第九十話 彼女達がここにいる理由

 九十九達は、目を見開き、驚愕している。

 いるはずのない彼女達が、目の前にいるのだ。

 まだ、幻にとらわれているのかと錯覚するほどに。


「あの者達は、誰なのだ?」


 彼女達を知らない光焔は問いかける。

 だが、誰も、返事をしようとしない。

 返事をすることすらできないほど、驚愕し、動揺しているのだろう。


「間違いないわ……椿様よ!」


「あの二人は、茜と藍?」


「そのようですね……」


 綾姫は、体を震わせて呟く。

 目に涙を浮かべながら。

 椿は、綾姫にとって憧れの存在。

 姉のように慕っていたのだ。

 目の前にいる彼女は、幻ではない。

 本物だ。

 綾姫は、そう確信していた。

 瑠璃は、二人の少女が、何者なのか、気付く。

 自分が、かつて、朧を助ける為に、封印から解いた安城家の双子の姉妹なのだと。

 つまり、自分の先祖なのだと。

 美鬼も、同意見のようだ。

 だが、確信は、持てない。

 本当に、目の前にいるのは、本物の彼女達なのだろうかと。


「久しぶりに、貴方達の顔を見た気がするわ」


 椿は、微笑みながら呟く。

 彼女が死んでから十年がたっている。

 長いようで短い。

 だが、椿にとっては、久方ぶりであったのだろう。

 九十九や綾姫達とこうして、再会で来た事を喜んでいるようだ。


「あたし達は、初めまして、だね」


「ええ。初めてお会いする方が多いみたいだし」


「あたしは、安城茜だよ」


「私は、安城藍よ」


 茜と藍は、千里以外、初対面だ。

 彼女達の名は、知っていたが、直接会ったのは、千里のみ。

 ゆえに、二人が、あの双子の姉妹なのかは、誰も、確信を得られなかったのだ。

 千里以外は。

 茜と藍は、自己紹介をする。

 ここで、千里達は、ようやく、二人が茜と藍である事を確信した。


「私達は、幻にとらわてしまったのでしょうか?」


「わからないわ……」


 夏乃は、綾姫に問いかける。

 まだ、自分達は、幻の中にいて、とらわれているのではないかと。

 綾姫は、首を横に振る。

 状況を把握できないのだ。

 椿達は、本物だが、彼女達は、すでに、命を落としている。

 ゆえに、再会することなどあり得ない。

 となれば、まだ、幻にとらわれていると、考えた方が正しいのであろう。

 だが、どうしても、心がそれを否定する。

 彼女は、幻ではないのだと。


「安心して、幻は、消えたわ。貴方達が、妖に打ち勝ったからね」


「あの妖の事を知っておるのか?それに、なぜ、ここに……」


 椿は、混乱している九十九達に対して、説明する。

 幻は、とうに、消えているようだ。

 九十九達が、妖を討伐したことにより、幻も消えたのだろう。

 光焔は、椿達に問いかける。

 なぜ、彼女達は、あの妖の事を知っているのだろう。

 そして、なぜ、彼女達が、突如、姿を見せたのだろうか。

 自分達を惑わすためではないとわかっていながらも、理由が知りたいと願った光焔であった。


「ええ。彼は、ここを守る番人だよ!彼自身も、幻って所かな」


「あなた達は、その幻に打ち勝ったのよ」


 茜と藍は、続けて説明する。

 九十九達と戦いを繰り広げた妖は、樹海の番人だったようだ。

 だが、あの妖自体も、幻であり、ゆえに、九十九達は、その幻に打ち勝ったのだという。


「なんで、お前らが、それを知ってるんだ?」


「あの方から聞いていない?私達の事」


 九十九は、椿達に問いかける。

 なぜ、彼女達が、詳細を知っているのであろうか。

 彼女達は、一体何者なのであろうか。

 椿は、微笑んで問いかける。

 「あの方」とは、誰なのだろうか。

 思考を巡らせる九十九達。

 すると、答えが、浮かび上がった。

 「あの方」とは、光焔が、夢で会った謎の人物の事ではないかと。

 そして、謎の人物の言葉を思い返すと、椿達の正体に気付き始めたのであった。


「まさか、お前達が……」


「樹海の乙女?」


 九十九、千里は、椿達に問いかける。

 なんと、椿達が謎の人物が話していた樹海の乙女だというのだ。

 椿達は、答えない代わりに、微笑む。

 それが、答えなのだろう。

 九十九達は、椿達が、樹海の乙女だと確信した。


「けど、椿は、俺が……」


「転生したのよ」


「え?」


 九十九は理解したが、それでも、納得できない事がある。

 椿は、自分が殺した。

 ゆえに、生きているはずがない。

 茜と藍も、五百年前に、命を落とし、魂も、消滅してしまったはずだ。

 それなのに、なぜ、彼女達は、樹海の乙女として生きているのだろうか。

 だが、椿は、九十九に語る。

 なんと、転生したというのだ。

 九十九は、困惑する。

 もし、人間に転生したのであれば、生前の姿で現れるはずがない。

 つまり、彼女達が、何に転生したのか、九十九達は、察してしまった。


「私、妖になったの。貴方と同じ」


「嘘だろ?」


 椿は、穏やかな表情で答える。

 なんと、九十九と同じ、妖に転生したというのだ。

 驚愕し、愕然とする九十九。

 まさか、妖に転生してしまったとは、思いもよらなかったのであろう。


「じゃあ、茜と藍も……」


「うん。妖だよ」


「貴方と同じね」


 千里も、状況を把握し始める。

 妖に転生したのは、椿だけではない。

 おそらく、茜と藍もだ。

 彼女達も、妖に転生してしまったのだろう。

 どうか、この予想が間違いであってほしいと願う千里。

 だが、真実は、時に残酷だ。

 茜と藍は、千里の問いにうなずく。

 否定しなかったのだ。

 自分達も、千里と同じ、妖になったのだと。


「俺は、とんでもない事を……」


 九十九は、愕然とし、うなだれる。

 自分は、椿を救ったとは、思っていない。

 ただ、解放できたとは、思っていたのだ。

 椿が、天鬼に乗っ取られ、妖に転じる前に。

 だが、そうではなかった。

 自分が、椿を殺したことで、椿は、妖に転生してしまったのだ。

 これでは、解放で来たとは、言えない。

 柚月と朧に何と言えばいいのだろうか。

 絶望に陥った九十九。

 千里も、無言のまま、うつむく。

 自分のせいで、茜と藍が、妖に転生してしまったと、自分を責めて。

 だが、椿は、九十九の頬に振れ、微笑んだ。


「違うわ、九十九。私は、望んで妖になったのよ」


「え?」


「どういう事ですか!?」


 椿は、九十九に優しく語りかける。

 椿達が、妖に転生したのは、椿達が望んだからだというのだ。

 ますます、理解できない九十九達。

 綾姫は、椿に問いかけた。 

 なぜ、妖に転生したいと願ったのか。


「あのね、私達はね、あの方に会って、導かれるはずだった。黄泉に」


「黄泉、魂が眠りにつく場所」


「ええ。その通りよ」


 椿の代わりに、茜が、説明する。

 なんと、彼女達の魂は、謎の人物の導きにより、黄泉へ向かうはずだった。

 黄泉とは、命を落とし、さまよえる魂が眠りにつく場所だ。

 再び、人間、または、妖に転生するその日まで。

 つまり、その謎の人物は、黄泉へと導く役目を担っていたというのだ。

 だが、そんな事できるのは、神だけだ。

 かつて、その役目を担っていたのは、黄泉の神・夜深であった。

 彼女は、その役目を放棄したのだろう。

 そして、代わりに、謎の人物が、役目をになったことになるが、人間や妖にそのような力はあるはずがない。

 聖印一族であってもだ。

 とすれば、その謎の人物は、何者なのだろうか。

 いや、それも、気になるが、まずは、椿達の事も気がかりであった。


「けど、私達は、拒んでしまったの」


「なぜなのだ?」


 椿曰く、自分達は、黄泉に行くことを拒んだというのだ。

 だが、その理由がわからない。

 彼女達は、未練があったというのであろうか。

 光焔は、椿達に問いかけた。


「決まってるじゃない!支えたかったんだ。千里達を」


「俺達を?」


 茜が言うには、千里達を支えたかったからだという。

 だが、なぜ、支えたいと願ったのだろうか。

 彼女達は、何を知っているのだろうか。

 ますます、見当がつかない九十九達であった。


「あの方から、戦いは、激しくなると聞いていたし、柚月と朧が傷つき、倒れてしまう事も聞いたの」


「だから、彼らを救うために、妖に転生したのよ」


 椿達は、黄泉に行く前に、柚月達の事を聞いたらしい。

 どうしても、知りたかったのだろう。

 椿達が言うには、謎の人物は、語ることを少しためらっていたらしい。

 自分達を巻き込ませないようにするための配慮なのだろう。

 それでも、彼女達は、知りたいと懇願した。

 そして、柚月達の今後を知り、妖に転生することを決意したのだ。

 柚月達を導き、救う「樹海の乙女」として。

 謎の人物は、妖に転生させる力を持っているらしく、彼女達が身に宿していた聖印の力を妖気に転換し、謎の人物が宿していた神の力を分けてもらう事で妖に転生したという。

 一体、謎の人物は、何者なのだろうか。

 謎が深まるばかりだ。

 困惑する九十九に対して、椿は、両手で九十九の頬に触れた。


「九十九、もう、責めないで。こうして、会えたんだもの。私は、うれしいわ」


「椿……」


 椿は、九十九に告げる。

 妖として、転生し、九十九に会えたのだ。

 二度と会うはずがないと思っていた愛しき彼に。

 そう思うと、後悔などあるわけがない。

 九十九は、うなずき、微笑んだ。

 やっと、救われたような気がして。


「千里もだよ!」


「やっと、会えたわね。嬉しいわ」


「茜、藍……だが……」


 茜と藍も、千里との再会を喜ぶ。

 家族のように慕っていた彼と会えたのだ。

 喜びをかみしめているのだろう。

 千里も、うれしく思うが、もし、餡里もここにいたらと思うと複雑だ。

 餡里にも会わせてやりたかったと。

 だが、彼の心情を察したのか茜と藍は、優しく微笑み、千里は、驚いた。


「この前、餡里に会ったよ」


「彼は、黄泉で眠りについているわ。いつか、転生するその日までね」


「そうか。良かった……」


 茜と藍は、餡里と再会を果たしたことを千里に告げる。

 そして、黄泉で眠っているというのだ。

 つまりは、彼も、いつかは、転生する。

 いつなのかは、わからないが、千里も、茜も、藍も妖として生き続ける限り、餡里に会えるという事だ。

 希望が見えてきた。

 千里は、うなずき、微笑んだ。

 自分も、餡里も、救われたような気がして……。


「さあ、あの方が、待ってるわ。柚月と朧を助けてあげてね」


「おう」


 椿達は、九十九達を異空間へといざなう。

 柚月と朧を、九十九達に託して。



 その異空間は、真っ白な世界だった。

 どこを見回しても、白い。

 まるで、夢の中にいるかのようだ。

 九十九達は、あたりを見回す。

 すると、彼らの前に、誰かが立っているのが、見えた。


「あ、いたのだ!」


 その人物を目にした光焔は、その者の元へと駆け寄っていく。

 どうやら、光焔が夢の中で出会った謎の人物のようだ。

 九十九達も、光焔の後を追う。

 すると、近づくにつれ、謎の人物の姿をはっきりと目にすることができた。

 男にも女にも見える中性的な顔立ち、髪の毛は両側の髪が耳を隠すほどではあるが、やはり、短い。

 反対に、後ろ髪が、両側の鎖骨までかかっている。

 謎の人物は、海のように瑠璃色の束帯に天女の衣を羽織ったような独特な衣装を身に着けていた。


「やっと、会えたね。待ってたよ」


 謎の人物は、九十九達を出迎えてくれた。

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