第百八十五話 君の声

 光焔の声が聞こえる。

 先ほどまでいた彼の声が。


――柚月は、こんなところで、負ける人間じゃないのだ!!


 光焔は、柚月を励ます。

 彼は、生きているのだ。

 光黎の中で。

 共に生き、共に戦っている。

 柚月は、改めて、そう、感じた。


――そうだったな……。勝たないとな。


――頑張るのだ!!わらわは、ずっと、ずっと、見守ってるぞ!


――ああ。


 光焔に励まされた柚月は、こぶしを握りしめる。

 光焔の為にも、勝たなければならないと。

 柚月は、力を込めて、起き上がろうとしていた。



 柚月も、朧も重傷を負ってしまった。

 だが、景時、夏乃、和泉は、あきらめていない。

 柚月と朧が立ち上がるまで、時間を稼ぐつもりだ。

 九十九と千里も、傷を負っているが、二人を守るために、一度、朧の中から、出て、死掩達と戦いを繰り広げている。

 光黎も、柚月から出て、死掩と戦いを繰り広げていた。

 要に柚月と朧の事を託して。


「柚月殿……朧殿……」


 要は、海竜之雨を発動し、柚月と朧の傷を癒そうとする。

 だが、千草が、強引に九十九達を吹き飛ばし、柚月と朧に襲い掛かろうとしていた。

 要は、二人を守るために、前に立つ。

 その時であった。

 空巴が、技を発動し、千草を檻で取り囲んで、切り裂いたのは。


「うがああああぁっ!!」


 千草は、雄たけびを上げ、後退する。

 空巴は、技を発動したのだ。

 その名は、空中楼閣くうちゅうろうかく

 空気の檻を生み出して斬りかかる技だ。


「空巴!!」


『私も、戦わせてもらうぞ』


「頼んだぜ!」


 空巴は、綾姫と瑠璃のおかげで、回復し、復帰したようだ。

 それにより、戦力が拡大したようだ。

 心強い仲間が、増え、九十九達は、気を引き締める。

 柚月と朧を、必ず、守ると誓って。

 その時だ。


「うっ……」


「朧」


 朧は、意識を取り戻す。

 要のおかげで、傷も、癒えたからであろう。

 まだ、痛みは、残っているものの、耐えて、起き上がる。

 九十九と千里は、死掩達の事を光黎達に任せ、朧の元へ駆けよった。


「大丈夫だ。ごめん……」


「無理すんなよ」


「お前は、一人じゃないんだからな」


「うん、ありがとう」


 朧は、九十九と千里に謝罪する。

 九十九達は、朧の身を案じているようだ。

 無理をさせてしまったと感じているのだろう。

 九十九は、朧に手を差し伸べ、朧は、九十九の手をつかみ、起き上がる。 

 すると、千里は、朧の腕を自分の肩に回し、支えた。

 九十九と千里に、支えられていると、感じた朧は、再び、憑依の力を発動する。

 これで、何度目の憑依になるだろうか。

 朧の限界は、とっくに超えている。

 だが、九十九と千里が、支えてくれるならば、何度だって、発動できる。

 朧は、そう感じたのだ。

 一気に、死掩達の元へ向かっていった。


「復活しちゃったんだ。うっとうしいな」


 朧が、復活したことにより、苛立ちを隠せない村正。

 せっかく、優位に立っていたのにと感じていたのだろう。 

 朧は、千草と死闘を繰り広げるが、以前よりも、動きが、早くなっている。

 空巴も、復活したことにより、千草は、追い詰められそうになっていた。

 そのため、村正が、朧達に襲い掛かり、朧達は、後退した。


「でも、もう、無理だよ。君のお兄さんは、倒れちゃったから」


「それは、どうだろうな」


「え?」


 村正は、朧達が勝てるはずがないと思っているようだ。

 なぜなら、柚月が、倒れてしまった。

 彼は、朧達にとっては、切り札であろう。

 ゆえに、自分達が負けるわけがないと思っているようだ。

 しかし、突如、柚月の声が聞こえる。

 これには、さすがの村正も、驚きを隠せないようだ。

 村正は、恐る恐る、柚月の方を見ると、柚月は、激痛にこらえ、立ち上がっていた。


「兄さん!!」


『な、なぜ……』


 朧達は、驚きを隠せないようだ。

 だが、それは、彼らだけではない。

 死掩達も、驚いているようだ。

 死掩の発動した酔生夢死は、確実に、死を迎える技。

 光黎が、神の光を発動したせいで、完全ではなかったが、柚月は、重傷を負ったはずなのだ。

 それなのに、なぜ、柚月は、立ち上がっているのか、理解できなかった。


「光焔のおかげだ」


「光焔の?」


「あいつが、俺を励ましてくれた」


 柚月は、光焔が、励ましてくれたおかげで、立ち上がれたと説明する。

 それを聞いた朧達は、察した。

 光焔が、側にいてくれているのだと。

 今も、自分達と共に戦っているのだと。

 そう思うと、負けるわけにはいかない。

 柚月は、再び、神懸かりを発動し、構えた。


「さあ、やるぞ!!」


「うん!!」


 柚月達は、死掩達に向かっていく。

 死掩達は、柚月達に襲い掛かろうとするが、柚月達は、抗っていく。

 何度、傷ついたとしても、あきらめなどしないのだ。 

 死掩達の猛攻を受けても、柚月達は、立ち上がり、向かっていった。


――そうだ。ここで、勝たないと。静居を止める事はできない。光焔は、俺達の為に、光黎の所に還っていったんだ。ここで、負けてどうする!!絶対に、勝つんだ!!


 柚月が、あきらめず、何度でも、立ち上がる理由。

 それは、光焔の為だ。

 光焔は、柚月達の為に、光黎の中へ還っていった。

 本当は、ずっと、一緒にいたかったはずだ。 

 共に笑いあい、語りあい、過ごしたかったはずだ。

 だが、光焔は、自分の願いよりも、柚月達を守る事を選んだ。

 だからこそ、柚月達は、負けられないのだ。

 柚月達は、次第に、死掩達を追い詰めた。


『こうなれば!!』


 死掩は、再び、酔生夢死を発動しようとする。

 だが、その時だ。

 酔生夢死を発動する前に、瀬戸が、術を発動し、防いだのは。

 鬼と対峙しながらも、瀬戸は、柚月を守った。

 魂を傷つけられながらも。


「父上!!」


――柚月、行け!!


「ありがとう!!」


 瀬戸に支えられ、守れた柚月は、地面を蹴り、死掩に向かっていく。

 死掩は、酔生夢死を発動しようとするが、柚月が、すぐさま、間合いを詰め、死掩を切り裂いた。

 死掩は、仰向けになって、倒れかける。

 だが、まだ、終わってなどいない。

 柚月は、力を込めていたのだ。

 神の光を発動するために。


「おおおおおおおっ!!!」


『ぎゃあああああああっ!!!』


 柚月は、神の光を直接、死掩に打ち込む。

 死掩は、内側から、神の光に照らされ始め、絶叫を上げた。

 だが、消滅はしなかった。

 なぜなら、酔生夢死を自分の内側に発動して、かき消したからだ。

 それでも、死掩は、重傷を負い、倒れ込んだ。


「ちっ。死掩の奴、やられたか……」


 死掩が倒れた事を悟り、村正は、舌打ちをして呟く。

 それも、低い声で。

 村正は、苛立っているのだろう。

 柚月は、今度こそ、死掩を消滅させるために、向かっていき、神の光を発動しようとした。

 しかし……。


『き、消えるわけには、いかぬ……。ここで、消えるのならば……』


 死掩は、そう呟き、力を発動した。

 まがまがしい力を。

 それも、神の力と言うよりも、妖気のようだ。

 柚月は、その力に行く手を阻まれ、後退する。

 危険と感じたからだ。

 笠斎は、その力を感じ取り、血相を変えて、死掩の方へと視線を移した。


「あれは、まずいぞ!!」


「え?」


「笠斎、死掩は、何をしようとしてるんだ!?」


 笠斎は、死掩が、何をするつもりなのか、気付いたようだ。

 柚月は、笠斎に問いかける。

 だが、その前に、死掩が、起き上がり、不敵な笑みを浮かべていた。

 柚月達は、その笑みを目にして、背筋に悪寒が走る。

 死掩は、何か、恐ろしい事をしようとしているのだと察したからだ。


『ここで、全員、巻き添えにしてやる!!』


「待て!!」


 死掩は、柚月達を巻き添えにすると宣言して、力を発動し始めた。

 まがまがしい気が、死掩を取り囲んでいく。

 笠斎は、死掩を食い止めようと向かうが、時すでに遅し。

 まがまがしい気が、一気に爆発し、笠斎を吹き飛ばした。


「くっ!!」


「笠斎!!」


 柚月が、とっさに、吹き飛ばされそうになる笠斎を受け止める。

 まがまがしい気に覆われ、死掩は、姿が見えなくなってしまった。

 柚月達は、あっけにとられてしまっている。

 何が起こるのかもわからず。

 柚月は、神の光を発動し、まがまがしい気をかき消そうとするが、逆にはじかれてしまった。

 これでは、誰も、死掩を止める事はできない。

 柚月達は、そう察した。

 その時であった。


「あははは!そう来たか」


「何がおかしい!!」


 突如、村正が、高笑いをし始める。

 まるで、この状況を楽しんでいるかのように。

 朧は、怒りを露わにし、村正を問い詰めた。


「だって、死掩の奴、自爆しようとしてるんだもの」


「何!?」


 村正が、衝撃的な言葉を口にする。

 それも、無邪気に。

 なんと、死掩は、自爆するつもりなのだ。

 柚月達を確実に殺すために。

 柚月達は、衝撃を受け、驚いていた。


「あいつは、皆、殺すつもりだよ。あれじゃあ、君でも止められないよ」


 村正は、不敵な笑みを浮かべる。

 もう、柚月達に勝ち目はないと、悟って。

 まがまがしい気は、一気に膨れ上がり、柚月達を覆い尽くそうと迫ってきていた。

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