第百六話 親と子、師と弟子

 朧、千里は、虎徹と激しい戦闘を繰り広げている。

 虎徹の一撃が重く感じる。

 餡枇が、耐え切れず、折れてしまいそうだ。

 刃が、かすめただけだというのに、傷が深いと感じる。

 千里を憑依させたいところだが、隙がない。

 朧達は、劣勢を強いられていたのであった。 


「朧!俺を神刀に!」


「駄目だ!師匠の聖印能力と宝刀は、危険すぎる!」


「だが……」


 千里は、自分を神刀に変えるよう懇願するが、朧は、それを拒否した。

 虎徹の聖印能力・異能・重鉄と生里の力が組み合わせれば、千里でさえも、耐えられなくなるだろう。

 折れてしまうかもしれない。

 鉛ノ型が、発動されただけでも、一撃が重いというのに。

 そう考えると、朧は、千里を神刀にすることは、できなかった。

 ゆえに、千里を神刀に変えるのではなく、憑依させることで、その場をしのぐしかない。

 そう考えた朧は、足を踏み込み、突きを放つ。

 少しでも、隙を生み出せるように。

 だが、詰めが甘かった。

 虎徹は、朧の餡枇をはじき、異能・重鉄を発動して、朧に襲い掛かろうとしたのだ。

 鉄が、朧に迫ってくる。

 だが、その時であった。


「おらあっ!!」


 九十九が跳躍し、強引に、朧と虎徹の間に割って入る。

 そのまま、紅椿を振りおろし、虎徹は、とっさに、後退し、距離をとった。


「九十九!」


 朧と千里は、九十九の元へと駆け寄る。

 まさか、九十九が、駆け付けるとは、思いもよらなかったのであろう。

 二人とも、驚愕している。

 同時に、柚月が、今、一人で勝吏と対峙しているという事に気付き、柚月の身を案じたいところだが、そうも言っていられない。

 なぜなら、虎徹は、構えている。

 それも、瞳に殺気を宿して。


「朧、千里を信じてやれ!」


「けど……」


「千里は、お前の相棒だろ?お前が、信じてやらねぇでどうすんだよ」


 九十九は、朧に千里を信じ、神刀に変えるよう説得する。

 それでも、朧は、躊躇した。

 千里の身に、もしもの事があったらと思うと、変えられるはずがないのだ。

 だが、千里は、朧の相棒だ。

 だからこそ、朧が、千里を信じなければならなないのだ。

 九十九が、柚月を信じたように。


「わかった!」


 九十九に説得された朧は、うなずく。

 千里を信じると。

 虎徹が、朧の元へと向かっていく。

 それも、速度を上げて間合いを詰めるつもりだ。


「行くぞ!」


 朧が、すぐさま、聖印能力を発動する。

 千里を神刀へと変え、そして、九十九を憑依させた。 

 右手に千里を、左手に餡枇を手にした朧は、構える。

 虎徹が、自分のこぶしを鉄と化し、朧を殴りつけようとするが、朧は、千里で食い止め、餡枇に火を纏わせ、九尾ノ炎刀を発動し、虎徹を退けた。

 しかし……。


――くっ!


「千里!?」


 千里がうめき声を上げる。

 やはり、一撃が重かったようだ。 

 朧は、千里を見やるが、日々は入っていない。

 だが、それでも、千里は、骨を折られたかもしれない。

 朧は、千里の身を案じ、千里を元に戻すか、葛藤していた。

 信じなければならないと思っているのに……。


――……大丈夫だ。問題ない。


 千里は、朧の不安を取り除くように、大丈夫だと言うが、やはり、無理をしているようだ。

 九十九を憑依させ、右手に千里を、左手に餡里を手にした状態は、強いのだ。

 もちろん、千里を憑依させ、九十九と連携をとる事もできる。

 だが、今は、これが、最善なのだ。

 虎徹と互角に渡り合うためには。

 ゆえに、千里も、戻るつもりなどなかった。

 このまま、耐えると覚悟を決めて。


――来るぞ!朧!


「うん!」


 次の一撃が来る。

 九十九は、虎徹の殺気を感じた。

 虎徹が、再び、生里で、朧に斬りかかる。

 朧は、千里と餡枇を交差させ、とっさに、防御態勢を取る。

 もちろん、餡枇を前に出してだ。

 朧は、生里を弾き飛ばし、すぐさま、虎徹に斬りかかる。

 だが、虎徹は、餡枇を素手で、受け止め、朧を強引に引きよせる。

 だが、九十九を憑依させた朧は、強引に引き下がり、千里で虎徹を斬りつける。

 虎徹は、生里で防ぎ、千里をはじいた。


――さすがに、重い一撃だな。朧が渋るわけだ……。


 生里や重鉄を受け止めた千里は、改めて感じ取る。

 一撃が重いと。

 生身で受け止めているようなものだ。

 衝撃は、計り知れない。

 もしかしたら、最初の一撃で骨が折れているかもしれないと錯覚しているくらいだ。 

 朧が、懸念していた理由も悟った。


――だが、耐えてやる。絶対にな!


 それでも、千里は、耐え抜くと決意する。

 たとえ、どれほどの衝撃が来たとしても。

 そうでなければ、虎徹に勝つことは不可能だ。

 朧の為にも、千里は、無理をしてでも、耐えた。



 戦いは、さらに激しさを増している。

 柚月と勝吏は、聖印能力を駆使して、死闘を繰り広げている。

 朧も、九十九を憑依させ、千里を神刀に変えて、虎徹と戦っている。

 牡丹も、撫子も、保稀もだ。

 皆が、光焔を守るために、戦っている。

 同じ一族であり、親であり、兄弟であり、友である者と。

 

「皆……」


 光焔は、戸惑っている。

 自分のせいで、柚月達が、傷ついているからだ。

 体も、心も。

 そう思うと、光焔は、心が痛んだ。

 自分を守るために、戦わせてしまっている事に対して。


――わらわは……わらわは、どうしたらいいのだ!


 光焔は、戦いの最中、葛藤を繰り返す。

 このまま、追い返すまで、戦い続けるか。

 それとも、柚月達を守るために、自分の身を差し出すか。

 どちらが、正しいのかは、光焔も、判断できない。

 どちらも、柚月達を傷つけることになるのだから。

 だが、その時であった。


「うあああっ!!」


「柚月!?」


 柚月の絶叫が響き渡る。

 雷の音と共に。

 光焔達は、思わず、柚月の方へと視線を向ける。

 彼らが、目にしたのは、雷の輪に巻きつかれ、全身、雷に覆われた柚月の姿であった。

 衝撃的だった。

 勝吏は、本気で、柚月を殺そうとしているのだ。

 雷が、止むと、柚月は、仰向けになって倒れ、痙攣をおこし始める。

 しびれるような痛みではない。

 まだ、全身に、雷が襲い掛かっているような痛みが柚月を襲っているのだろう。

 痙攣を何度も起こし、うめき声をあげ、収まったかと思うと、柚月は、その場で動かなくなってしまった。


「兄さん!?」


「どこを見てるんだ?」


 朧も、思わず、視線をそらしてしまう。

 だが、虎徹は、その隙を逃さなかった。

 すぐさま、間合いをつめ、朧の元へと迫った。


「っ!」


 朧は、虎徹の殺気を感じ、振り向くが、時すでに遅し。

 虎徹は、朧の腹を殴りかかろうとしたのだ。

 朧は、とっさに、防ごうとするが、それすらも間に合わない。

 そのため、朧は、九十九と千里を守るために、憑依化を解除し、千里を元に戻した。

 その直後、朧の腹に、衝撃が走る。

 虎徹に、殴られたからだ。

 あばらが何本も折れる音が体内で響いた。


「かはっ!」


「朧!」


 朧は、そのまま、吹き飛ばされ、床の上にたたきつけられる。

 九十九と千里は、無事であったものの、朧の身を案じて、すぐさま、朧の元へと駆け寄った。

 朧は、血を吐き、額に汗をにじませ、目をきつく閉じていた。


「また、お前は、俺を……」


「当たり前だろ?九十九は、俺の親友なんだから……」


 朧は、九十九と千里を守るために、自ら、犠牲となったのだ。

 これで、二度目。

 また、朧に守られてしまった。

 守るために、来たというのに。

 こぶしを握りしめる九十九。

 それでも、朧は、九十九は自分の親友だから、守るのは、当たり前だと告げた。

 勝吏と虎徹は、柚月と朧に迫っている。

 撫子達は、交戦中で二人の元へは向かえない。

 柚月と朧は、窮地に陥ろうとしていた。


「九十九、お前は、柚月の所へ行け!」


「おう!」


 千里は、九十九に柚月の元へ向かうよう告げる。

 このままでは、柚月は、本当に勝吏に殺されてしまうからだ。

 九十九も、勝吏に柚月を殺させたくない。

 いくら操られていたからと言えど、柚月を殺した事を知れば、勝吏でさえも、耐えられないだろう。

 九十九も、かつて、母親である明枇を手にかけてしまった。

 そして、愛した椿でさえも。

 愛しい者達をこの手にかけるのは、耐えがたい事だ。

 だからこそ、九十九は、柚月を、勝吏を守るために、柚月の元へ向かった。

 千里は、真月を構える。

 朧を守るためだ。

 しかし……。


「妖ごときが、勝てると思うな!」


 虎徹は、力を込めて、千里を殴りつけようとする。

 まるで、妖を憎んでいるかのように。

 千里は、防御態勢を取ろうとするが、虎徹の速度に追いつけず、虎徹は、千里の腹を殴りつけ、千里は、吹き飛ばされた。


「がっ!」


「千里!」


 吹き飛ばされた千里は、床にたたきつけられる。

 光焔は、柚月達の元へ向かおうとするが、月読が、すぐさま、光焔を術でとらえようとするのだ。

 それを、牡丹が守り、防ぐ。

 ゆえに、光焔は、柚月達の元へ向かう事も叶わない状態であった。

 勝吏が、柚月の元へ迫ろうとしている。

 雷渦に雷を纏わせながら、振り上げる。

 柚月を斬り殺すつもりだ。 

 勝吏は、雷渦を振りおろそうとた。

 しかし……。


「待ちやがれ!」


 九十九が、間一髪で、柚月の前に立ちかばう。

 同時に、雷渦が振り下ろされ、雷の刃が、九十九に襲い掛かった。

 九十九は、胸元を切り裂かれ、同時に、全身、雷に襲われる。

 裂傷と電撃が、九十九を襲ったのだ。


「うぐっ!」


「九十九!」


 九十九は、うめき声を上げて、倒れる。

 光焔は、衝撃を受け、体を震わせていた。

 自分のせいで、柚月達が、傷つき、倒れてしまったから。

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