第百八十二話 覚醒

 朧は、九十九、千里と共に、波長を合わせる訓練を、開始した。

 まずは、三人で、波長を合わせ、九十九と千里が、朧に憑依する。

 朧達は、波長を合わせる為に、朧が、右手を前に差し出し、九十九と千里が、朧の手に触れ、目を閉じ、集中していた。


「……」


 朧達は、慎重に波長を合わせる。

 柚月達は、朧達の訓練を見守っていた。


「来い!九十九!千里!」


 朧が、九十九と千里を呼び寄せ、二人が、朧の中に憑依する。

 朧は、目を閉じ、二人が、完全に憑依するのを待った。

 しかし……。


「っ!!」


 朧が、うめき声をあげ、膝をつく。

 それと、同時に、九十九と千里が、朧の中から出てきた。

 強制的に、外に出されたわけではない。

 朧の命にかかわると判断したからこそ、自ら出てきたのだ。

 柚月達は、朧の元へと駆け寄る。

 朧は、荒い息を繰り返していた。


「朧、大丈夫か?」


「少し、休んだ方が……」


 九十九と千里は、朧に休むよう促す。

 だが、朧は、立ち上がった。

 朧は、無理をしている。

 柚月達は、目に見えて分かっていた。


「まだ、大丈夫。やれる」


「お前……」


 朧は、大丈夫だと、告げる。

 体に鞭を打っているようにしか思えない。 

 柚月は、朧を制止させようとするが、朧は、無理やり前に出る。

 まるで、止めるなと言っているかのように。


「やろう」


「……わかった。だが、危険だと判断した時は、無理にでも、止めるぞ」


「うん、わかってる」


 朧は、訓練を続けようといい、九十九と千里は、続けるしかないと決断した。

 朧を止められそうにないと判断したからだ。

 それは、柚月でさえも。

 柚月は、観念したようで、訓練を続けさせた。

 本当のところは、休んでほしい。

 だが、朧の気持ちを理解しているからこそだ。

 柚月達は、朧達から遠ざかり、朧達は、訓練を開始した。


「朧君、大丈夫なの?」


「わからない。朧なら、できるかもしれないし……」


 綾姫は、瑠璃に問いかける。

 同じ、安城家の聖印を持つ瑠璃なら、何かわかるかもしれないと。

 瑠璃は、正直、わからなかった。

 朧なら、成功できるかもしれない。

 だが、できない可能性もある。

 それほど、危険なのだ。


「まぁ、本来、一人ぐらいしか契約できないからね」


「やっぱり、二重刻印の持ち主、だからかなぁ」


 蓮城家も、安城家も、妖と契約を交わしたうえで、使役し、憑依させる。

 だが、契約を交わせるのは、一人だけだ。

 他の妖達と契約する事は、困難を極める。

 朧は、九十九と千里の二人と契約を交わす事に成功している。

 餡里も、多くの妖達と契約を交わす事に成功していた。

 それは、朧と餡里が、二重刻印の持ち主だからであろう。

 柘榴も、景時も、それを理解しているからこそ、朧ならできるのではないかと推測しているが、少し、不安に駆られていた。


「でもさ、蓮城家の聖印は可能でも、安城家の聖印は、負担がかかるんでしょ?」


「うん」


 蓮城家の聖印なら、負担は軽い。

 だが、今回は、安城家の聖印を発動しているのだ。

 負担は、相当なのだろう。

 和巳は、確認するように、問いかけ、瑠璃が、うなずく。

 朧の気持ちも、安城家の聖印についても、理解しているからこそ、瑠璃の心は、揺れているのだ。

 その時だ。

 初瀬姫が、瑠璃の手を優しく握ったのは。

 瑠璃は、驚きながらも、初瀬姫の方へと視線を移した。


「うまく、いってくれるといいですわね」


「うん。ありがとう、初瀬姫」


 初瀬姫は、瑠璃に声をかける。

 初瀬姫も、朧の事を心配しているのだ。

 だが、瑠璃の気持ちも理解している。

 だからこそ、祈っているのだろう。

 朧が、無事に、成功するようにと。

 初瀬姫の優しさを感じ取った瑠璃は、うなずいた。

 朧を愛し、敵対していた者達が、互いに、手を取り合っている。

 二人の間に、絆が生まれたことを感じ、うれしく思う綾姫達であった。

 柚月は、静かに、朧の様子をうかがっていた。

 瀬戸と共に。


――心配か?


「当たり前だ。朧は、俺の大事な弟だ。でも……」


――でも?


 柚月は、朧を心配しているようだ。

 当然だ。

 朧は、柚月にとって大事な弟だ。

 たとえ、血がつながっていなくても。

 幼い頃から、ずっと、共に育ってきたのだ。

 だが、柚月は、別の感情を抱いるらしい。


「あいつは、強いから。強くなったから」


 柚月は、思い返していたのだ。

 朧が、呪いにかかってから、呪いが解け、自分と九十九が、行方をくらまし、自分達を探すために、朧が、強くなり、餡里と死闘を繰り広げた時の事を。

 思えば、本当に、朧は、強くなった。

 だからこそ、信じたいと思っているのだろう。

 朧なら、成功できると。

 朧は、また、失敗してしまったようだ。

 膝をつき、荒い息を繰り返している。

 九十九も、千里も、不安に駆られ、朧を心配そうに見ていた。


「もう少し、もう少しなんだよな……」


 あともう少しで、成功する。

 朧は、そう、推測しているようだ。

 だが、後一歩のところで、失敗してしまう。

 なぜなのか、思考を巡らせる朧。

 だが、その時だ。

 九十九が、朧の頭を撫でたのは。

 朧は、九十九の顔を見上げた。


「落着け、朧」


「九十九」


「焦ったら、できるもんも、できなくなるぞ」


 九十九は、朧の心を落ち着かせるように、促す。

 朧の親友として、助言しているのだ。

 朧の事を信じているのだろう。

 成功させられると。


「その通りだ。朧。俺達ならできる。だから、少し、落ち着け」


「うん、わかった。ありがとう」


 千里も、朧の事を励ます。

 彼らは、信じている。

 朧の事を。

 朧は、二人の想いが、ひしひしと伝わってきた。

 うなずいた朧は、すぐさま、立ち上がり、再び、訓練を始める。

 そして、九十九と千里を憑依させた。

 

――大丈夫だ。俺達なら、できる。そうだよな?


 朧は、九十九と千里に心の中で問いかけた。

 朧も、九十九と千里の事を信じているのだ。

 二人のことを思い返す朧。

 九十九とは、親友として共に暮らし、共に戦い、千里とは、相棒として共に戦い、袂を分かち、それでも、再び、手を取り合い戦った事を。

 彼らとの絆を確かめながら。

 その時だ。

 朧の体が光り始めたのは。

 あまりの眩しさに思わず目を閉じる柚月達。

 光が止むと、柚月達は、ゆっくりと目を開けた。

 すると、朧の姿は、変わっていたのだ。

 九十九と同じ銀髪、だが、頭上二本の角と耳を生やし、体中に千里と憑依した時と同様に紫の刺青が刻まれている。

 ついに、二人を同時に憑依させることに成功したのだ。


「で、できた……」

 

 朧は、こぶしを握りしめる。

 力を感じ取っているのだろう。

 成功したのだ。

 波長を合わせ、二人を憑依させた。

 これで、柚月と共に戦える。

 支えることができるのだと、喜びをかみしめていた。


――成功したんだな。


「うん」


――やったな!!朧!!


「うん!!」


 九十九も千里も、嬉しそうだ。

 そうも、そうであろう。

 二人は、ずっと、朧の身を案じていた。

 不安に駆られていたのだ。

 朧の身にもしものことがあったらと。

 だが、その心配は、必要なかったのかもしれない。

 そう、感じていた九十九と千里であった。

 朧は、憑依を解除する。

 その時だ。

 朧が、ふらつき、倒れかけそうになったのは。

 九十九と千里は、慌てて、朧を支えた。


「朧!!」


 朧が倒れそうになったのを目にした柚月達は、すぐさま、朧の元へと駆け付ける。

 成功したとはいえ、やはり、何度も、波長を合わせ、憑依させたのだ。

 朧の体に負担がかかってしまったのだろう。

 と言っても、九十九達が、妖から式神に戻り、朧が、体を休めれば、負担も軽減されるはず。

 朧も、柚月と共に静居と戦を交える事が可能になるだろう。


「やったよ、兄さん」


「ああ。よくやったな。さすが、自慢の弟だ」


 朧は、嬉しそうに、柚月に告げる。

 柚月も、嬉しそうな表情を見せ、朧の頭を撫でた。

 朧は、柚月に認められた気がして嬉しく感じ、涙を流した。

 前から、柚月は、朧の強さを認めていた事は感じ取っている。

 だが、改めて、感じたのだろう。

 柚月が、自分の強さを認めてくれていたのだと。


「次は、兄さんの番だ」


「ああ」


 朧が、成功し、次は、柚月が、光黎と契約を交わし、神懸かりさせる番だ。

 朧は、柚月に託したのだ。

 次に、つなげてくれたのだ。

 柚月は、そう感じ、うなずいた。 

 そして、光黎の元へと歩み寄った。


「頼めるか?光黎」


『わかった。契約するぞ』


「ああ」


 ついに、この時が来た。

 いよいよ、柚月は、神懸かりの力を発動する。

 以前、無意識のうちに、光焔を神懸りさせていたが、今は、違う。

 自分の意思で、神懸かりを発動する時が来たのだ。

 緊張感が漂う中、光黎は、うなずき、契約を開始した。


『契約する。鳳城柚月よ。私に誓いを立てよ」


「俺は、誓う。母上と父上の意思を継ぐことを!!」


 柚月と光黎は、契約の儀を始めた。

 柚月が、誓ったことは、葵と瀬戸の意思を継ぐことだ。

 二人は、静居を止めたいと願った。

 だが、止められなかった。

 二人が、果たせなかった願いを、柚月は、果たそうとしているのだ。

 柚月が誓いを立て、光黎が、契約を交わすと、まばゆい光が二人を包み込む。

 朧達は、思わず、目を閉じてしまう。

 光が止み、朧達は、恐る恐る目を開ける。

 すると、目の前に、柚月が立っていたのだ。

 漆黒の髪から白髪に変わり、目も、純白に染まっている。

 衣服も純白の神々しいものに変わっていた。

 ついに、柚月は、神懸かりの力を発動させたのであった。

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