第百五十七話 葵の決意

 妖達が出現し、葵も、瀬戸も、戸惑っている。 

 だが、戸惑っているのは、光黎も同じのようだ。


「なぜ、妖が……」


 妖が出現したことに驚き、戸惑いを隠せない光黎。

 それもそのはず。 

 この神聖山は、瀬戸が言っていた通り、神が住む山。

 光黎は、人間に気付かれないよう気配を消して、ひっそりと生きてきたのだ。

 妖達も、普通の妖ではない。

 光黎が、生み出した番人なのだ。

 それゆえに、ここの妖達は、大人しく、過ごしてきた。

 それなのに、なぜ、ここに現れ、今にも、襲い掛かろうとしているのだろうか。

 思考を巡らながら、構える光黎。

 すると、冷静さを保ちながら、すぐさま、刀を抜く、葵と瀬戸の姿が目に映った。


「そうか、こ奴らに、反応して……」


 光黎は、なぜ、妖達が、侵入したか気付いた。

 葵と瀬戸に反応したのだ。

 人間を感知し、怒りを生み、感情任せに、ここへたどり着いたと言ったところであろう。

 なぜ、妖達が、人間に対して、憎悪を抱いているのか、光黎は、知っている。

 ゆえに、光黎は、人間を嫌っていた。

 妖達は、葵達に襲い掛かろうとする。

 葵達を殺すために。


「やめるんだ!もう、これ以上、人を殺すな!!」


 光黎は、妖達に訴える。

 今は、妖達は、感情に飲まれ、我を忘れているようだ。

 それでも、正気に戻ってほしいと、光黎は、願っているのだろう。

 だが、妖達は、光黎の言葉を受け入れず、葵達に襲い掛かってしまった。


「ちっ!!」


 光黎は、光を放つ。

 妖達を浄化するためではない。

 目くらましの為だ。

 自分が生み出した妖達だ。

 殺したくないのであろう。

 消滅してほしくないのだ。


「光黎!!」


「ここを離れろ!今すぐに!!」


「嫌だ!!私は……」


 光黎は、葵達に山から出るように訴える。

 葵達を憎んでいるからではない。 

 妖達の為にだ。 

 だが、事情を知らない葵は、首を横に振ってしまう。 

 光黎と契約を結ぶまでは、山を下りるわけにはいかないのだ。

 葵は、自分の想いを告げようとするが、一匹の妖が、葵に襲い掛かった。


「葵!!」


 瀬戸は、妖が葵を殺そうとしている事に気付き、葵を抱きしめ、妖に背を向ける。 

 妖は、火球を発動し、瀬戸の背中を焼きこがした。

 葵は、そのまま、瀬戸と共に倒れ込んだ。


「っ!」


「ぐっ……」


「瀬戸!!」


 葵は、起き上がろうとするが、瀬戸のうめき声が聞こえて、気付く。

 瀬戸は、目をきつく閉じ、気を失ってしまったようだ。

 自分が、瀬戸を巻き込んでしまった。

 瀬戸に怪我を負わせてしまった。

 葵は、自分を責めた。 

 だが、妖達は、葵に容赦なく、襲い掛かろうとする。 

 光黎は、葵を守るために、妖達を吹き飛ばした。


「だから、言ったであろう……」


 光黎は、妖達と戦いを繰り広げながらも、葵に告げる。

 まるで、葵達を気遣っているようだ。

 人間を嫌っていたというのに。

 葵は、光黎の心情を読み取れず、混乱しているようだ。

 瀬戸も、怪我を負い、気を失っている。

 自分は、どうするべきかと。 

 その時であった。

 一匹の妖が、現れたのは。

 獅子のような姿をした妖は、光黎が生み出した最強の妖であり、光の番人だ。


「妖?」


「しまった、あ奴まで!!」


 光黎は、気付いていた。

 その妖も、人間をひどく憎んでいると。

 そのため、葵達の気配を察知し、ここまで来てしまったようだ。

 それも、怒りに駆られて我を忘れている。

 葵は、体を震わせ、怯えているようだ。

 死を悟っているのだろう。

 妖は、容赦なく、葵に襲い掛かった。


「待て、殺すな!!」


 光黎は、叫ぶ。

 すると、妖は、寸前のところで動きを止めたのだ。

 まるで、正気に戻ったかのように。


「動きが、止まった……」


 妖の動きが止まった事により、葵は、あっけにとられている。 

 妖は、戸惑っているようだ。

 人間を嫌っていた光黎が、制止させたからであろう。

 なぜ、人間を殺すのを止めたのか、理解できないようだ。

 葵は、妖に触れる。

 妖から、光を感じ取ったからなのだろう。

 もう、恐怖心は、消え失せていた。


「暖かい、光みたいだ」


 初めて、妖に触れた葵は、妖から、温かさを感じた。

 まるで、心に触れているかのようだ。


――こんなに、暖かい妖がいるなんて……。


 葵は、妖を撫で始める。

 まるで、心を落ち着かせるかのように。

 妖も、葵に触れられても、怒りを露わにせず、逆に落ち着きを取り戻している。

 心が触れ合ったかのように。

 葵は、初めて知ったのだ。

 妖が、こんなにも、暖かく、心が落ち着く気がしたのは。

 妖にも、心がある科のように思えてならなかった。

 葵は、ふと、光黎と戦っている妖達を見る。

 妖達は、雄たけびを上げながら、光黎に襲い掛かった。


――どうしてだろう。あの妖達は、泣いている気がする……。


 妖達を目にした葵は、推測した。

 あの妖達は、泣き叫んでいるように思えたのだ。

 光黎と戦わなければならない事を、拒んでいるようだ。

 妖達の心情が読み取れない。

 葵は、戸惑っていた。

 妖達を浄化しようとしない光黎は、苦戦し始める。

 妖達は、容赦なく、光黎を殺そうと襲い掛かった。

 しかし……。


「やめて!!」


 葵は、光黎の前に立ち、両手を広げ、光黎を守ろうとする。 

 葵を目にした妖達は、葵を殺しにかかった。

 光黎は、思わず、妖達を吹き飛ばし、彼らの体勢を崩す。

 とっさに、葵を守ったのだ。


「なぜ、私を……」


「守りたかったから」


「何?」


 光黎は、葵に尋ねる。

 なぜ、自分を守ったのか。

 葵は、答えた。

 光黎を、守りたかったのだ。

 ただそれだけの事である。

 光黎は、葵の心情が理解できず、戸惑った。


「貴方が何を知っているかは、知らない。なぜ、あの光の妖が、暖かくて、妖達が、泣いている気がするのかは、わからない。でも……」


 葵は、自分の今の心情を光黎に伝える。

 なぜ、妖達が、心があるかのように思えたのかは、自分でさえも、わからない。

 その答えを光黎は、知っているのだろう。

 だから、妖達を救済しようとしていた。

 葵は、その事に気付いたのだ。

 たとえ、詳しい事は、わからなくとも。


「私にも、守りたいものがある。全てを守りたい。そのために、貴方の力が必要だ」


「……」


 葵は、本心を語る。

 守りたいものがあるからこそ、力が欲しいのだ。

 そして、光黎の力が必要なのだと。

 だが、光黎は、黙ったままだ。

 光黎は、妖達を殺そうとは思っていない。

 葵は、妖達を殺そうとしているからこそ、自分の力を欲している。

 そう、思っているのだろう。


「貴方は、妖達を救済したいと思っているんだね」


「そうだ」


 葵は、確認するように光黎に尋ね、光黎は、静かにうなずいた。


「私は、妖達を憎んでいた。母を殺されたんだ。けれど、ここの妖達は、殺したくないって叫んでるのかな?」


「今の妖達は、怒りで狂ってしまってるだけだ。だから、私は、救済した。もちろん、お前達、人間のように、薄汚い心を持つ妖達もいるが、ここの妖達は違う」


「なら、救済できれば、妖達の事、わかってくるかな?」


 葵は、舞耶を妖に殺され、ひどく憎んでいたのだ。

 だが、今は、違う。

 妖と触れ合った時、妖にも心があるように感じたのだ。

 だから、光黎は、妖達を救済しようとしているのではないかと推測したらしい。

 光黎は、いい妖もいれば、悪い妖もいると告げる。

 人間と同じように。

 ここにいる妖達は、ただ、人間に対して、憎悪を抱き、それを抑えきれなくなってしまっただけなのだ。

 それを聞いた葵は、妖の事を理解しようと考えているようであった。


「なぜ、お前は、妖達を理解しようとする。憎んでいたのだろう?」


「妖達を理解すれば、和ノ国を、人間を、妖達を救うことになると思うから」


「本当に、変わった娘だ」


 光黎には、葵の心情が、理解できなかった。

 葵は、先ほどまで、妖を憎んでいたはずだ。

 それなのに、なぜ、妖を救おうとしているのだろうかと。

 葵は、光黎の問いに答えた。

 妖を理解する事は、全てを救うことにつながるのではないかと。

 光黎は、葵の心情を初めて、読み取れたらしく、ふと、笑みをこぼした。

 だが、妖達は、出現してしまう。

 葵達の気配を感じ取って、怒り狂っているようだ。


「また、来た!!」


 葵は、瀬戸を守るために、構えようとするが、光黎が、葵の前に出る。

 まるで、葵を守ろうとしているようだ。

 葵は、驚き、戸惑っていた。


「娘よ、名は、なんという」


「え?」


「名を教えろと言っている。契約に必要だからだ」


 光黎は、葵に名を問う。

 葵と契約するために必要だからだ。

 光黎は、葵を認めてくれたのだ。

 理解してくれたのだ。

 葵は、それが、うれしくてたまらなかった。 

 神と心を通わせた気がして。


「葵。皇城葵」


「わかった」


 葵は、名を告げ、光黎は、妖達を吹き飛ばす。

 時間を稼ぐためにだ。

 光黎は、すぐさま、葵の方へと体を向けた。


「契約する。皇城葵よ。私に誓いを立てよ」


「私は、誓う。みなを救うことを!!」


 契約の儀が行われた。

 葵は、誓いを立て、光黎は、葵と契約した。

 すると、まばゆい光が二人を包み込む。

 再び、襲い掛かろうとした妖達さえも、目を閉じてしまうほどに。


「ん……」


 光に当てられたからか、瀬戸は、意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。

 眩しい光で、目がくらみそうだ。

 だが、光がゆっくりと止み、瀬戸は、起き上がった。


「あ、葵……?」


 瀬戸は、目を見開いている。

 目の前にいるのは、葵であって、葵ではないからだ。

 彼女の髪は、金髪ではなく、白髪に変わっており、目も、純白に変化している。

 純白の服に身を包んだ葵は、神のように神々しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る