第八十八話 罪と向き合えたのは
九十九と千里の目の前にいるのは、かつて、愛した人達。
だが、守れず、自らの手で殺した。
巻き込んでしまい、自分のせいで、命を落とした。
その彼女達が、九十九と千里の目の前にいるのだ。
状況を理解できずにいた。
「なんで、お前がいるんだよ……椿……」
「茜……藍……。本物……なのか?」
九十九と千里は、声を震わせて問いかけるが、返事をしない。
これは、幻だ。
自分達は、幻にとらわれている。
そう、自分に言い聞かせる九十九と千里。
頭では理解しているが、心が否定できずにいるのだ。
「九十九?千里?」
光焔は、九十九と千里に問いかける。
どうやら、椿、茜と藍の姿は、光焔達には、見えていないようだ。
そのため、彼らは、理解できなかった。
九十九と千里は、なぜ、戸惑っているのか。
彼らは、何を見たというのか。
二人に対して、背を向け、歩き始めた椿と茜と藍。
三人は、樹海の奥へと消えるように入っていった。
「待て!」
「行くな!」
九十九と千里は、手を伸ばして、彼女達を後を追う。
もう、幻であっても、否定できなかった。
ただ、彼女達を見た途端、彼女達に会いたいと強く願ったばかりに。
「九十九!千里!」
「どこに行くの!」
綾姫と瑠璃は、九十九と千里を制止させようとするが、彼女達の声は、二人に届かず、樹海の奥へと消えてしまった。
光焔たちも、後を追うが、すでに二人の姿は見当たらなかった。
あたりを見回しても……。
「もしかして……」
「幻にとらわれたのかもしれぬ」
光焔と高清は、悟る。
どうやら、九十九と千里は、幻にとらわれてしまったようだ。
あれほど、気をつけろと謎の人物に、忠告されていたにもかかわらず。
いや、二人なら、幻さえも、打ち消せると思っていたのだが、とらわれてしまったようだ。
「やれやれ、少しは、冷静になってほしいよ」
「本当にね。けど、あの二人が、我を忘れて、行っちゃうなんてね……」
柘榴は、あきれた様子で呟く。
これでは、彼らと合流するだけでも、手間がかかると愕然としながら。
景時も、あきれてはいたが、何か思うところはあるようだ。
自分達の声が、聞こえないほどなのだから。
「それほど、会いたい人がいたのかもしれないわね」
「そうだと思う。私も、そんな気がした……」
綾姫と瑠璃は、九十九と千里の様子を見て、察した。
彼らが、何を見たのか。
おそらく、彼らが、会いたいと願った人物なのだろう。
もう、会えなくなった彼女達なのだと。
ゆえに、彼らの心情を理解したのだ。
幻を振り払えないくらいだったのだと。
だが、一刻も早く九十九達と合流しなければならない。
そうでなければ、彼らは、一生、幻にとらわれてしまうだろう。
光焔達は、焦燥に駆られ、九十九と千里の後を追った。
九十九は、柚月を抱えながら、走っていく。
椿の姿を見つける為に。
「椿!どこだ!」
九十九は、椿の名を呼び、叫ぶ。
だが、返事はない。
彼女が姿を現すこともなかった。
九十九は、立ち止まり、息を整えた。
あたりを見回しながら。
「いねぇ……幻だったのか……」
九十九は、ようやく悟った。
自分が見た椿は、幻であり、自分は、幻に、とらわれてしまったのではないかと。
呼吸を整えて、息を吐く九十九。
情けない。
幻さえも、見抜けなかったとはと嘆きながら。
その時であった。
「九十九!」
「千里!」
千里が、九十九の名を呼ぶ。
九十九は、振り向くと千里が、朧を抱えて九十九の元へ駆け付けた。
それも、汗をかきながら。
立ち止まり、息を整え始める千里。
ここで、九十九は、察した。
千里は、自分を追いかけてきたのだと。
自分が、幻にとらわれてしまったばかりに、千里に迷惑をかけてしまった。
そう、自分を責めた九十九であった。
「わりぃ、俺……」
「いや、俺も、人のことは言えない」
「え?」
「俺も、幻にとらわれた。茜と藍が見えたんだ」
「そうか……」
九十九は、千里に謝罪しようとするが、千里は、九十九に真実を打ち明ける。
自分も、幻にとらわれてしまったのだ。
かつて、大事にしていた茜と藍の姿を見てしまい、我を忘れてしまったと。
九十九は、千里の心情を理解した。
自分と同じように、幻にとらわれてしまったのだと。
それほど、彼女達に、会いたかったのだと。
自分と同じように。
「俺達、まだ、とらわれてるのかもしれねぇな。罪の意識に」
「いや、そうとは思えない」
「え?」
九十九は、自分を責めた。
罪を償えたと感じ取っていたのだが、そうではないのかもしれない。
罪の意識に苛まれたがゆえに、彼女の幻影を見てしまったのではないか。
そう、推測したようだ。
しかし、千里は、違うのではないかと否定する。
九十九は、驚き、困惑した。
なぜ、そう言いきれるのだろうかと。
「声が聞こえた気がした。まるで、俺達を導いてくれてる気がしたんだ」
「……そうだといいんだけどな」
千里は、理由を語る。
声が聞こえたというのだ。
おそらく、茜と藍の声なのだろう。
自分が、惑わされているとは、思えないようだ。
彼女達とは、長年、共に過ごしてきたからこそ、そう、言いきれるのであろう。
九十九も、疑っているわけではないが、謎の人物のあの忠告が頭をよぎる。
ゆえに、警戒心を解くことは、できなかった。
「とりあえず、どうするよ」
「さすがに後戻りは、できそうにないな。進むしかない」
「だよな。後で、綾姫達に怒られそうだけど」
「覚悟するしかないな」
「おう」
綾姫達とはぐれてしまった九十九と千里だが、ここで引き返そうにも引き返せない状態だ。
この入り組んだ樹海の中では。
ならば、いっそのこと先に進むしかない。
行先は同じなのだから。
あとで、綾姫達と合流したら、怒られることは間違いないだろうが。
九十九と千里は、進み始める。
樹海の乙女に会いに。
進み続けた九十九と千里であったが、未だに、樹海の乙女は、見当たらない。
やはり、そう簡単には見つからないようだ。
「そう簡単には、見つからないか」
「みてぇだな」
九十九と千里は、立ち止まる。
綾姫達とも合流できていない。
このまま、先に進んでいいものかと思考を巡らせる。
その時であった。
奥の方で、かすかに光が見えたのは。
「ん?なんか、奥が光ってるな」
「行ってみるか?」
「ああ」
その光は、まるで、九十九達を誘っているようだ。
樹海の乙女達がいるとは限らない。
だが、その光を頼りに進むしかないようだ。
九十九と千里は、ある程度まで進むと、まばゆい光が九十九達を照らしている。
今にも、目がくらみそうだ。
だが、それゆえに、幻想的で美しく感じる。
自分達に害はないように思えた。
「とりあえず、柚月達は、ここで休ませたほうがいいな」
「そうだな」
一度、九十九と千里は、柚月と朧を樹にもたれかからせる。
今も、ぐっすり眠っている二人。
血のつながりがない兄弟は、本当の兄弟のように寄り添っていた。
「行くぞ」
「おう」
九十九と千里は、先へ進む。
そして、光に触れようとした瞬間、光が爆発するように、輝きを増していった。
そのまばゆさに、目を閉じる九十九と千里。
光が止むのを感じた時、恐る恐る目を開けた。
しかし……。
「っ!」
九十九と千里は、絶句する。
なぜなら、二人は、過去を見ていたからだ。
それは、消す事ができない過去、二人にとって最も残酷な過去だ。
九十九が目にしたのは、最愛の人・椿をこの手で殺してしまった光景。
千里が、目にしたのは、茜と藍が、命を失い、餡里が、人々を殺してしまった光景だ。
全ては、自分の発端で。
「あ、あれは……俺か?」
「なぜ……これが、幻なのか……俺達は、とらわれてしまったのか……」
愕然とする二人。
罪が、二人へと襲い掛かる。
幻にとらわれてしまったと自覚していながらも、抜け出すことができない。
その光景は、何度も、何度も、二人に見せるのだから。
まるで、二人を責めているかのように。
「やっぱり、俺は……」
「すまない……」
九十九も、千里も、あきらめようとする。
もがけば、もがくほど、その光景が、目に浮かんでしまうのだから。
二人は、罪は償えていないと錯覚し、目を閉じようとした。
しかし……。
――逃げるな!九十九!
「柚月?」
――千里、大丈夫だからな!
「お、朧?」
柚月と朧の声がする。
まるで、彼らを呼び戻すかのように。
あきらめるなと告げているかのようだ。
九十九と千里は、ぐっとこぶしを握る。
自分達が、ここにいるのは、柚月と朧のおかげだから。
最愛の姉を自分が殺したにもかかわらず、柚月は、自分を受け入れ、許してくれた。
罪を重ね、利用し、裏切り、嘘を重ねたにもかかわらず、朧は、最後まで、自分から離れようとしなかった。
「たく、本当に変わった奴だな」
「ああ、本当にな」
二人は、自嘲気味に笑う。
思い返せば、不思議な奴らだ。
本来なら、憎まれても仕方がないはずなのに、受け入れてくれる。
だが、それが、心地いい。
九十九と千里は、刀を鞘から引き抜き、構えた。
「確かに、俺達は、罪を犯した。だが、受け入れ進むと決めた」
「おうよ。幻なんて、くそくらえだ!ぶっ壊してやる!」
「同感だ!」
九十九と千里は、薙ぎ払うように斬る。
幻を破壊すると決めて。
すると、その光景が硝子のように砕け散り、九十九と千里は、樹海に立っていた。
「幻が、壊れた?」
「いや、違う」
「妖!?」
自分達が切ったのは、幻だったのかと錯覚する九十九だ。
だが、そうではないようだ。
その光景は、幻ではなく、なんと、妖であった。
その妖は、獅子のような姿をしていた。
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