第百十話 座敷童の正体
柚月は、額から流れる汗をぬぐう。
あの座敷童を討伐する方法が思いつかない。
彼は、ただ、図体が大きいだけではない。
変則的であり、予測不能な攻撃を仕掛けてくる。
加えて、あの音圧だ。
攻撃を回避できたとしても、あの音圧を突破できなければ、どうしようもない。
「こいつ、かなり、強そうだな」
「ああ」
柚月と九十九は、座敷童を見上げながら舌を巻く。
ただ、睨まれているだけなのだが、その威圧感が、恐ろしく感じた。
――手ごわそうだ。朧、やれるか?
「やるしかないさ。こいつを倒して、光焔のところに行かないと……」
千里は、朧に問いかける。
もはや、戦うしかないのだ。
そうでなければ、光焔の命が危うい。
静居が、光焔の命を奪う前に、座敷童を倒し、聖印京へ向かわなければならないのだ。
もう、猶予はない。
ゆえに、柚月達は、内心、焦燥に駆られていた。
座敷童は、髪を振るい、光の玉を飛ばし始める。
柚月は、切り裂きながら、向かい、朧は、回避しながら、飛んでいく。
九十九は、その髪を切り裂きながら、跳躍し、座敷童を斬りかかろうとするが、あの光の玉が、九十九に襲い掛かった。
「がはっ!」
「九十九!」
九十九は、光の玉に直撃し、吹き飛ばされ、座敷童が、髪を振るって、九十九に襲い掛かろうとするが、朧が、憑依化を解除させ、すぐさま、九十九を憑依させた為、難を逃れる。
千里も神刀に変化し、朧は、手にした。
朧は、床の上に降り立ち、構えた。
「大丈夫か?」
――お、おう。ありがとうな。
朧は、九十九の身を案じる。
朧が、とっさに、九十九を憑依させていなければ、座敷童の猛攻をその身に受けていただろう。
そう思うと、九十九は、朧に感謝していた。
だが、座敷童の元へ到達するのも至難の業のように思えてならない。
時間はないというのに。
柚月達は、焦燥に駆られそうになりながらも、冷静さを保ち、座敷童に向かっていく。
柚月は、聖印能力・異能・光刀を発動し、光速で、座敷童の元へ到達した。
これで、音圧を発動する事も、困難を極めるだろう。
一撃を放てば、座敷童を討伐できるはずだ。
そう、確信を得た柚月は、構える。
だが、座敷童は、柚月の光速移動に、反応したのだ。
予想外の反応に、柚月は、驚愕し、隙を生み出してしまい、座敷童は、髪で柚月を薙ぎ払った。
「ぐっ!!」
柚月は、吹き飛ばされ、床にたたきつけられる。
座敷童は、容赦なく、爪を柚月に向かって振り下ろした。
「兄さん!」
朧と千里は、柚月の元へ向かおうとするが、髪と光の玉に遮られ、進むことすらできない。
座敷童の爪が、今にも、柚月を捕らえようとしていた。
だが、その時だ。
座敷童が動きを止めたのは。
しかも、体を震わせて。
「止まった?」
――どうしたんだ?
朧も、九十九も、驚愕し、戸惑っている。
なぜ、座敷童は、柚月を殺そうとしなかったのだろうか。
いや、座敷童は、抵抗しているようにも見える。
今までの戦いは、まるで、操られていたかのようだ。
「やだ……」
「え?」
座敷童が、初めて、言葉を発する。
だが、声が震えているためか、聞き取れない。
柚月は、立ち上がり、座敷童を見上げていた。
座敷童から、殺気が消えていたからだ。
彼は、九十九達と同じで、破壊衝動に駆られていたのかもしれない。
柚月達を殺そうとしているのではなかったようだ。
「嫌だ……嫌なのだ……。柚月達を殺したくない……」
座敷童は、声を震わせながら、訴える。
抵抗し続けているようだ。
その声は、聞いたことのある声だ。
まるで、子供のように無邪気な声。
そして、特徴的な言葉遣い。
彼の声を聞いた時、柚月達は、座敷童の正体に気付き始めた。
「まさか、あの妖は……」
「光焔、なのか?」
なんと、あの座敷童は、光焔だったのだ。
柚月も、朧も、目を見開き、驚愕している。
静居は、光焔までも、自分の駒として、扱った。
それも、柚月達に、殺させるためだ。
自分の手を汚すことなく。
本当に、卑劣な男だ。
あの男だけには、和ノ国を奪わせたくない。
柚月達は、心の底から、静居の非道な行いに対して、憤りを感じていた。
「助けて……誰か、助けてほしいのだ……」
「光焔!聞こえるか!」
「今、助けるからな!」
光焔は、助けてほしいと願う。
もちろん、柚月達は、光焔を助けるつもりだ。
彼を助ける策はない。
だが、一刻も早く助け出さねば、光焔は、再び、破壊衝動に駆られてしまうだろう。
柚月達は、光焔の元へ向かっていくが、光焔は、自分の意思とは関係なく、柚月達を攻撃してしまう。
柚月達は、髪や光の玉を喰らい、吹き飛ばされてしまう。
もはや、光焔は、暴走状態に陥っていると言っても、過言ではなかった。
「止められない!止められないのだ!!」
光焔は、泣きながら暴れてしまう。
自分の意思とは無関係に体は、動き、止められないのだ。
柚月達を殺したくないのに……。
――あいつ、もしかして……。
――ああ、間違いない。破壊衝動が、抑えられなくなってるんだ。
九十九と千里は、察する。
光焔は、破壊衝動を抑えきれなくなっているのだ。
意思を取り戻しても。
「そんな、光焔が……」
「静居と夜深の仕業か……」
柚月と朧は、愕然とし、こぶしを握り、震わせる。
怒りを止められそうにないのだ。
静居と夜深を今すぐにでも、殴ってやりたい。
光焔を傷つけたのだから。
それでも、柚月達は、光焔を助けようと試みる。
まだ、あきらめてはいなかったのだ。
しかし……。
「皆、お願いがあるのだ」
「え?」
「わらわを殺してほしいのだ」
「お前、なに言って……そんな事できるわけないだろ!!」
光焔は、懇願する。
自分を殺してほしいと。
柚月達は、戸惑ってしまう。
光焔を殺せるはずがないのだ。
光焔は、大事な仲間なのだから。
「わかってるのだ。わらわは、柚月達を殺したくない。でも、もう、戻れないのだ。だから、お願いなのだ」
光焔は、すでにあきらめてしまっているようだ。
破壊衝動が膨れ上がっていくのを感じているのだろう。
それゆえに、もう、自分は、元には戻れないと察しているようだ。
ならば、柚月達を殺す前に、自分が死ぬしかない。
だが、自害する事も不可能だ。
だから、願ってしまった。
柚月達に殺してほしいと。
光焔の言葉を聞いた九十九は、朧に憑依したまま、怒りを露わにし、朧も九十九の怒りを感じ取っていた。
――ふざけんじゃねぇぞ
「え?」
――ふざけんなって言ってんだよ!!
九十九が、声を荒げる。
怒りを抑えきれなかったようだ。
あきらめてしまった光焔に対して。
――殺したくもねぇ相手を殺すって言うのはな、死ぬほどつれぇんだよ!!生きたって、死んだって、罪は償いきれねぇほどにな!!
「九十九……」
かつて、九十九は、愛しい人を殺したことがある。
母親の明枇と恋人の椿を。
仕方がなかったという言葉で片づけられるはずがない。
九十九が、犯した罪は、常に、九十九を責め続けた。
生きていても、死んでいても、罪は、簡単に償えない。
九十九は、それを知っている。
だからこそ、柚月達に、同じ辛い思いをさせようとしている光焔が、許せなかったのだ。
――光焔、お前の気持ちは、よくわかる。だがな、あきらめるな。まだ、策はあるはずだ!
「千里……」
千里も、光焔を説得し始める。
あきらめてしまう気持ちもわかるからだ。
自分の意思と関係なく、大事な仲間を傷つけてしまう恐れ、殺してしまう恐れ。
そして、それに耐えられなくなる恐れ。
どれも、千里は、経験している。
だからこそ、光焔の気持ちを理解しているのだ。
だが、千里は、あきらめていなかった。
光焔を救うことを。
「光焔は、どうしたい?本当のことを教えてほしいんだ」
「朧……」
「助けてほしいなら、助けてやる。だから、言ってみろ。光焔」
「柚月……」
朧は、光焔に尋ねる。
どうしたいのかを。
光焔の本心を知りたいのだ。
そして、柚月も、光焔に語りかけた。
光焔の本心を見抜いているからこそ。
光焔は、涙を流し始めた。
「わらわは……助けてほしい。助けてほしいのだ!!」
光焔は、柚月達に助けてほしいと懇願した。
それが、光焔の本心であり、願いなのだ。
柚月達は、うなずき、光焔を必ず、助けると誓った。
しかし……。
「ぐあああああっ!!!」
「光焔!!」
「兄さん!」
光焔は、再び、雄たけびを上げ始める。
それも、苦しそうだ。
破壊衝動が、光焔を襲っているのだろう。
柚月は、光焔を助ける為に、向かっていく。
光焔は、暴れまわるように、爪を柚月に向かって振り下ろした。
だが、その時であった。
柚月の体が光り始めたのは。
朧は、危機を感じて、向かおうとするが、光で目がくらみ、思わず、目を閉じてしまった。
朧は、ゆっくりと目を開ける。
すると、信じられない光景が朧の目に映っていた。
「え?」
朧は、目を見開き、驚愕する。
九十九も、千里も、同様に。
なぜなら、光焔の目の前にいたのは、柚月ではなく、なんと、黄泉の乙女であったからだ。
「わかったよ。君を助けてあげよう。光焔」
「貴方は……黄泉の乙女?」
黄泉の乙女は、母親のように、優しく、光焔に語りかけた。
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