第百五十五話 刻まれた紋

「ま、まさか、あの人も、神?」


 葵は、気付いたようだ。

 彼は、人間ではなく、神なのではないかと。

 まさか、予想もできなかったであろう。

 夜深以外の神が、降臨するとは。


――これは、予想外ね。


「そうだな」


 彼が、現れた事は、静居も、そして、夜深でさえも、予想できなかったようだ。

 青年は、妖達を見下ろす。

 妖達は、青年を見上げて、にらみつけていた。

 自分達を殺すつもりなのではないかと察しているようだ。

 妖達は、一斉に、青年へと迫る。

 青年を殺すために。

 だが、青年は、動揺する事も、動じることもなかった。


「憐れな、妖達よ。私が、救ってみせよう」


 青年は、妖達を憐れんでいるようだ。

 なぜなのかは、葵達には理解できない。 

 妖達は、敵なのだから。

 しかも、妖達を救うなど、言語道断と言ってもいい。

 妖達は、人々を殺した悪そのものだと言っても過言ではないのだから。

 迫りくる妖達に対して、青年は、冷静な表情のまま、光を放ち、妖達は、浄化され、消滅した。


「安らかに眠るがいい」


 浄化された妖達に対して、目を閉じて、呟く青年。

 まるで、彼らを浄化してしまった事を悔やんでいるようだ。

 青年は、ゆっくりと目を開け、地に降り立つ。

 夜深は、静居の体から出て、静居、葵と共に、青年の元へ駆け寄った。


「助かったぞ。そなたの名を聞かせてほしいのだが」


「……」


 静居は、青年に語りかけ、名を尋ねる。

 だが、青年は、答えようとしない。

 まるで、自分達を拒絶しているかのようににらんでいる。

 助けてくれたのに、どうしてだろうか。

 葵には、彼の心情が読めなかった。


「彼は、光黎こうれい。光の神よ」


「光の神……」


 夜深が、青年の代わりに答える。

 青年の名は、光黎と言い、なんと、光の神らしい。

 葵は、だから、光を操れたのかと、納得するが、光黎は、まだ、黙ったままであった。


「まさか、こんなところで再会するなんてね。どうして、ここへ?」


「妖達を救済しに来た。それだけだ」


「妖達を」


「相変わらずね、貴方は」


 夜深は、光黎になぜ、ここへ来たのかを尋ねると、光黎は、妖達を救済しに来たと告げた。

 自分達を助けたわけではないらしい。

 なぜ、妖達を救済しようとしたのか、葵には、理解できない。

 光黎は、何を知っているのだろうか。

 夜深は、光黎の心情を読み取れるのか、笑みを浮かべて、呟いた。


「ねぇ、静居。彼にも、協力をお願いしたらどうかしら?」


「え?」


 夜深は、光黎にも、協力してもらおうと静居に提案する。

 これには、さすがの静居も、驚いているようだ。

 しかし……。


「断る。私は、人間と慣れ合うつもりはない。貴様のようにな」


「あら、怖い顔。そんなに人間を信じられない?」


「私は、もう行く」


 光黎は、夜深の提案を断った。

 人間たちを助けるつもりはないようだ。

 それほど、人間を嫌っているのだろう。

 なぜ、人間を嫌っているのかは、不明だ。

 夜深は、知っているかのように、振る舞い、問いかけるが、光黎は、葵達に背を向け、立ち去ろうとしていた。

 その時であった。


「待って!」


「なんだ」


 葵は、光黎を呼び止めてしまう。

 光黎は、苛立った様子で、振り向き、葵をにらみつけた。

 まだ、何か言いたいことがあるのかと、問いたいのだろう。


「さ、先ほどは、助けてくれてありがとう。助かった」


「先ほども言ったはずだが、私は、妖達を救済しに来ただけで、お前達を助けたわけでは……」


「それでも、光黎が助けてくれなかったら、私は、死んでいた。だから、ありがとう」


 葵は、少し、怯えながらも、光黎に感謝の言葉を述べる。

 もちろん、光黎は、葵達を助けたわけではない。

 だが、葵は、救われたのだ。

 だからこそ、光黎にお礼を言いたかったのだろう。


「変わった娘だな」


「え?」


 人間と慣れ合うつもりはないと、冷たく言い放ったにも関わらず、人間を助けたわけではないと告げたにも関わらず、お礼を述べた葵に対して、変わった娘だと感じたようだ。

 やはり、神だ。

 葵が、女である事を見抜いていたらしい。

 葵も、あっけにとられ、驚いていた。

 光黎は、そのまま、背を向けて飛び去った。

 葵は、きょとんとしながら、光黎を見上げてい。

 しかし……。


「っ!!」


「静居!!」


 静居は、ふらつき、膝をついてしまう。

 葵と夜深は、慌てて、静居の元へと駆け寄った。

 静居は、額に汗をかき、肩で、息をしている。

 相当、無理をしていたようだ。


「すまない。少し、疲れてしまったようだ」


「やっぱり、無理をしていたんだね。静居は……」


「少し、休みなさい。その方がいいわよ」


「わかった」


 葵の推測通り、静居は、無理をしていたようだ。

 疲れただけだと言うが、体に負担がかかっているのであろう。

 夜深も、悟っており、休むよう促す。

 静居は、承諾し、葵達は、屋敷へと戻った。



 屋敷に戻り、静居は、自分の部屋で眠りにつく。

 葵と夜深は、静居の看病をしつつ、眠りについた静居へと視線を向けていた。


「静居は、大丈夫なのか?」


「ええ。体を休めればね」


 葵は、夜深に静居の事を尋ねる。

 夜深は、静居の事を熟知していると察したからであろう。

 静居と共に、戦ってきたのだから。

 夜深曰く、体を休めれば大丈夫らしい。

 だが、戦いと休息を繰り返すのは、果たして、彼にとっていい事とは思えない。

 葵は、こぶしを握りしめた。


「私にも力があれば……」


 葵は、無力な自分を悔やんでいるようだ。

 もし、自分にも力があれば、本当の意味で静居を支えられる。

 そう思っているのだろう。

 彼女の悔しそうな表情を目にした夜深は、切なそうな表情を浮かべていた。


「そんなに、静居が大事?」


「うん。静居は、私の憧れだから……」


「そう」


 夜深は、葵に問いかける。

 すると、葵は、戸惑うことなく、即答した。

 それほど、静居を大事に想っているのだ。

 大事な兄であり、憧れの存在だから。

 夜深は、優しく微笑み、葵の頭を撫でた。

 まるで、母親のように。


「本当は、静居には、断られていたのだけれど」


「え?」


「貴方にも、力を上げるわ」


「ほ、本当に!?」


「ええ」


 なんと、夜深は、葵に力を授けるというのだ。

 夜深は、葵が、力を欲している事を静居に告げたのだ。

 だが、静居は、葵に力を与えるなと、夜深に忠告していた。

 それは、葵の事を想っての事だ。

 葵を戦いに巻き込みたくない。

 静居は、強く願っているため、葵に力を授ける事を反対していた。


「でも、どうして?」


「静居を支えてほしいからよ。これからも」


 静居に反対されていたというのに、なぜ、夜深は、葵に力を授けてくれようとしたのだろうか。

 答えは、簡単だ。

 静居を支えてほしいと思っているからだ。

 静居を守ってくれる存在が、必要だからだ。

 葵なら、静居を支え、守ってくれる。

 そう信じているのであろう。


「さあ、葵」


「うん」


 葵は、夜深へと視線を向ける。

 夜深は、葵に力を与えた。


「っ!!」


 体に衝撃が走ったのか、葵は、苦悶の表情を浮かべる。

 神の力が、体に流れ込んできたからなのであろう。

 拒絶反応を起こしているのかもしれない。

 だが、ゆっくりと馴染んできたのか、葵は、息を吐き、心を落ち着かせる。

 そして、自分の手をじっくりと眺めた。


「力が、あふれてくる……」


 力を授かった葵は、すぐに感じ取った。

 体中から、力があふれてくるのを。

 すると、葵の目に、自分の右手の甲に皇城家の家紋が刻まれているのが映った。


「こ、これは、皇城家の……」


「神から特別な力を与えられたものは、家紋がその身に刻まれるの。私は、聖印と呼んでるわ」


「聖印……」


 夜深曰く、神から力を与えられた人間は、家紋が浮かぶようになっているらしい。

 それは、神聖なる力を授かった証であり、神々は、それを「聖印」と呼んでいるという。

 葵は、「聖印」の名を聞き、呟く。

 まるで、呪文のように。


「貴方は、静居と同じ神懸りの力を授かったのよ」


「神懸り?」


「ええ。神をその身に宿すことができるの一時的にね。皇城家は、神をその身に宿すことができるのよ。神とつながっているからね」


 葵が得た力は、静居と同じ「神懸り」だという。

 神をその身に宿す力だ。

 強力ではあるが、体に負担がかかってしまう弱点を持つ。 

 葵が、その神懸りの力を手に入れたのは、皇城家が、神とつながっているからだという。

 ゆえに、神の声を聞いたり、葵のように未来を見たりすることができるのだ。


「なら、今度、妖が襲撃した時は、貴方と……」


「残念だけど、それは、できないわ」


「なぜ?」


 神懸りの力を手に入れた葵は、もし、妖達が、襲撃した際は、自分の中に入るよう、夜深に懇願する。

 静居に負担をかけないためにだ。

 だが、夜深は、残念そうに首を横に振る。

 葵は、なぜ、できないのか、理由がわからず、尋ねた。


「静居と契約してしまっているもの。神は、多数の人間と、一度に契約できないのよ」


「なら、どうすれば……」


 夜深は、すでに、静居と契約を交わしているため、できないという。

 多数の人間と一度に契約ができないという制限があるようだ。

 おそらく、多数の人間とつながりを持つと、力が、半減されるからであろう。

 だが、それでは、聖印を授かった意味がない。 

 葵は、どうすればいいのか、わからず、途方に暮れていた。

 しかし……。


「光の神」


「え?」


「光の神に頼むしかないんじゃないかしら?」


 夜深は、葵に、光の神である光黎に頼めばいいのではないかと提案した。

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