第百五十四話 白い青年

 大量の妖達が発生してから一週間がたった。

 獄央山から現れた妖達は、平皇京や街へと侵入しているという報告が上がっている。

 そのたびに、静居が、夜深と共に妖達を討伐した。

 そのおかげで、被害は、減っている。

 だが、妖達の数は減らない。

 むしろ、増えているようにも思えてならないのだ。

 人々は、妖に怯え、精神をすり減らしていった。


「また、妖達が、侵入してきたのですか……」


「和ノ国は、どうなってしまうのでしょう……」


「帝は、こんな時に何やってるのかしら……」


 城家の屋敷で働く女房や奉公人達は、おびえた様子で、話している。

 和ノ国が滅んでしまうのではないかと、危惧しているようだ。

 このような非常事態に、何も対策を練らない帝に対しても、不満を募らせながら。


「で、でも、ここは、静居様が、いらっしゃるから大丈夫よね?」


「そ、その通りだ。静居様が、守ってくれる。絶対に、大丈夫だ」


「でも、お一人で、大丈夫だろうか……」


 人々は、静居がいるから大丈夫だと言い聞かせているようだ。

 そう言わないと、不安に駆られ、発狂してしまいそうなのだろう。

 しかし、気がかかりな事もある。

 静居は、連日、夜深を自分の中に取り込み、妖を討伐している事だ。

 妖に対抗できるのは、静居、ただ一人。

 もし、静居が、命を奪われてしまったらと思うと、不安に駆られてしまいそうになるのであろう。

 葵は、女房や奉公人達の様子を、遠くからうかがっていた。


――皆、不安がってる。被害は、減ったけど……。


 確かに、静居のおかげで、ここは、守られてきた。

 だが、静居、一人で戦い続けたとしても、限度を超えてしまったら、静居も、自分達も、命を奪われてしまう。

 だが、今の自分は、妖に対抗する力を持っていない。

 無力な自分を恨み、葵は、こぶしを握りしめた。


――静居、大丈夫だろうか……。


 葵は、静居の身を案じる。

 無理をしていないだろうかと。

 その時であった。


「葵」


「夜深……」


 夜深は、葵に呼びかける。

 葵達の前に現れて以来、皇城家の屋敷に住まわせてもらっているのだ。

 夜深は、葵の元へと歩み寄る。

 まるで、母親のように。


「どうしたの?浮かない顔して」


「あ、いや、何でもないよ」


「何でもないって顔してないわ。さあ、話してごらんなさい」


 夜深は、葵に問いかける。

 葵は、何でもないと嘘をついてしまった。

 夜深の事を信用していないわけではない。

 神に相談に乗ってもらうなど、おこがましいと感じているのだ。

 だが、夜深は、葵の心情を読み取ったようで、葵に話すよう促す。

 母親である舞耶を失った葵にとっては、夜深は、母親のように思えていた。

 だからこそ、相談してもいいと判断したのであった。


「静居の事が心配で」


「そう」


 葵は、静居の事を話す。

 夜深は、それだけで、理解したようだ。

 静居が、無理をしていることに葵は、気付いており、心配しているのだと。


「静居は、今、どうしてるのかな?」


「眠ってるわ。毎日、妖を討伐しているからね」


 葵は、静居の様子を夜深に尋ねる。

 夜深は、常に、静居の側にいてくれているようだ。

 彼女も、静居を支えようとしてくれている。

 葵にとってありがたい事だ。

 静居は、今、体を休めているらしい。

 毎日のように、妖達と戦い続けているのだ。

 やはり、無理をしているのだろう。

 そう思うと、葵は、心が痛んだ。

 自分にも力があればと、嘆いて。

 

「夜深、私……」


「力が欲しいのかしら?」


「え?」

 

 葵は、夜深に懇願しようとする。

 妖を討伐する力が欲しいと。

 だが、話し終える前に、夜深は、葵が、何を話したいのか言い当ててしまった。

 これには、さすがの葵も、驚きを隠せない。

 まるで、見抜かれているように思えた。


「何でわかるのって、聞きたいみたいね。貴方の事は、わかるわ。静居から聞いているもの。貴方は、静居の支えになりたいと思ってる。だから、力が欲しいのでしょう?」


「う、うん」


 夜深は、静居から葵の事を聞かされていたのだ。

 それも、毎日のように。

 それほど、葵は、静居にとって大事な妹なのだろう。

 葵が、静居の支えになろうとしている事も、知っている。

 ゆえに、葵は、力を欲していると悟ったのだ。

 静居の為に。

 葵は、戸惑いながらも、うなずいた。

 静居が、夜深に自分の事を話していたとは、知らなかったため。


「素敵な妹ね」


「そこまで知ってるんだね」


「ええ。もちろん、誰も知らない事もね」


 夜深は、葵が、女性である事も知っているようだ。

 しかも、家族以外、葵の正体を知らない事も。

 おそらく、静居から聞いたのだろう。

 いや、聞かなくとも、夜深なら、見抜いているはずだ。

 そう、察していた為、葵は、驚かなかった。


「静居は、貴方の事を巻き込みたくないって思ってるみたいだけど」


「それでも、私は、力が欲しい」


 夜深は、静居が、葵を大事にしているがゆえに、巻き込みたくないと話していたらしい。

 だが、葵は、力を欲した。

 たとえ、静居が、反対しても、手に入れたいのだろう。

 妖を討伐する力を。

 葵の真剣なまなざしをじっと見つめる夜深は、葵に優しく、微笑みかけた。

 まるで、母親のように。


「静居に聞いてみるわ。許可がでたら、貴方にも力をあげる」


「ありがとう。夜深」


 夜深は、静居に相談することを葵に告げた。

 葵の気持ちを汲んでの事だろう。

 そう思うと、葵は、夜深に感謝していた。

 静居だけでなく、自分も支えてくれていると感じて。



 夜になり、葵達は、寝静まった。

 妖達が、襲ってくるかもしれないという不安に駆られながらも。

 満足に休めはしない。

 だが、今は、体を休むしかないのだ。

 今後に備えて。

 


 和ノ国は、静かだ。 

 妖達が、暴れまわっているわけでもなく、徘徊しているわけでもない。

 まるで、嵐の静けさのようだ。

 その時、純白の長髪と瞳を持ち、純白の衣装に身を包んでいる男性が、宙に浮かびながら、皇城家の屋敷を見下ろしていたのは。

 男性は、まるで、神のように、神々しかった。


「ここにいたのか……夜深……」


 男性は、夜深を探していたらしく、そう呟き、にらんでいた。



 葵は、ぐっすりと眠っていた。

 屋敷内は、緊張感が張りつめていて、休まる時がない。

 そのため、葵も疲れていたのであろう。

 今は、体を休められているようだ。

 しかし……。


「ん……」


 葵は、何かを感じ取ったようで、ふと、目を開ける。

 あたりを見回すと、まだ、静まり返っているようだ。

 妖達が、侵入したわけではない。

 だが、葵は、目を閉じ、集中させる。

 妖達の気配を探るために。

 そして、葵は、気配を感じ取ったのか、カッと目を見開いた。


「この感じ……まさか!!」


 葵は、部屋から飛び出して、急いで屋敷を出ようとする。

 妖の気配を感じ取ったのだ。

 あの異様な気配を。

 もしかしたら、静居も、気付いているかもしれない。

 そう思うと、葵は、いてもたっても居られず、屋敷を出た。

 その時であった。


「いやあああっ!!」


「ま、また、妖だ!!」


「た、助けてぇえええっ!!」


 人々の叫び声がする。

 どうやら、屋敷の外に出た者達がいるようだ。

 葵は、慌てて、声のする方へと駆け寄る。

 葵は上を見上げると、もう、すでに、妖達が、屋敷へ侵入しようとしており、静居が、夜深を取り込んで、妖達と戦いを繰り広げていた。


「静居が!!」


 静居がいてくれるおかげで、人々は、安堵し始めたようだ。

 静居なら、妖達を討伐し、自分達を守ってくれると思っているのだろう。

 だが、静居の様子がおかしい事に葵は、気付く。

 静居の動きが、鈍くなっていた。

 疲労がたまっているのだ。

 連日の激しい戦闘。

 加えて、神である夜深を取り込んでいる。

 普通なら、意識を失っても、おかしくはない。

 それでも、静居は、体に鞭を打って戦っているのだろう。


「まずいな……。力が思うように出せない」


――連続での神懸りだもの。体に負担がかかってるんだわ。


「だが、ここを守らなければ。あの子の為にも……」


 静居は、息を切らしながら、妖達と戦いを続けている。

 だが、やはり、力が思うように出ない事に気付いているようだ。

 夜深も、静居の身を案じる。

 このままでは、静居にも危険が及ぶのではないかと。

 それでも、静居は、戦うと誓った。

 葵を守るためにも。

 静居は、体に鞭を打ち、再び、戦闘を開始する。

 だが、その直後、妖に吹き飛ばされ、静居は、地面にたたきつけられた。

 妖に対抗できないほど、弱っていたのだろう。

 自分が、思っている以上に。

 妖達は、容赦なく、静居に襲い掛かろうとした。


「静居!!」


「駄目だ!!葵!!」


 葵は、静居の元へ駆け寄ろうとする。

 静居を助けるためだ。

 だが、静居は、彼女を制止させようとする。

 葵が、ここへ来れば、間違いなく、巻き込まれてしまう。

 それを懸念していたのだ。

 だが、葵は、静居の元へ駆け寄り、静居を守ろうとする。

 妖達は、葵に迫った。

 その時だ。

 突如、まばゆい光が、妖達を照らし始め、妖達が浄化されたのは。


「静居、大丈夫?」


「だ、大丈夫だ。だが……」


 葵も、静居も、何が起こっているのか、理解できない。

 何か異変でも起きたのだろうか。

 あたりを見回すが、何も起こっていない。

 だが、上から、暖かい力を感じる。

 そう思った葵と静居は、上を見上げると、白髪に純白の瞳の青年が、宙に浮いており、葵達を見下ろしていた。


――貴方は……。


 青年の姿が、目に映った葵と静居。

 彼は、神のように、神々しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る