第百九話 異様な座敷童
勝吏達と死闘を繰り広げ、勝吏の猛攻を受けてしまい、気を失った柚月は、部屋で眠りについている。
体中に巻かれている包帯が痛々しい。
それほどの重傷を負ったのだろう。
柚月は、意識を取り戻したようで、ゆっくりと目を開けた。
「ん……」
「気がついたどすな」
「良かったわぁ」
柚月は、目を開け、瞬きすると、ぼやけた視界がはっきりと見えてくる。
すると、彼の目に映ったのは、心配そうに自分を覗き込んでいる撫子と牡丹の姿だ。
柚月が、意識を取り戻したことに対して、安堵しているようだ。
心配をかけてしまったのだろう。
「お、俺は……」
柚月は、ゆっくりと起き上がる。
すると、痛みをまるで感じない。
重傷だったというのに、すっかり、治ったようだ。
見た目とは裏腹に。
柚月は、目を見開き、体を動かすが、やはり、痛みは消えていた。
「怪我が、治ってる?」
「あねさんが、治してくれたんや」
「帝が?」
柚月は、不思議そうに、呟くと牡丹が、柚月が抱いている疑問に答えてくれる。
なんと、柚月の怪我を治してくれたのは、撫子らしい。
しかし、帝は、聖印一族ではない。
もちろん、治癒術は習得できるものもいる為、珍しくはないが、あれほどの傷をすぐに治すことは容易ではないのだ。
そのため、柚月は、どのようにして、治したのかと問いかけようとしていた。
「神薙は、治癒能力がありますんや」
「そうでしたか、ありがとうございます」
柚月が、問いかける前に、撫子が答える。
なんと、撫子が持つ宝器・神薙には、治癒能力が備わっているらしい。
思えば、撫子も、七大将軍達も、今まで、死闘を繰り広げてきたが、生き残れたのは、神薙の治癒能力があっての事なのかもしれない。
本当に、撫子には、世話をかけてしまったようだ。
柚月は、首を垂れ、撫子に感謝した。
「光焔は……」
「すんまへん。連れていかれてしもうたんや」
「い、いえ。俺の力不足ですから」
柚月は、光焔のことについて、確かめるように撫子に尋ねる。
もちろん、柚月は、光焔が、勝吏達に連れていかれるのをこの目ではっきりと見ている。
それでも、信じたくなかったのだ。
光焔が、連れ去られたなどと。
だが、撫子は、申し訳なさそうに、答える。
責任を感じているのだろう。
かえって、辛い思いをさせてしまったようだ。
柚月は、反省し、首を横に振った。
これは、自分の責任なのだと。
「朧達は?」
「大広間におります」
「光焔はんの奪還するために、作戦を立ててるんや」
「そうですか。わかりました」
気まずくなり、沈黙が流れそうになるが、柚月は、質問を続ける。
朧達の事も気がかりであったからだ。
朧達も、重傷を負っている。
撫子が、治してくれたであろうが、今も眠りについているのではないかと、心配しているようだ。
牡丹が、撫子の代わりに答える。
どうやら、皆、大広間にいるらしい。
自分より、先に目覚めたようだ。
光焔を連れ戻すため、作戦を立てていると知った柚月は、立ち上がった。
「行くんか?」
「はい。俺も、光焔を取り戻したいと思ってますから」
牡丹は、柚月に問いかける。
目覚めたばかりなのに、もう、大広間に行こうとしているのかと悟って。
いや、半ば、あきれているのだ。
無理しすぎだと。
そう言いたかった牡丹であったが、そうも、言っていられないのだろう。
何せ、光焔が、さらわれたのだ。
居ても立っても居られないのであろう。
撫子も、牡丹も、柚月の心情を察している為、あえて、それ以上は、問いかけなかった。
柚月は、うなずき、答える。
やはり、光焔の為に、動くつもりのようだ。
撫子達は、反論せずに、部屋を出る柚月を見送った。
柚月は、大広間へと入る。
大広間には、朧、九十九、千里が、話し合っていた。
光焔をどう奪還するかと。
だが、柚月が入ってきたことに気付いたようで、朧達は、一斉に、視線を柚月の方へと向けた。
「兄さん、もう、大丈夫なのか?」
「ああ」
朧は、柚月に問いかける。
正直、柚月が一番ひどかったのだ。
勝吏の猛攻を受けたのだ、当然であろう。
ゆえに、朧は、柚月の身を案じたのだが、柚月は、うなずく。
やはり、撫子のおかげで、怪我は治ったようだ。
「光焔の事、取り戻しに行くんだな」
「おう」
「あいつは、俺達の仲間だからな」
柚月は、問いかけると、九十九と千里が同時にうなずく。
光焔は、仲間だ。
だからこそ、取り戻そうと作戦を立てていたのだ。
たとえ、困難が待ち構えていたとしても。
「俺達、聖印京に乗り込もうと思ってるんだけど、兄さんは、どう思う?」
「そうだな……」
朧は、光焔を取り戻すために聖印京に乗り込むことを提案し、柚月に尋ねる。
柚月は、腕を組み、思考を巡らせた。
確かに、光焔を取り戻すためには、聖印京に乗り込まなければならない。
だが、必ずしも、危険が伴う。
自分達は、聖印寮にとっては、敵だ。
ゆえに、一筋縄ではいかないであろう。
だが、悠長に、考えてもいられない。
そう思うと、どうするべきか、柚月は、考えていたようだ。
だが、その時であった。
突然、大きな揺れが柚月達を襲ったのは。
「な、なんだ!?」
「何が、起こってやがる!?」
空に浮かんでいる光城が揺れるなどと、あり得ないはずだ。
ゆえに、何者かが、攻撃を仕掛けたとしか思えない。
そう判断した柚月達は、格子窓から、外を眺める。
すると、柚月達の目に見えたのは、銀色の髪と目が特徴的な座敷童の姿をした巨大な妖であった。
「あ、あれは、妖!?」
朧は、あっけにとられている。
確かに、目の前にいるのは、妖だ。
だが、光焔が結界を張っているため、妖達は侵入できないはずだ。
もしかしたら、光焔の身に何かあったのではないだろうか。
最悪の場合、殺されている場合もあるかもしれないと頭をよぎったが、光城が空に浮かんでいるという事は、光焔は、まだ、生きていることになる。
なぜかは、わからないが、光城は、光焔の力により、浮かんでいるのだから。
座敷童は、雄たけびを上げる。
すると、妖気が、柚月達にも伝わってきた。
「凄まじい妖気だ……」
「おい、あれ、やべぇぞ……」
九十九も、千里も、危機を察している。
あの座敷童は、ただ者ではないと。
「兄さん……」
朧が、柚月へと視線を向ける。
柚月が、どうするつもりなのか、答えを待っているのだろう。
冷静な判断をしてくれるのは、柚月だとわかっているからだ。
勝吏達と同じように大広間まで誘導するか、または、屋根の上に登り、外で妖を迎え討つか、どちらの方法をとるつもりなのかと。
「行くぞ、あれを中に入れるな!」
柚月が下した判断は、屋根の上に登り、外で妖を迎え撃つという選択であった。
このまま、中に入れるのは、危険だと判断したのだろう。
朧達も、柚月の判断を受け入れ、外へ向かおうとする。
だが、その時だ。
あの座敷童が、一瞬にして、大広間に入り込み、柚月達の前に現れたのは。
「っ!」
柚月は、気配を察知し、とっさに振り返る。
座敷童は、瞳に殺気を放ち、柚月達をにらみつけていた。
柚月は、後退し、座敷童と距離をとった。
「こいつ、いつの間に!」
朧は、驚愕しながらも、構える。
座敷童は、先ほどまで、外にいたというのに、一瞬にして、大広間に入ってきたからだ。
これは、ただ者ではない。
夜深が、生み出した妖なのだろうか。
「ぐああああああっ!!!」
ただ、柚月達をにらみつけていた座敷童は、雄たけびを上げる。
音圧で、柚月達は、吹き飛ばされそうになるが、何とか、持ちこたえた。
音圧だけで、威力を発揮した座敷童。
今まで、戦ってきた妖達とは、異なるようにも思える。
天鬼のような強さはない。
だが、異様と言っても過言ではない。
この座敷童は、他の妖と、どこか違う。
そう、思えてならなかった。
「やるしかない!」
柚月達は、刀を鞘から抜き、構える。
座敷童は侵入してしまったのだ。
もはや、戦うしかない。
刀を目にした座敷童も、構え始めた。
瞳に殺気を宿しながら。
「行くぞ!」
柚月達は、座敷童に向かっていく。
座敷童は、長い髪を鞭のように変え、柚月達を薙ぎ払うように、振るう。
柚月達は、いとも簡単に回避するが、座敷童は、光の玉を生み出し、飛ばし始める。
しかも、まっすぐではない。
曲線を描くように曲がり始める。
この変則的な動きをする光の玉を柚月達は、切り裂きながら、進もうとするが、座敷童は、すぐさま、髪を鞭のように振るい始める。
座敷童の二つの攻撃に、柚月達は、ほんろうされつつあった。
「千里!」
朧は、千里の名を呼び、千里を憑依させる。
空を飛びながら、座敷童の元へ向かっていくようだ。
これなら、長い髪や変則的な光の玉をうまく回避できるであろう。
だが、朧よりも先に、九十九が、先陣を切って、座敷童の元へ到達する。
野生の勘が働いたからなのか、髪や光の玉を切り裂きながら、進んだのだ。
座敷童は、怒りを露わにしたのか、唸り声を上げながら、鋭利な爪を伸ばして、九十九を切り裂こうとする。
九十九は、紅椿を頭の上にあげ、爪を防ぎきった。
「行け!柚月!朧!」
九十九が、座敷童の相手をしている間に、柚月と朧は、座敷童の元へ到達する。
柚月も跳躍し、朧と共に座敷童を切り裂こうとした。
しかし、座敷童は、再び、雄たけびを上げ、柚月達は、音圧で、体勢を崩してしまう。
柚月達が、ひるんだ隙に、座敷童は、光の玉を放ち、柚月達は、かわすことができず、直撃してしまった。
「くっ!」
朧は、柚月の腕をつかみ、体勢を整え、床に着地する。
朧のおかげで、床にたたきつけずには済んだのだが、歯を食いしばり、座敷童を見上げた。
――朧、大丈夫か?
「うん。でも……」
千里は、朧の身を案じる。
柚月達の怪我は、軽症ではあるが、苦戦していると言っても過言ではない。
座敷童の元へ到達しても、音圧により、体勢を崩されてしまうからだ。
座敷童を討伐するには、一筋縄ではいかない。
それでも、座敷童は、容赦なく、柚月達をにらみつけていた。
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