第百二十一話 笠斎の提案

 静居と笠斎の号令で、妖達と隊士達が一斉に向かっていく。

 再び、大戦が始まってしまった。

 人と妖が、刃をぶつけ合う。

 死掩達は、その様子をうかがっていたが、空巴達が、死掩達の元へ現れる。

 神々は、夜深の指示の元、空巴達に、襲い掛かった。

 今度こそ、空巴達を消滅させるために。

 もう、後には、引けない。

 命の奪い合いが、また、始まってしまったのかと思うと、柚月達は、心が痛んだ。

 それでも、前に進まなければならない。

 神々を倒せば、人々も妖も、静居の支配から、解放されるのだから。


「俺達も行くぞ!」


「うん!」


 柚月達も大戦に身を投じようとする。

 腹をくくっているのだ。

 朧達も、逃げるつもりはない。

 どこまでも、柚月についていくつもりだ。

 柚月達は、向かっていこうとする。

 だが、その時であった。


「待て!」


「笠斎、なぜなのだ!?」


 笠斎は、柚月達を引き留める。

 まだ、戦うなと命じたのだ。

 理由がわからない。

 なぜ、笠斎は、柚月達を引き留めたのか。

 光焔は、困惑しながらも、笠斎に問いかけた。


「お前らは、ここで、待ってろ」


「で、でも、このままだと……」


 笠斎は、柚月達を待機させるつもりだ。

 まだ、動く時ではないと言いたいのだろう。

 それでも、柚月達は、戸惑っていた。

 なぜなら、完全に包囲されているからだ。

 もう、逃げ場はない。

 このままでは、再び、大敗してしまう可能性がある。

 柚月達は、それを懸念して、不安に駆られていたのだ。


「安心しな。うまくいくさ。それも、もう、すぐでな」


 状況をわかっていながらも、笠斎は、大丈夫だと告げる。

 何か、策はあるのだろう。

 だが、どのような策を講じているのだろうか。

 柚月達には、見当もつかない。

 笠斎は、答えるつもりはないのだろう。

 柚月達は、笠斎を信じて、待機するしかなかった。



 大戦は、続いた。

 どちらも、傷を負ってはいるが、命は、奪われていない。

 妖達が、人々の命を奪わないように、そして、奪われないように、戦っているからだ。

 だが、時間が立ち、妖達に疲労が見え始めた。


「お、おい、本当に、大丈夫なのか?」


「こちらが、押されているように見えるぞ」


 九十九と千里が、焦燥に駆られ始める。

 妖達の様子を見る限り、こちらが押されているように思えるのだろう。

 このままでは、敗北も免れない。

 だが、笠斎は、まだ、指示を出そうとしない。

 妖達を見捨てるわけではないが、何をするのか見当もつかないため、柚月達は、困惑した。


「笠斎、私達も、行く。妖達を助けたい」


「もう少しだ。もう少しだけ、待ってろ」


 瑠璃は、笠斎に行かせてほしいと懇願するが、笠斎は、待つように指示する。

 こうしている間にも、妖達の命が危うい。

 彼らを死なせたくない。

 だが、何もできないまま、見守るしかできない柚月達は、歯がゆく、心が痛んだ。

 だが、その時だ。

 笠斎が、何かを感じ取ったようで目を見開いたのは。


「来たぜ」


 笠斎は、笑みを浮かべ、呟く。

 何が来たというのであろうか。

 妖達を見る限り、戦いに集中しているため、何かしているというわけではなさそうだ。


「今だ、お前ら!!」


「はいよ!」


 笠斎が、叫ぶと妖達は、一斉に、後退し、すぐさま、術を発動した。

 術陣が、一斉に、浮かびあがると、信じられない光景が柚月達の目に映った。

 なんと、隊士達が浮かび始めたのだ。

 空を飛んでいた妖達も、身動きが取れなくなっている。

 まるで、術に縛られているかのようであった。


「な、なんだ!?」


「皆、宙に浮いておるぞ……」


 柚月達は、目を見開いて、驚愕する。

 透馬も、春日も、何が起こったのか、見当もつかない。

 あの術は一体何なのだろうか。

 重なり合った術のようだ。

 その術陣を見ていた綾姫はある事に気付いた。


「これって、連携術?」


「連携術って?」


 綾姫曰く、連携術が発動されたらしい。

 だが、連携術とは、一体、何なのかは、不明だ。

 和巳は、綾姫に問いかけた。


「全員が、連携して、同じ術を発動するんですのよ」


「これだと、数人どころか、数十人で、術を発動してるでごぜぇやすよ」


「その通りさ」


 初瀬姫が、綾姫の代わりに説明する。

 連携術は、術を発動するものが、全員、同じ術を同時に、発動する事だ。

 一つ一つが、重なり合い、大きな術へと変わっていく。

 ゆえに、連携術と呼ばれていた。

 その連携術を発動するのは、難しい。

 しかも、二人でさえもだ。

 だが、高清曰く、数十人で術を発動しているという事だ。

 連携術について、詳しい綾姫達は、度肝を抜かれている。

 それほど、容易ではないという事であろう。


「実はな、五十匹の妖達に、深淵の界で待機してもらってたんだ。術を発動させるためにな」


 ここで、ようやく、笠斎が真相を明かす。

 この連携術を発動させるために、およそ五十匹の妖達に深淵の界に残ってもらったのだ。

 そして、大戦中、連携術を発動していたのだとういう。


「こっちまで、おびき寄せて、時間を稼ぐしかねぇと思ってたんだが、あいつが、進軍してきたって聞いたときは、運がいいって思ったよ」


「そういう事かぁ」


 笠斎は、静居達をここまで、おびき寄せようとしていたようだ。

 それもそうであろう。

 深淵の界から発動するなら、より、獄央山に近い場所の方が容易だ。

 その分、体に影響も出なくなる。

 だが、静居が進軍していると聞いたときは、心底、運がいいと微笑んでいたくらいだ。

 笠斎の話を聞いた景時は、納得した。

 笠斎が言っていた都合がいいとは、この事だったのかと。


「さあ、最後の仕上げだ。光焔!」


「うむ!」


 笠斎の指示により、光焔は、前に出る。

 深淵の鍵を手にして。

 どうやら、光焔も、事前に笠斎から聞かされていたようだ。

 大戦時に、何をするべきかと。


「開け!」


 光焔は、深淵の鍵を天に掲げた。

 すると、深淵の門が開く。

 その直後だ。

 術にかかった隊士達や妖達が、深淵の門へと吸い込まれ始めたのは。

 抵抗もむなしく。


「な、なんだ!?」


「隊士達が、吸い込まれていくわ!!」


 柚月も、綾姫も、驚きを隠せない。

 隊士達は、見る見るうちに、深淵の門へと吸い込まれていくのだから。

 妖達が発動したのは、術にかかった者を引きよせる術だ。

 ほとんどの隊士達が、その術にかかったという事なのであろう。

 それほど、大掛かりな術を仕掛けていたことになる。

 それも、たった五十匹の妖達だけで。


「せ、聖印一族も、吸い込まれてく……」


「そりゃあ、術にかかったんだ。聖印じゃあ、解けやしないだろ?」


「確かに、そうだねぇ」


 九十九は、聖印一族でさえも、抗うことができないのかと、驚いているようだ。

 だが、聖印で術を打ち破る事はできない。

 防ぐことはできてもだ。

 笠斎の説明を聞いた柘榴は、納得したようで、うなずいていた。


「よし、いいぞ、光焔!」


「うむ、閉じよ!」


 光焔はもう一度、深淵の鍵を天へと掲げる。

 すると、深淵の門は、閉じられた。

 隊士達、妖達が、深淵の界に吸い込まれた事により、静居軍の隊士達と妖達は、大戦を開始した時の半数となった。


「これで、人数は、減らした。何、戦いが終わったら、解放してやるさ」


「助かった。ありがとう」


 笠斎のおかげで、一気に優勢となった柚月達。

 これで、形勢逆転だ。

 おそらく、深淵の界に吸い込まれた隊士達や妖達は、術で今だ、身動きが取れなくなっている。

 今も、深淵の界で待機していた妖達が、術を発動し続けているのであろう。


「さあ、柚月、突撃の準備だ!」


「ああ!!」


 ここからは、柚月達の出番だ。

 このまま、一気に神々の元へと突撃し、神々を消滅させる。

 そして、夜深の力が半減した所で光焔が神の光を発動して、人々を解放する。

 時間は、残されていない。

 だが、希望は見え始めており、柚月達は、武器を手にし、構えた。


「行くぞ!!」


 柚月達は、神々の元へと向かっていく。

 数が減ったおかげで道が開かれたのだ。

 柚月達は、空巴達と死闘を繰り広げている神々の元へと迫っていった。


「ちっ!ならば!」


 焦燥に駆られ、戸惑いながらも、静居は、妖を召喚する。

 柚月達の行く手を阻むためだ。

 妖達は、一斉に、柚月達に襲い掛かった。


「頼むぞ、おめぇら!」


「おう!!」


 笠斎は、指示を出し、妖達が、静居が召喚した妖達と戦いを繰り広げ始めた。

 そのおかげで、柚月達は、行く手を遮られることなく、神々の元へと到達しようとしていた。


「空巴達が、戦ってる!」


「ああ、皆、後は、頼むぞ!!」


「うん!!」


 朧は、空巴達が、空中で死掩達と戦っているのを目にする。

 空中戦では、柚月達も、不利だ。 

 だが、やるしかない。

 柚月の指示の元、朧達は、三つの班に分かれて、神々の元へと向かっていった。



 柚月がとうとう神々の元へ到達してしまう。

 このままでは、柚月達が、本当に神々を殺しかねない。

 静居と夜深は、焦り始めていた。


「静居!!」


「こうなれば、柚月達を殺しに行くぞ!」


「そうは、させんぞ?」


 静居は、柚月達を殺しに行くために、行動を起こし始めようとする。

 だが、彼の前に、笠斎が立ちはだかった。

 それも、いつの間にか。

 これには、さすがの静居達も、驚いた様子であった。


「貴様は、笠斎!!」


「残念だったな、静居。思い通りにならんかったみたいで」


「貴様!!」


 笠斎は、笑みを浮かべ、挑発する。

 静居は、怒りを露わにし、声を荒げた。

 挑発に引っかかったようだ。

 これも、作戦のうちの一つ。

 笠斎は、静居を挑発する事で、怒りの矛先を自分に向けるようにしたのだ。

 静居は、神刀を手にして、構える。

 夜深も、千草も、村正もだ。


「一人で、戦うつもりかしら?」


「おうよ。わしをなめるなよ?夜深」


「いいわよ。かかってらっしゃい」


 夜深は、不敵な笑みを浮かべる。

 笠斎が、たった一人で自分達に敵うとは到底思えないからだ。

 だが、笠斎は、逃げるつもりなど毛頭なかった。

 このまま、静居達と死闘を繰り広げるつもりだ。

 静居達は、笠斎に襲い掛かった。

 こうして、柚月達は、神々との死闘を開始することとなった。

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