第百三十四話 乱戦

 柚月達は、聖印京の人々と妖達を引き連れて、本堂へ向かう。

 聖印隊士達や静居が召喚した妖達が、柚月達の前に立ちはだかるが、一般隊士が、聖印隊士と相対し、柚月達を先に行かせる。

 柚月達は、本堂へと迫っていった。


「もう少しだ。もう少しで、行けるぞ!!」


「兄さん、あれ!!」


 もう少しで、本堂にたどり着く。

 静居が、待つ本堂にだ。

 だが、朧が、指を指して、柚月の名を呼ぶ。

 なんと、千草が、暴れまわっているのだ。

 一般隊士達は、千草と戦闘を繰り広げるが、吹き飛ばされてしまう。

 千草に敵う者は、いなかった。


「皇城千草……」


「あいつを何とかしねぇと行けねぇってことかよ」


「そうらしいな……」


 千草は、柚月達の姿を目にした途端、柚月達に迫り始める。

 静居の命令を無視して、柚月達を殺そうとしているようだ。

 柚月達は、ここで、立ち止まっているわけにもいかない。

 だが、千草の事は、どうにかしなければならない。

 時間もなく、柚月達は、歯噛みした。

 だが、その時だ。

 空巴が、千草の前に立ったのは。


「空巴!!」


『ここは、私に任せて、早く、本堂へ!!』


「うむ、わかったのだ!!」


 空巴は、千草と対峙するつもりだ。

 柚月達を本堂に向かわせるために。

 神々でさえも、手こずった相手だ。

 だが、今は、躊躇している場合ではない。 

 いや、神が、人間相手に、恐れおののくべきではないのだ。

 柚月達は、千草の事を空巴に任せ、本堂へ向かおうとする。

 だが、彼らの前に、月読と矢代が立ちはだかった。


「母上……」


「矢代様……」


 月読と矢代は、柚月達を冷酷な目でにらんでいる。

 彼らを息子だと思っていないかのようだ。

 今目の前にいるのは、敵だと認識しているのであろう。

 月読と矢代は、構えた。

 柚月達を通すつもりはないようだ。


「母ちゃん……」


「戦うしかないか……」


 透馬は、複雑な感情を抱いているようだが、構える。

 もはや、戦うしかないと腹をくくっているのだろう。

 たとえ、母親を傷つけてでも、本堂に行くつもりだ。

 柚月も、朧も、覚悟はとうに決めており、構えた。

 このまま、突き進まなければならない。

 月読と矢代は、術を発動し、柚月達に襲い掛かる。

 だが、その時だ。

 神薙から召喚された竜と日輪から召喚された獅子が、柚月達の前に立ち、術をかき消したのは。


「牡丹さん!帝!」


 竜と獅子を目にした柚月達は、撫子と牡丹が、駆け付けに来た事を悟った。

 竜と獅子に乗った撫子と牡丹が、すぐさま、降りて、柚月達の前に立つ。

 彼女達は、月読、矢代と対峙するつもりなのであろう。


「はよ、行きや」


「ここは、あてらに任せてほしいどす」


「ありがとうございます!」


 撫子と牡丹は、柚月達を先に行かせる。

 月読と矢代が、術で、柚月達を食い止めようとするが、撫子と牡丹が、術で、食い止める。

 その間に、柚月達は、ついに、本堂に突入した。

 月読と矢代は、撫子と牡丹は、にらみつける。

 邪魔が入ったと、怒りを露わにしているのであろう。

 それでも、牡丹と撫子は、動じることはなかった。


「あねさん、矢代はんの事頼んます」


「ええんどすか?」


「ちゃんと、話さなあかんのや。あの子の事……椿の事を……」


「わかりもうした」


 牡丹は、月読と戦うつもりのようだ。

 撫子は、牡丹を気遣う。

 牡丹も月読も、椿の母親だ。

 その母親同士が戦うというのは、牡丹にとっても、辛い事のはず。

 だが、牡丹が、あえて、月読と戦おうと決めた理由は、椿の事だ。

 椿の事を話さなければならない。

 そうでなければ、月読は、取り戻せない。

 そう考えたのだろう。

 だからこそ、もう一度、月読の相手になろうと決めたのだ。

 撫子は、承諾し、矢代の前に立つ。

 彼女達を取り戻すために。


「さあ、行くで!」


 撫子と牡丹は、地面を蹴り、月読と矢代に向かっていった。



 柚月達は、本堂へ入り、静居がいる部屋へと向かっていく。

 だが、彼らの前に、聖印隊士達が、立ちはだかった。

 夏乃達が、聖印隊士達と対峙し、柚月達を先に行かせる。

 今、本堂に向かっているのは、柚月、朧、九十九、千里、光焔、高清、柘榴、真登のみだ。

 他の仲間達は、聖印隊士と相対している。

 もう少しで、静居がいる部屋にたどり着きそうになる。

 だが、またしても、聖印隊士達が、柚月達の前に立ちはだかったのだ。

 聖印隊士達が、柚月達に襲い掛かる前に、高清が、聖印隊士達にとびかかり、彼らの動きを止めた。


「行くでごぜぇやす!!」


「ありがとう、陸丸!!」


 柚月達は、高清に任せ、先に行こうとする。

 だが、また、聖印隊士達が、柚月達の前に立ちはだかったのだ。

 聖印隊士達は、柚月達に襲い掛かろうとするが、柘榴と真登が柚月達の前に立つ。

 柚月達を先に行かせようとしているのであろう。


「ここは、俺に任せてよ!」


「頼んだぞ!」


 柚月達は、柘榴と真登に任せ、先に行こうとする。

 聖印隊士達が、柚月達を先に行かせまいと、襲い掛かるが、ここで、柘榴が、真登を憑依させ、聖印隊士達を吹き飛ばした。

 さらには、姿を消して、聖印隊士達の背後に回り込む。

 柚月達の行く手を邪魔させないためだ。


「さあ、行くよ、真登!」


――了解っす!!


 柘榴は、構える。

 先へは通させまいと決意して。

 聖印隊士達は、柘榴に襲い掛かった。



 柚月達は、静居がいる部屋へ向かっていく。

 あと、もう少しで、静居の元にたどり着けそうだ。

 彼らの前に立ちはだかる聖印隊士達もいなかった。


「もう少し、もう少しなのだ!!」


 光焔が、急ぎ足で駆けていこうとする。

 焦燥に駆られているわけではない。

 決意を固めたのだ。

 なんとしてでも、聖印京を取り戻すと。

 ゆえに、力が入り、足早になったのだろう。

 柚月達は、ついに、静居がいる部屋へ突入する。

 部屋には、静居、夜深、勝吏、虎徹が、待ち構えていた。


「来たか。待っていたぞ」


「静居……」


 静居は、不敵な笑みを浮かべて、柚月達を見ている。

 追い詰められているはずなのだが。

 おそらく、柚月達をここで殺せると確信したのであろう。

 夜深も、同じことを思っていたようで、妖艶な笑みを浮かべていた。

 柚月達は、静居に迫ろうとするが、勝吏と虎徹が、彼らの前に立ちはだかる。

 まるで、静居を守るかのように。


「やっぱり、いたんだな。父さん、師匠……」


 朧は、複雑な感情を抱きながらも、構える。

 勝吏達の姿を目にしていなかったため、静居の部屋にいるのだろうと推測していたが、その読みは当たってしまった。

 再び、戦わなければならないかと思うと、心が痛む。

 同時に、このような仕打ちをさせる静居に対して、憤りを感じていた。


「まさかと思うが、お前は、高みの見物か?」


「その通りだ。特等席で見させてもらおう。親と子、師と弟子の殺し合いをな」


 今回の戦いに静居は、手を出そうとはしないらしい。

 いや、手を出す必要がないと思っているのだろう。 

 相手は、勝吏と虎徹。

 父と師だ。

 ゆえに、柚月達が、本気を出せる相手ではない。

 本気を出せたとしても、殺せるわけがないのだ。

 自分が手を出さなくとも、二人が、柚月達を殺してくれる。

 そう、予想しているのであろう。


「どこまでも、腐ってやがるな」


「なんとでもいうがいい」


「吼えていられるのも、今のうちだもの」


 九十九は、怒りを露わにし、歯を食いしばる。

 静居の非道なやり方が、許せないのだ。

 親と子、師と弟子を殺し合わせるなど、非道でしかない。

 だが、静居は、罵られても、怒りを向きだしにしようとはしない。

 余裕の笑みを浮かべているようだ。

 夜深も、笑みをこぼし、呟く。

 柚月達は、もうじき、死ぬと確信を得ているのであろう。 

 ゆえに、表舞台に立つつもりなど毛頭ないのだ。


「柚月……」


「光焔、下がってろ」


「わらわも、戦うのだ。そのために、ここに来たのだ」


「わかった」


 柚月は、光焔を後ろに下がらせようとする。

 彼の身を案じての事だ。

 だが、光焔は、首を横に振った。

 静居達と戦う為に来たのだ。

 ゆえに、引き下がるつもりはないのであろう。

 勝吏と虎徹を正気に戻そうと考えているのかもしれない。

 柚月は、これ以上言っても、光焔が引きさがる事はないと判断し、承諾した。

 光焔を必ず、守ると誓って。


「朧、師匠の事、任せるぞ」


「わかったよ。兄さん、父さんの事、頼んだよ」


「ああ……」


 柚月は、朧に虎徹の事を任せ、自分は、勝吏の相手をすることを決意した。

 どちらも、厄介な相手だ。

 だが、朧には、九十九と千里がいる。

 彼らなら、朧を守ってくれる。

 そう判断したのであろう。


「行くぞ、九十九!千里!」


 朧は、九十九を憑依させ、千里を神刀に変える。

 そして、柚月も、異能・光刀を発動した。 

 どちらも、聖印能力を発動したのだ。

 最初から。


「いきなり、聖印を発動するか」


「お前を早くここから追いだしたいからな」


「なるほど」


 静居は、柚月達が、すぐさま、聖印能力を発動したことに対して、驚いているようだ。

 柚月達は、早期決着を望んでいる。

 人々と妖達が、再び、静居の手に落ちてしまう前に、聖印京を奪還しようと考えているのだ。

 静居も、納得したようで、不敵な笑みを浮かべていた。

 無駄だと思っているのであろう。


「さあ、殺せ。私に刃向うものを!」


 静居は、勝吏達に命じる。

 勝吏と虎徹は、構え、柚月と朧も、構えた。


「楽しませてもらうぞ」


 静居は、笑みを浮かべて、座り込む。

 夜深も、静居に寄り添う形で座り込んだ。

 柚月達の死闘を見届けるために。

 こうして、再び、親と子、師と弟子の死闘が、幕を開けてしまった。

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