第百三十三話 突入、開始

 早朝、柚月達は、光城の屋根に上って、聖印京を見下ろしている。

 聖印京は、黒い靄がかかって見えない。

 だが、確実に静居と夜深はいる。

 自分達を待っているはずだ。

 静居と夜深は、柚月達が、作戦を開いている所を、全て見ている。

 筒抜け状態だ。

 それでも、柚月達は、聖印京を奪還すると決めた。

 故郷を守るために。

 光焔が、目を閉じて、集中していたが、ゆっくりと目を見開いた。


「柚月、空巴達も、準備で来たみたいだ」


「わかった。ありがとう」


 光焔は、空巴達と念を送って会話をしていたらしい。

 空巴曰く、準備が整ったようだ。

 柚月は、うなずき、光焔の頭を撫でる。

 兄のように。

 柚月は、振り返り、朧達へと視線を向けた。


「皆、準備は、いいか?」


「もちろんだ、兄さん」


 柚月は、確認し、朧達はうなずく。

 もう、すでに、準備はできている。

 後は、突入するのみだ。

 誰もが、そう思っていた。

 柚月達は、息を飲む。

 いよいよだ。

 もう少しで、聖印京を奪還できるのだと。

 緊張感が走るが、後は、自分を、仲間達を信じるのみだ。

 柚月は、綾姫と瑠璃、美鬼へと視線を移した。


「綾姫、瑠璃、美鬼、頼むぞ」


「ええ」


 綾姫達は、相槌を打つ。

 もう、後には引けない。

 綾姫達も、その事を感じていたのだ。

 綾姫は、震えそうになる手を握りしめる。

 恐れているのだろうか。

 わからない感情が、綾姫を襲おうとするが、瑠璃が、そっと綾姫の手に触れる。

 綾姫の心情を悟ったのだろう。

 綾姫は、自然と、震えがなくなっていた。

 心を落ち着いたようだ。

 美鬼も、見守ってくれている。

 ならば、自分達にできることをやり遂げよう。

 綾姫、瑠璃、美鬼は、互いを見合わせ、相槌を打つ。

 綾姫と瑠璃は、解放の矛を握りしめ、前に出た。 


「美鬼」


「はい」


 瑠璃は、美鬼を憑依させ、そして、綾姫は、聖印能力を発動する。

 二人の聖印が、矛先へとゆっくりと流れ、光を纏い始めた。

 そして、その光は、刃と化した。

 融合に成功したのだ。

 後は、降下して、結界を貫くのみ。

 もはや、綾姫と瑠璃の目に、迷いはなかった。


「これより、聖印京奪還作戦を開始する!!」


「行くわよ!瑠璃!!」


「うん!!」


 柚月が、叫び、綾姫と瑠璃が、解放の矛を手にしながら、ゆっくりと、聖印京へと降下していった。

 空を切り裂くように、降下していく綾姫と瑠璃。

 空気圧が、二人を襲い掛かろうとも、二人は、決して、手放そうとしない。

 このまま、一気に、結界へと突っ込むつもりであった。


「綾姫様……」


「瑠璃……」


 朧と夏乃は、心配そうに綾姫達を見ている。

 ただ、祈るしかない。

 彼女達が、成功することを。

 綾姫と瑠璃は、下降し、ついに、結界まで到達した。

 矛先が、結界にぶつかる。

 結界から、火花が散り、綾姫と瑠璃に衝撃が走った。


「くっ!!」


「ううっ!!」


――綾姫、瑠璃……。


 綾姫と瑠璃は、苦悶の表情を浮かべる。

 衝撃に耐えているようだが、その威力は、計り知れない。

 今にも、吹き飛ばされそうになり、矛を手放してしまいそうだ。

 美鬼は、綾姫と瑠璃の身を案じる。

 彼女達なら、結界を看破してくれると信じて。

 綾姫と瑠璃は、解放の矛を握りしめ、力を込めた。

 結界を破壊すると決意して。


「「いっけぇえええええっ!!!」」


 綾姫と瑠璃は、叫びながら、聖印能力を発動し続けた。

 最後の追い込みをかける為に。

 すると、結界が、ひび割れ始める。

 ついに、耐えられなくなったのだ。

 ひびは、さらに広がり始め、とうとう、結界が、破壊された。

 解放の矛から、光が放たれる。

 それは、光焔が込めた神の光だ。

 結界を破壊した衝撃により、あふれ出たのであろう。

 これも、綾姫と瑠璃達の力が強かったためだ。

 笠斎は、神の光は、消滅するかと予想していたのだが、そうではなかった。

 あふれ出た光は、瞬く間に、聖印京全体に、広がり始める。

 そして、その神の光を浴びた人々と妖は、意識を取り戻す。

 一時的ではあるが、夜深の支配から、解放されたのだ。

 力を使った綾姫と瑠璃は、そのまま、意識を失いかけ、地面にたたき落とされそうになるが、泉那と李桜が、綾姫と瑠璃を受け止めた。


「泉那、ありがとう……」


『ええ、無事でよかったわ』


 綾姫は、泉那にお礼を言う。

 少し、弱弱しい声を発している。

 力を使い続けたためか、体力も、削られてしまったようだ。

 それでも、泉那は、安堵していた。

 綾姫達が、無事でよかったと。


「李桜、助かった」


『頑張りましたね。瑠璃、美鬼……』


 瑠璃も、李桜にお礼を言う。

 彼女も、弱弱しい声を発していた。

 憑依は、強力であるが、体力を削ってしまう。

 それゆえに、長時間は、難しい。

 特に、綾姫と波長を合わせたがために、いつもの倍以上、聖印の力を使ったのだろう。

 美鬼も、李桜も、瑠璃が無事であった事に対して、ほっと胸をなでおろしていた。


『光焔、聞こえるか?結界は、破壊された。人々も、妖達も、解放されたようだ』


「うむ、わかったのだ。わらわ達も、行くぞ」


 空巴が、光焔に、状況を報告する。

 結界が破壊で来た事も、人々と妖達が解放された事も。

 これにより、柚月達は突入を決意する。

 いよいよだ。

 柚月は、鼓動が高鳴るのを感じる。

 失敗は、許されない。

 だが、失敗する気もない。

 なぜなら、綾姫達が、結界を破壊し、希望をつなげてくれたのだから。

 柚月は、振り向いて、朧達を見た。


「突入するぞ!!」


「おう!!」


 光焔が、力を解放すると柚月達は、光に包まれ、一瞬にして消え去った。

 とうとう、聖印京に突入したのだ。

 瑠璃は、李桜に抱きかかえられたまま、光城を見上げる。

 光城が光ったのが見え、気付いた。

 柚月達が、突入したのだと。

 瑠璃は、未だ、憑依を解いていない。

 憑依を解除すれば、美鬼が、落ちてしまうからだ。

 瑠璃は、美鬼を守ろうとしていた。

 しかし……。


――瑠璃、私も行ってまいります。


「美鬼……」


――ご安心ください。必ず、生きて帰りますから。


 美鬼は、瑠璃に告げる。

 このまま、戦いに身を投じるつもりだ。

 瑠璃達の為にも。

 瑠璃は、美鬼の身を案じる。

 不安に駆られているようだ。 

 自分も、戦いに身を投じたいところだが、体が言う事を聞かない。

 瑠璃は、歯がゆく感じていた。

 だが、美鬼は、諭す。

 必ず、帰ってくると。

 それを聞いた瑠璃は、静かにうなずいた。

 美鬼を信じる事を決意したのだ。


――瑠璃と綾姫をお願いします。


『はい』


 美鬼は、瑠璃達の事を李桜と泉那に託し、瑠璃は、憑依を解く。

 すると、美鬼は、瑠璃の体から出て、降下し始めた。

 戦いに参加するために。 

 瑠璃は、美鬼の姿を見守っていた。

 無事に戻ってきてほしいと祈りながら。



 静居達から解放された人々は、戸惑っているようだ。

 自分達が、どうなったのか、覚えていないらしい。

 大戦に参加しなかった一般隊士達も、動揺を隠せなかった。


「なんだ?俺達は、何を……」


 人々は、あたりを見回す。

 聖印京ではあるが、かつての面影は、全くない。

 まるで、牢獄のようだ。

 人々は、そう、感じていたが、思い出せない。

 今まで、自分達は、何をしていたのか。

 だが、その時だ。

 柚月達が、聖印京に降り立ったのは。


「ゆ、柚月様!?」


「何が、どうなって……」


 人々は、未だ、戸惑いを隠せない。

 それは、その場にいた妖達も同様のようだ。

 なぜ、柚月が、この場にいるのか、見当もつかないようだ。

 だが、柚月は、人々や妖達へと視線を向けた。


「皆、話を聞いてほしい!静居は、和ノ国を滅ぼそうとしている!!」


 柚月は、人々に告げる。

 静居の真の目的を。

 人々は、戸惑っていたが、すぐに状況を受け入れたようだ。

 もう、誰も、静居の事を崇拝していないのだろう。

 だからこそ、柚月の言葉を信じられたのだ。


「だが、俺達は、それを阻止するために、ここに来た。聖印京を取り戻したいんだ!!力を貸してくれないか?」


 柚月は、人々や妖達に懇願する。

 力を貸してほしいと。

 自分達だけでは、聖印京を奪還できないからだ。

 だが、これも、賭けだ。

 今の状態を人々や妖達は、恐れてしまうかもしれない。

 静居の脅威を目の当たりにしているのだから当然であろう。

 しかし……。


「もちろんですよ!柚月様!!」


「私達も、戦います!!」


「ありがとう!!」


 人々は、柚月達と共に戦うことを決意した。

 和ノ国が、静居によって滅ぼされると聞いて、居てもたっても居られなかったのだろう。

 自分達の手で、聖印京を取り戻したいと願っているようだ。

 もちろん、柚月達に協力してくれるのは、人々だけではない。

 妖達も、協力したいと柚月達の元へ集まってくれたのだ。

 和ノ国を守るために。

 自分の懇願を受け入れてくれた人々に対して、柚月は、心から、感謝した。


「行くぞ!!」


 柚月達は、聖印京の人々と妖達と共に、駆けていった。

 目指すは、静居がいる本堂だ。



 本堂では、聖印隊士が戸惑っている。

 人々と妖達が押し寄せるように、攻めてきているのだ。

 混乱しているのだろう。

 だが、静居は、冷静に、部屋にいる。

 逃げも隠れもしない。

 夜深も、千草も、村正も、部屋から出ようとはしなかった。


「あの坊やの力は、計り知れないわね。殺しておけばよかったわ……」


「ねぇ、静居、どうするの?このままだと、本当に、追い詰められちゃうよ?」


「問題ない。柚月達の相手は、この者たちに任せればいいのだからな」


 夜深は、悔やんでいるようだ。

 光焔を殺しておけばよかったと。

 村正は、無邪気に静居に問いかける。 

 この状況を楽しんでいるかのようだ。

 静居は、村正の問いに答え、あたりを見回す。

 静居の前には、勝吏、月読、虎徹、矢代がいる。

 彼らを向かわせようとしているようだ。

 柚月達の相手をさせるつもりなのだろう。


「え~、僕らは、戦えないの?」


「いいや、戦ってもらう。刃向うものは、一人残らず、殺せ」


「わかった」


 静居は、つまらなそうにしている村正に対して、命じる。

 聖印京の人々や妖達を殺すようにと。

 自分に刃向うものに対して、怒りを露わにしているようだ。

 村正は、無邪気に答え、千草の肩に飛び乗った。


「千草、行こう」


「リョウカイシタ……」


 村正と千草は、部屋から出た。

 大暴れするためにだ。

 静居と夜深、そして、勝吏達は、部屋に残ったままであった。


「私を殺せても、家族は、殺せまい。さて、どうするかな?」


 静居は、不敵な笑みを浮かべる。

 今度こそ、柚月達を殺すつもりなのであろう。

 勝吏達の手によって。

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