第百十五話 兄弟の決意

 柚月と光焔、そして、黄泉の乙女の誘導作戦により、見事、深淵の鍵を奪還し、空巴達、神々を復活させた。

 空巴達が神々しく見える。

 まるで、本来の力を取り戻したかのようだ。

 いや、それ以上の力を得たといった方が正しいだろう。

 光焔は、深淵の鍵を握りしめて、見ていた。


「柚月、やったのだ」


「ああ、頑張ったな。光焔、お前のおかげだ」


「柚月のおかげなのだ!!柚月の作戦がうまくいったのだ!!」


 光焔は、柚月に視線を向けて、喜び始める。

 作戦が成功したのだ。

 嬉しいのは当然だろう。

 柚月も、嬉しそうに微笑んでいる。

 一時は、どうなるかと、冷や汗をかいたが、どうにか、作戦は成功した。

 これも、朧達のおかげだ。

 朧達が、信じてついてきてくれたから、静居に一泡吹かせる事ができたのだ。

 柚月は、心の底から、感謝していた。


「嬉しそうだな」


「そりゃあ、そうじゃないのか?神々が、復活したし、深淵の鍵も、手に入ったんだから」


「……」


 九十九も、千里も、安堵した様子で、柚月と光焔を見守っている。

 二人とも、嬉しそうに会話を交わしている。

 こうしてみると、兄弟のようだ。

 神々が復活し、深淵の鍵も手に入った。

 困難を極めると思っていた作戦が、うまくいったのだ。

 喜ばないはずがない。

 だが、朧だけは、難しそうな表情を浮かべて、二人を見ていた。

 千里は、朧の様子に気付き始めた。


「どうした?朧」


「なんか、おかしい」


「え?」


「うまくいきすぎてる。神々の復活も、深淵の鍵の奪還も」


「そう言えば、そうだな……」


 千里に尋ねられた朧は、作戦が成功したことに、違和感を覚えたようだ。

 神々の復活と深淵の鍵の奪還は、困難を極めるとばかり思っていた。

 ゆえに、作戦を立てるときは、頭を悩ませたのだ。

 そのはずなのだが、危機はあったものの、なぜか、どちらも、達成できた。

 いくらなんでも、うまくいきすぎていて、逆に不思議なくらいだ。

 ゆえに、朧は、何かあると踏んでいるようだ。

 柚月と光焔は、何かを隠していると。

 朧は、それを確かめる為に、ある行動に出た。

 柚月と光焔の元へ歩み寄り始めたのだ。


「兄さん」


「ん?どうした?朧」


「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないか?」


「え?」


 朧は、柚月に問いかける。

 何か隠しているのではないかと。

 これには、柚月も、意外であり、あっけにとられている。

 まさか、朧が、違和感を覚えたなどと思いもよらなかったのだろう。


「兄さん、何か隠してるだろ?」


「……気付いたか」


「なんとなく」


 朧は、柚月を問い詰める。

 さすがに、柚月も、気付いたようだ。

 朧は、自分達が、朧達に隠していることがあると。

 何を隠しているかは、知らない。

 だが、朧は、勘が働いたのだ。

 柚月も、降参したようで、困惑した様子で頭をかき始めた。


「ゆ、柚月……」


「わかった。話そう」


 光焔は、おどおどし始める。

 朧は、怒っているのではないかと悟ったのだろう。 

 もし、光焔が狙われている事を知りつつ、あえて、静居にさらわせたなどと話せば、朧達が、怒るのは、目に見えて分かる。

 だが、柚月は、光焔の前に出て、話すと告げた。

 光焔をかばったのだ。

 柚月は、語り始める。

 黄泉の乙女から、静居が、光焔をさらい、妖にしようとしている事を聞かされ、それを利用して、深淵の鍵を手に入れようと。

 そのために、綾姫達には、神々を復活させるために、神聖山に向かってもらい、光城を手薄状態にして、静居に狙わせる機会を与えた事を。


「それ、本当かよ」


「ああ、本当だ」


「そういう事だったか」


 九十九は、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。 

 柚月が、光焔を危険な目に合わせたなどと信じたくないのだろう。

 彼は、常に、仲間を守ろうと動いてきた。

 だからこそ、信じられないのだ。

 だが、柚月は、肯定する。

 もちろん、光焔が提案した事だという事は、伏せて。

 千里は、納得していたが、眉をひそめ、朧は、無言のまま、うつむいていた。

 まるで、柚月を責めているかのようだ。


「み、皆、これは、わらわが……」


「いいんだ。光焔。これは、俺が、提案したんだ」


 光焔は、自分が初めに提案した事だと告げようとする。

 だが、柚月は、自分が提案したと偽った。

 自分の責任にしようとしているのだろう。

 朧は、顔を上げ、柚月へと歩み寄る。

 そして、何も言わず、いきなり、柚月を殴りつけた。


「がっ!!」


 朧に殴られた柚月は、床に倒れ込む。

 これには、九十九も、千里も、驚いているようだ。

 朧は、温厚だ。

 それゆえに、仲間を殴ったところは、見た事がない。

 しかも、柚月なら、尚更だ。

 朧は、兄である柚月を慕っていたのだから。

 そのため、九十九と千里は、動揺を隠せなかった。


「兄さんは、すごいよ。神々も復活させたし、深淵の鍵も手に入った。でもな……」


 朧は、今回、柚月に救われたと感じている。

 柚月のおかげで、神々も復活し、深淵の鍵も手に入れることができたのだ。

 だが、朧は、こぶしを握り、体を震わせている。

 まるで、怒りを抑えきれないようだ。


「光焔を悲しませることだけは、二度とするな!!」


「すまない……」


 朧が、柚月を殴った理由は、光焔を悲しませたからだ。

 妖になってしまった光焔は、元に戻ることをあきらめ、殺してほしいと懇願した。

 それは、朧にとっても、悲しかった事だ。

 光焔を危険な目に合わせ、悲しませたことを許せなかったのだろう。

 柚月は、謝罪する。

 それが、光焔が提案した作戦だったと言えど、自分の責任だと感じているようだ。

 光焔を止めるべきだったのかもしれないと、思っているのだろう。

 朧は、柚月に背を向け、大広間を出てしまう。

 光焔は、戸惑い、九十九と千里は、困惑していた。



 その後、朧は、一人、部屋に閉じこもった。

 夜になっても、部屋を出ようとしない。

 まるで、考え事をしているかのようだ。

 光焔が、綾姫達と空巴達を帰還させたことは、わかっている。

 だが、柚月が、真相を語ったのかは、わからない。

 朧は、柚月を殴りつけた手を見つめている。

 未だに、痛みが残っているような感覚に陥っている。 

 柚月を殴ったのは、生まれて初めてだ。

 朧は、柚月を尊敬している。

 ゆえに、自分が、柚月を殴るとは思ってもみなかったのであろう。

 許せなかったとはいえ、柚月を殴った事を反省しているようだ。

 そんな時であった。


「お、朧」


「ん?」


「入っていい?」


「……いいよ」


 光焔が朧に声をかける。

 朧が、怒っていると思い、恐る恐る尋ねたのだ。

 朧は、少し、間を空けてしまったが部屋に入っていいと、いい、光焔をそっと御簾を開け、部屋に入った。

 だが、彼は、反省しているようだ。

 うつむいて、入ってきた。


「朧、ごめんなのだ」


「どうして?」


「あの作戦は、最初に、わらわが提案したのだ。わらわは、わざと静居に捕まろうとして……。だから、柚月は、悪くないのだ」


 光焔は、朧に謝罪する。

 責任を感じていたようだ。

 朧が柚月を殴ったのを目の当たりにして。

 柚月は、自分の我がままを聞いただけであり、何も悪くない。

 そう言いたかったのだろう。

 目に涙を浮かべている光焔。

 本当に、反省しているようだ。

 そんな光焔に対して、朧は、優しく頭を撫でた。


「ごめん、後で、気付いたんだ。兄さんが、光焔を危険な目に合わせるはずないよな……」


「……」


 朧は、気付いていたようだ。

 光焔が提案した作戦だったのだと。

 柚月が、本当に、光焔を危険な目に合わせるはずがない。

 冷静さを取り戻し、察したのだ。

 それゆえに、朧は、反省していた。

 光焔は、うつむき、黙ってしまった。

 何も言えなくなってしまったようだ。 


「もう、駄目だぞ。こんな事」


「うむ」


 朧は、兄のように優しく注意する。

 光焔は、朧が、怒っていない事を知り、強くうなずいた。

 まるで、弟のように。


「で、あれから、兄さんは、どうなったんだ?」


「綾姫達にも正直に話したのだ。けど、殴られた」


「やっぱりな」


 朧は、光焔に、綾姫達が光城に戻ってきた後、どうなったのかを尋ねる。

 光焔曰く、柚月は、綾姫達に真相を明かしたようだ。

 今度は、光焔も、自分が最初に提案したのだと告げて。

 だが、綾姫達に、ボコボコにされたらしい。

 光焔を止めるべきだったと責められて。

 もちろん、自分達に言わなかったことも許せなかったようだ。

 その後、柚月は、反省し、九十九と千里に慰められたらしい。

 そして、綾姫達に謝罪し、ようやく、許してもらえたようだ。

 朧は、綾姫達も、怒るだろうと予想していたようで、納得していた。

 その時であった。


「朧……ちょっと、いいか?」


「……うん」


 柚月が、恐る恐る朧に尋ねる。

 反省しているのだろう。

 朧に始めて殴られたのだから。

 朧は、少し、間を置きながらもうなずく。

 すると、柚月は、御簾を上げ、入ってきた。

 だが、その表情は、綾姫達に、ボコボコに殴られたため、張れ上がっていた。


「ぷっ」


「お、おい!」


 柚月の顔を見た朧は、思わず吹き出してしまう。

 綾姫達は、相当、怒っていたようだ。

 自分と同じくらいに。

 柚月は、思わず、突っ込みを入れてしまった。


「ご、ごめん。おかしくて」


「わ、笑うなって」


「ごめんごめん。ほら、座って。話があるんだろ?」


「……ああ」


 ボコボコにされた柚月の表情は、おかしくて仕方がない。

 朧は、笑いを抑えきれなかった。

 柚月は、困惑しながらも、制止し、朧は、柚月に座るよう促した。

 気付いていたのだ。

 柚月は、自分に話があって部屋に入ってきたのだと。

 朧の前に、座る柚月。

 だが、その表情は、どこか、暗い。

 本当に、反省しているようだ。


「あのな、朧……その……」


「えっと、ごめん……殴って」


「え?」


「痛かったよな?」


 柚月は、口ごもりながらも、謝罪しようとする。

 だが、その前に、先に、朧が頭を下げて、謝罪した。

 気にしていたようだ。

 許せなかったとはいえ、柚月を殴ってしまった事を。

 それも、思いっきり。

 朧に尋ねられた柚月は、首を横に振った。


「いや、大丈夫だ。俺も、すまなかった。何も言わないで」


「ううん。逆に助かった。兄さんがいなかったら、俺達は、助からなかったと思う。やっぱ、兄さんには、敵わないや」


「お前も、気付くから、すごいよ」


「そうか?」


 柚月も、謝罪するが、朧は、柚月のすごさを改めて、実感したらしい。

 柚月のおかげで、神々も復活し、深淵の鍵も、手に入ったのだから。

 だが、柚月にしてみれば、違和感に気付く、朧の方がいすごいと思っているようだ。

 朧は、自覚していないらしいが。

 お互い謝罪したためか、柚月も、朧も、笑みを浮かべる。

 光焔も、安堵したようで、微笑んでいた。

 柚月と朧が、仲直りしてくれたのだと察して。


「明日は、深淵の界に行くんだよな?」


「ああ」


「うまくいくといいな」


「そうだな」


 柚月達は、格子窓から夜空を眺める。

 明日は、深淵の界に行く予定だ。

 笠斎達と結託して、静居の野望を打ち砕くために。

 笠斎達が、どのような決断をするかは、不明だ。

 それでも、柚月達は、説得をしようと思っている。

 決意しているからだ。

 全てを取り戻すために。

 静居に戦いを挑むために。

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