出したのか。
その理由は、生きてほしかったからだ。
柚月達と共に。
それに、もう、和ノ国に神は、いなくなってしまう。
和ノ国を守る神が。
だからこそ、光焔に託したのだ。
和ノ国の守り神として、生きてほしいと。
自分の分まで。
『ありがとう。本当に』
光黎は、自分の想いを告げる。
柚月達がいなければ、和ノ国は、滅んでいただろう。
人間や式神達の力がなければ、光黎でさえも、静居と夜深を食い止められなかったのだ。
『さらばだ。和ノ国を頼んだぞ』
光黎は、柚月達に別れを告げ、光の粒となって消滅した。
柚月達なら、和ノ国をよき国にしてくれると、守ってくれると信じながら。
「光黎……」
光黎は、もういない。
命を懸けて、和ノ国を守ったのだ。
柚月達に託して。
そして、光焔に生きてほしいと願って。
そう思うと、光焔は、涙を流していた。
「なぜなのだ。涙が、止まらないのだ」
「そうだよな、悲しいよな。でも、光黎は、俺達に託してくれた。だから、光黎の分まで、生きような」
「うむ……」
光焔は、手で涙をぬぐうが、涙がとめどなくあふれ出てくる。
なぜなのか、見当もつかないほどだ。
朧は、なぜ、光焔が、泣いているのか、察した。
もう、光黎に会えない事が、悲しいのだ。
共に戦ってくれた光黎と、もっと、生きたかったと柚月達も、思っていた。
だが、光黎は、命を賭して、和ノ国を守った。
だからこそ、生きなければならないのだ。
光黎の分まで、笑って。
朧に諭された光焔は、涙をぬぐい、まっすぐ、前を見た。
柚月達の目の前には、巨大な星が、浮かんでいる。
青く、美しい世界が。
「見ろよ。すげぇぞ」
「本当だ。綺麗だな」
九十九も、千里も、美しい世界に目を奪われているようだ。
島国は、柚月達が住んでいる和ノ国だけではない。
瑠璃色の海に囲まれた見たことない大陸、白い雲が覆っているのも、また、美しく感じる。
世界は、和ノ国だけではないと、改めて、感じるほどに。
傷が癒えた綾姫達も、その星を眺めていた。
「綺麗ね……」
「うん……」
青く美しい星が、浮かんでいる。
まさか、星を見れるだなんて、思いもよらなかったであろう。
星が見れたのは、柚月達が、守ってくれたおかげだ。
そう思うと、綾姫達は、うれしかった。
「ありがとう、皆」
綾姫は、一筋の涙を流した。
命がけで和ノ国を守ってくれた柚月達に、感謝しながら。
柚月達も、青い星を眺めつづけていた。
「世界は、こんなにも、綺麗なんだな……」
柚月は、呟く。
青い星は、心を落ち着かせてくれる。
とても、広く、美しいと感じながら。
柚月は、一筋の涙を流した。
美しい星を、世界を見させてくれた光黎の事を想いながら。
「ありがとう」
こうして、のちに聖印神話と呼ばれる時代は、終わりを告げた。
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