第百話 月と負の感情を宿した血が混ざり合った時
夜深は、本堂にある静居の部屋の格子窓から赤い月を見上げている。
まるで、その赤い月に見入っているようだ。
血に染まったような深紅の赤い月に。
「ふふ、綺麗な月ね。ずっと、見ていたいわ」
「そうだな、夜深」
夜深は、ずっと、格子窓から、赤い月を見ていた。
今日だけではない。
赤い月が出現した日からだ。
傍から見れば、おぞましく感じる赤い月だが、夜深にとっては、美しく見えるのだろう。
まるで、狂気におぼれているようだ。
静居もまた、笑みを浮かべて、赤い月を見上げている。
勝ち誇った表情だ。
「ついに、この時が来たのね。千年、待ったかいがあったわ」
夜深は、千年も待ちわびていたのだ。
赤い月が出現する時を。
だが、千年もの間、赤い月は、何度も出現したはずだ。
確かに、赤い月は、以前とは異なり、毎晩、出現している。
「喜ぶのは、まだ、早いぞ。その時は、まだ、先だ」
「知ってるわ。でも、もう、あの子達は、和ノ国を救うすべを失った。そうでしょ
?」
「その通りだ」
静居は、まだ、自分達の願望が叶うのは、先だと告げる。
どうやら、赤い月が、満月の日と重なるのを待っているようだ。
だが、夜深は、柚月達は、抗うすべを失ったと確信を得ている。
もちろん、静居も、同じことを考えている。
柚月達は、自分達に勝つことすらできなかった。
ゆえに、和ノ国を救うことなどできないのだと。
「だったら、私達の願いも叶ったも同然よ。赤い月の力で、妖達の理性は、失ったわ。今頃、あの子達は、仲間に殺されてるんだから」
「……いや、そうではないらしい」
「え?」
すべがないのなら、自分達を止める事は不可能であり、願望は、叶えられた。
夜深は、そう思っているのだろう。
赤い月が出現する限り、妖達は、破壊衝動に駆られ、理性を失う。
ゆえに、九十九達は、柚月達を襲っている頃合いだろう。
九十九達が、いつまでも、破壊衝動に耐えられるはずがない。
柚月達は、仲間に殺されるのだ。
そして、九十九達も、自滅する。
夜深は、そう推測しているらしい。
だが、静居は、そうは思っていないようだ。
夜深は、驚愕し、動揺し始めた。
「よく見てみろ」
静居は、柚月達の動向を探るよう夜深に促す。
夜深は、困惑したまま、しぶしぶ、目を閉じた。
すると、目に映ったのは、柚月達の姿だ。
柚月達は、今も、生きている。
それどころか、九十九達は、破壊衝動に駆られていない。
穏やかな表情で眠りについていた。
これは、一体どういう事であろうか。
九十九達は、破壊衝動に駆られていないという事なのであろうか。
過去を見始める夜深。
すると、目に映ったのは、光焔が、光を放ち、九十九達の破壊衝動を取り除いた光景であった。
夜深は、ゆっくりと目を開ける。
その目は、憎悪を宿していた。
「……本当だわ。あの坊やが、何かしたみたいね」
「そのようだ。だが、柚月も、何か発動したようだ」
「何かって?」
怒りで気が狂いそうになる夜深。
柚月達は、まだ、抗おうとしているからだ。
しかも、またしても、光焔が、柚月達を救った。
いつも、そうだ。
大戦の時も、妖達に光城を襲わせた時も、光焔が、光を発動し、柚月達を救っている。
勝ったと確信を得た直後にだ。
光焔の存在に対して、忌々しく感じる夜深。
だが、今回、自分達の邪魔をしたのは、光焔だけではない。
静居曰く、柚月も、何か、発動したというのだ。
夜深は、柚月が何をしたのか、問いただす。
「何か」と発言するという事は、静居にも、不明なのだろうか。
「さあな。私がわかるなら、お前も、既にわかっているはずだ」
「それも、そうね」
静居は、夜深の問いに答えるが、どうも、わかっていないらしい。
正体は、不明と言ったところであろう。
それに、もし、静居がわかっているならば、夜深にもわかるはずだ。
指摘された夜深は、納得してうなずく。
だが、不明と言う事は、警戒すべきことなのだろう。
静居も、夜深も、柚月の謎の力に対して、忌々しく感じ、警戒し始めた。
「でも、残念ね。あの子達は、本当に、貴方の思い通りにはならない」
「まったくな」
夜深は、妖艶な笑みを浮かべて、静居に語りかける。
それも、意地が悪そうに。
まるで、怒りの感情を静かに静居にぶつけているようだ。
静居も、夜深も、予想外の事ばかりだ。
柚月達が、抗い、生き延びてきたのだから。
忌々しく思うほどに。
静居も、同じ感情を抱いているのだろうか。
うなずいてはいるが、瞳に憎悪を宿しているかのようだ。
いらだっているのかもしれない。
自分の思い通りにならないのだから。
「殺しておけばよかった?」
「いや、ますます、興味深い」
「貴方なら、そう言うと思ったわ」
夜深は、再び、意地が悪そうに問いかけてみる。
静居は、後悔しているのではないかと、推測しているようだ。
自分達の願いの妨げとなる柚月達が、生き延びてきた。
次で、殺しにかからなければならないほどだ。
切羽詰まっていると言っても過言ではない。
だが、静居は、そうは、思っていないようだ。
自分達に、抗い続ける柚月達に関して、興味深いと思っているようだ。
夜深も笑みを浮かべて、呟く。
たとえ、憎悪を宿しても、静居が、後悔するはずがない。
柚月達が、どれだけ、あがき、生き延びたとしても、最後に自分達に、殺されるのだから。
「で、次は、どうするの?」
「……光焔を手中に収める。あいつは、柚月達にとっては、切り札のようだからな」
「そうね。あの坊やのおかげで、計画通りに進まないんだからね」
夜深は、静居に問う。
次は、どのような卑劣な手段を使うのか。
夜深は、楽しみで仕方がないのだ。
静居は、今度は、光焔を手中に収めると宣言する。
これは、夜深にとって、予想外だ。
だが、悪くはない。
光焔が、自分達の邪魔をしてきたのだ。
彼を手中に収めることができれば、今度こそ、柚月達は、終わる。
柚月達を殺すことができるだろう。
静居も夜深も、そう、予想しているようだ。
「でも、手ごわいわよ?やれるかしら?」
「お前に任せる。お前なら、やれるだろう?」
夜深は、静居に迫る。
光焔は、明らかに、普通の妖とは違う。
柚月達を強制的に光城へ戻し、強力な結界を張り、九十九達の破壊衝動を浄化してしまうのだから。
光焔を手中に収める事は、容易ではないだろう。
だが、静居は、夜深に任せるようだ。
夜深なら、やれると信じているのだろう。
「いいわよ。やってあげる」
夜深は、不敵な笑みを浮かべてうなずく。
よほど、自信があるようだ。
ことごとく、光焔に、邪魔をされても、それを上回る力を持っていると自負しているのだろう。
「しかし、赤い月は、人や妖の血で染まったのが、原因だと思っていたのだが、真実だったようだな」
静居は、改めて、赤い月の事を語る。
赤い月が出現したのは、千年前、妖が現れた時だ。
ゆえに、静居は、赤い月がなぜ、出現したのかは、不明であった。
だが、人や妖の血で染まったのだろうと推測していたようだ。
静居は、気付いていたからだ。
人や妖が命を奪われた時、血が地面に残っていたのだが、一瞬にして消えたのを。
「いいえ、少し違っているわ」
「そうなのか?」
「ええ」
夜深は、静居の推測と実際の現象は、少し、異なっていると語る。
これには、静居も、驚いているようだ。
夜深は、赤い月の真相を知っているらしい。
静居でさえも、知らない事を。
「あの月が吸い取ったのよ。人と妖の血と負の感情を」
「月が吸い取った?」
「ええ。負の感情は、とっても、すごいのよ。負の感情を操れば、力となり、地震を起こすことだってできるんだから。まるで、神の力みたいでしょう?」
「確かにな」
夜深曰く、月は、血で染められたがゆえに、赤い月へと豹変したのではないらしい。
赤い月が、人と妖の血を吸い取ったのだ。
しかも、負の感情も含めて。
まさか、月自身が吸い取っていたとは、思いもよらなかった静居。
興味がわいたようで、夜深に問いかけた。
夜深は、負の感情について、笑みを浮かべて説明する。
負の感情は、集まれば、強大な力となり、大地を揺らすことさえ可能となるようだ。
その負の感情を月が、吸い取るというのは、どういう事なのだろうか。
「その力を操れば、天変地異を引き起こす事は可能なのよ」
「なるほどな」
負の感情を力として操れば、天変地異さえも、起こすことはたやすいようだ。
だんだんと、彼女の狙いが見えてきた。
静居も、笑みを浮かべて、聞いている。
意味深な言葉に、興味を抱いたかのように。
「月は負の力を宿した血を吸い取って、赤い月となるの。これが、赤い月が誕生した理由よ」
赤い月が誕生したのは、負の力を宿した血を吸い取ったのが、原因らしい。
それは、人と妖が、命の奪い合いを続けていたがゆえの事であった。
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