第百十七話 共闘

 笠斎との再会を喜んでいるのは、光焔だけではない。 

 柚月達も、笠斎が無事だと知り、喜んでいるのだ。

 かつて、協力してくれた妖達とも再会できたことも。


「よう、笠斎。お前、あいつをぶっ殺したんだな」


「当たり前だ。わしを誰だと思っておる」


 九十九が、満面の笑みを浮かべて、笠斎に語りかける。

 笠斎は、あの牛鬼を討伐したのだ。

 どうやってかは、わからない。

 だが、笠斎は、あの凶悪で厄介な牛鬼を討伐したことは、事実。

 九十九は、笠斎が、想像以上に強い妖である事を、改めて、気付かされたようだ。

 笠斎も、自慢げに答えた。

 牛鬼に後れをとるわけがないと言いたいのだろう。


「で、あれから何があった?」


「うむ、実は……」


 笠斎は、柚月達に問いかける。

 深淵の界に閉じ込められていた彼らは、知らないのだ。

 いや、静居が召喚した妖達や、牛鬼との戦いでそれどころではなかったのかもしれない。

 あの大戦の後、すぐに赤い月が出現し、笠斎は、破壊衝動に駆られてしまったようだから。

 柚月は、笠斎にこれまでの事を説明した。

 大戦で神々がよみがえった事、九十九達や黄泉の乙女、椿、茜、藍のおかげで、自分と朧が目覚めることができた事。

 赤い月を使って、静居は、和ノ国を滅ぼし、自分をあがめる理想郷を作り上げようとしている事。

 そして、黄泉の乙女から、全ての地の奪還、空巴達、神々の復活をやり遂げなければならなくなり、柚月、光焔、黄泉の乙女の作戦により、深淵の鍵と空巴達を復活さえることができた為、ここに来れた事を。


「なるほどな。それが、あいつらの目的だったか。わしが、あいつらに、惑わされてなければ……」


「笠斎……」


 静居の目的について、知らされた笠斎は、ひどく、自分を責めた。

 もし、自分が、静居達に、惑わされず、深淵の鍵を渡していなければ、大戦が、起こることもなく、赤い月の出現もなかったと。

 後悔しているようで、うつむいてしまった。

 そんな笠斎の姿を目にした光焔は、心が痛んだ。

 笠斎のせいではないと言いたいのだが、どう声をかければいいのか、わからなかった。

 どんな言葉を言ったとしても、気休めにしかならない気がして。


「だが、笠斎は、俺達を助けてくれた。だからこそ、俺達は、前に、進めたんだ。ありがとう」


 それでも、柚月は、笠斎にお礼を言う。

 自分達は、笠斎に助けられた。

 笠斎が、あの牛鬼と死闘を繰り広げ、自分達を深淵の界の外に出してくれたおかげで、自分達は、静居の企みを食い止めるきっかけを作れたのだ。

 笠斎が協力していなければ、自分達は、深淵の界に閉じ込められ、災厄は、起きていたかもしれない。

 柚月達は、本当に、笠斎に助けられたと感じ、感謝していた。


「……別に、礼を言われることはしてねぇよ。お前達が、進むことができたのは、お前達自身の力だ。それに、ここに来れたのだって、お前と光焔、それに、黄泉の乙女の作戦が成功したからだろ?」


「本当、それが、腹立つのよね」


「す、すまない……」


 笠斎は、柚月達が、ここまでこれたのは、柚月達自身の力だと思っているようだ。

 それに、この深淵の界で再会を果たせたのは、柚月、光焔、黄泉の乙女の作戦が成功したからだと思っているようだ。

 彼らが、静居に一矢報いた。 

 これは、静居にとっても、予想外だったと言っても過言ではない。

 いや、追い詰めたも同然であろう。

 だが、綾姫は、そのことに関して、怒りを覚えていたようだ。

 自分達には、何も相談せずに、作戦が実行されたのだから、当然だろう。

 確かに、静居に読まれることはなかった。

 綾姫も理解しているが、どこか、腹立たしく感じてしまう。

 柚月は、反省しているようであり、たじたじになってしまい、朧達は、笑いをこらえていた。


「まぁまぁ、そう、怒ってやるなって。こいつも、反省してるみたいだしよ」


「そ、そうね……」


 笠斎は、綾姫をなだめる。

 綾姫が怒る気持ちもわからなくもない。

 だが、柚月は、猛烈に反省しているのだ。

 笠斎は、柚月の心情も察しているがゆえに、綾姫をなだめたのであった。

 綾姫は、一応、うなずいた様子を見せ、柚月は、綾姫に気付かれないよう、小さく息を吐いた。

 笠斎のおかげで、ひとまず、事態は収束したと感じて。


「で、お前達が、ここに来た理由は、さしずめ、協力してほしいってことだろ?」


「察しがいいな。そういう事だ。俺達は、あいつを止めないといけない。そのためには、全ての土地を奪還する必要があるんだ」


「おう。わしも、そう思っておる。あいつの操り人形になるくらいなんて、冗談じゃねぇ」


 笠斎は、なぜ、柚月達が、再び、深淵の界を訪れたのか、気付いていたようだ。

 全ての土地を奪還するために、協力してほしいと懇願するために。

 笠斎達は、柚月達に手を貸すつもりのようだ。

 当然であろう。

 静居の野望は、あまりにも、身勝手すぎる。

 あの男をあがめるつもりなど笠斎達も、毛頭ない。

 もし、逆らえば、魂事消滅させる可能性もある。

 笠斎達は、操り人形や消滅させられるくらいなら、抗ってやろうと、決意したのだ。

 人と妖が共存できるように。


「協力するぜ」


「ありがとう」


 笠斎は、柚月に手を差し出す。

 柚月は、お礼を言い、笠斎の手を握りしめた。

 こうして、人と妖の共闘作戦が、始まった瞬間でもあった。

 静居達を止め、全てを取り戻すために。

 多くの妖達が、協力してくれる。

 こんなにうれしいことはないだろう。

 朧達は、嬉しそうに、笑みを浮かべていた。


「それで、どうやって、土地を奪還するつもりだ?聖印京に乗り込むわけにもいかないだろ」


「うん、たぶん、静居は、私達が、ここにいる事も見抜いてる。同じ手は、通用しないと思うし」


 さて、問題は、ここからだ。

 笠斎達が、協力してくれることにより、戦力は増大した。

 だが、この事は、静居も見抜いているはず。

 聖印京に乗り込み、静居を殺す事は、さすがに無謀であろう。

 かといって、静居と夜深をどうにかしなければ、人々や妖達を解放することはできない。

 瑠璃も、千里も、最善の策が見つからず、頭を悩ませていた。


「それだがな。いい案があるんだ」


「何なのだ?」


「教えてくれないか?詳しく聞かせてほしい」


「おうよ」


 笠斎は、いい案があると柚月達に持ちかける。 

 その表情は、自信に満ちている。

 よほど、いい案が思い浮かんだのであろう。

 静居達を追い詰められるかもしれない。

 柚月も、光焔も、どのような案なのか、問いかけた。

 笠斎に、期待して。


「もう一度、大戦を仕掛けるんだ」


 なんと、笠斎は、もう一度、大戦を仕掛ければいいと、提案する。

 その提案は、大胆かつ、突飛で無謀、しいて言えば、危険すぎる作戦であった。


「え、ええ!?」


「大戦を仕掛ける?」


 柚月達は、驚愕する。

 だが、妖達も、同様に、驚愕していた。

 誰もが、予想できなかった案だ。

 今度は、こちらから、大戦を仕掛けようなど。

 まさに、宣戦布告と言ってもいいだろう。


「ちょ、それは、まずいっすよ」


「さすがに、賛成はできないねぇ」


 笠斎の提案に、真登と和泉は、渋り始める。

 もし、大戦を仕掛ければ、多くの命が失われる。

 人も、妖も。

 自分達も、命を奪わなければならない。

 あのような辛い思いは、二度としたくない。

 誰も、大戦を望んでいないのだ。

 ゆえに、笠斎の提案を受け入れる事はできなかった。


「笠斎、大戦を仕掛けたら、赤い月が……」


 柚月も、大戦を仕掛ける事を受け入れられない。

 なぜなら、赤い月の現象が続いてしまうからだ。

 静居の目的は、赤い月と満月の日を重ねる事で、災厄を起こす事だ。

 そのために、静居は、大戦を仕掛けた。

 もし、同じことをすれば、静居の思惑通りとなってしまう。

 いや、静居にとっては、好都合であろう。


「わかってるさ。破壊衝動を浄化されたからって、殺されれば、憎いし、許せなくなる。だがな、奴らをおびき出さねぇ限りは、動けねぇんだ」


「奴ら?」


 笠斎も、もし、大戦を仕掛ければ、どうなるか、理解している。

 自分達は、破壊衝動を浄化された。

 だが、命を奪われれば、血と負の感情を残してしまうだろう。

 それでも、笠斎が、あえて、大戦を仕掛ける事を提案したのには、理由があるようだ。

 それは、「奴ら」をおびき寄せるためらしい。

 「奴ら」とは、いったい誰のことなのだろうか。

 朧は、見当もつかず、笠斎に、問いかけた。


「夜深が、生み出した神々の事だ」


「あの神々を?」


「おう」


 笠斎が言う「奴ら」と言うのは、夜深が生み出した神々・死掩達の事を指しているようだ。

 笠斎は、死掩達をおびき出そうとしているらしい。

 だが、なぜ、神々を呼びだそうとしているのだろうか。

 それは、あまりにも、無謀すぎるとも思える。

 神々は、強敵すぎる。

 今の、自分達で適う相手だとは、到底思えなかった。


「あの神々を殺さねぇ限り、夜深は、力を失うことはねぇんだよ」


 笠斎は、神々と夜深の関係性について語り始める。

 死掩達がいる限り、夜深の力は、衰えないらしい。

 一体、どういう意味なのだろうか。

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