第八十六話 未だ、記憶は取り戻せずとも

 意識を取り戻した光焔は、格子窓から夜空を眺めている。

 和ノ国は、静居に完全に乗っ取られたというのに、夜空は、こんなにも美しい。

 まだ、こんなに美しい風景を見せてくれるのだ。

 雲がなく、星々が照らす。

 この風景をいつまでも、眺めていたいと思うほどに。

 光焔は、その夜空に見とれていた。

 時間が立ち、朝日が昇り始めるまで。

 眠りにつこうとはしなかったようだ。

 おそらく、魅入られてしまったのだろう。

 何も考えずに、頭を空っぽにして、見るのも悪くない。

 まるで、心が現れるようだ。

 漆黒の闇色から、茜色の空、そして、真っ青な空へと移りゆく。

 空模様が変わっていくのは、こんなにも美しいことだったのだ。

 

「よし!」


 朝焼けに変わる頃、光焔は、立ち上がる。

 まるで、何かを決意したように。


「九十九、千里。起きるのだ!起きるのだ!」


 光焔は、千里に駆け寄り、体を揺さぶって、声をかける。

 千里は、ゆっくりと目を開け、こすり始めた。

 すると、今度は、九十九の元へと駆け寄り、体を揺さぶる光焔。

 早く、目覚めてほしいのだろう。

 あの夢について語りたいのだ。

 柚月と朧が目覚めるのではないかと期待して。


「ん、なんだよ……」


 九十九は、眠たそうに目を開け、こすり始める。

 まだ、夢から覚めていないかのようだ。

 千里も同じだ。

 ゆっくりと起き上がり、瞬きを繰り返す。

 すると、ぼやけた視界が、はっきりと光焔の姿を映し始めた。


「って、光焔!お前、目覚めたのか!」


「うむ!」


 光焔が、目覚めたことに気付いた九十九は、勢いよく起き上がり、嬉しそうに、光焔を見ている。

 光焔も強くうなずいた。

 まるで兄弟のようだやり取りだ。

 千里は、ほほえましく二人を見守っていた。


「大丈夫か?」


「うむ、心配ないぞ。わらわは、どこも悪くない!」


「なら、良かった」


 光焔の身を案じる千里。

 光焔は、何度も飛び跳ねて、答える。

 まるで、子供のように。

 喜びを表しているかのようだ。

 何かあったに違いないと千里は、安堵しながら微笑んでうなずいた。

 光焔が、無事に目覚めてくれてよかったと思いながら。

 正直、柚月や朧のように、目覚めなかったらと不安に駆られていたのだ。

 だが、こうして、光焔は、目覚めた。

 千里は、うれしさをかみしめていたのであった。


「そうだ!九十九、千里、聞いてほしいことがあるのだ」


「どうした?」


「妖の樹海に行くぞ!柚月と朧を連れて!」


「「妖の樹海!?」」


「ん?」


 光焔は、九十九と千里を妖の樹海に行こうと誘う。

 もちろん、柚月と朧も連れてだ。

 だが、どういうわけか、二人は、目を見開き、声をそろえて、驚く。

 珍しい事に。

 光焔は、状況を把握できず、目を瞬きさせて、首をかしげていた。



 その後、九十九と千里は、綾姫達を大広間に集め、光焔に妖の樹海について話したことを説明した。

 光焔も、夢で、謎の人物と出会い、妖の樹海に来るよう告げられたことを説明した。


「そうか、皆も、妖の樹海の事を話していたのだな」


「ええ。でも、光焔が会ったその人は、樹海に住む妖なのかしら?」


「わからぬ。だが、わらわと深いつながりがあると言っておった」


 光焔は、ようやく、納得したようだ。

 なぜ、九十九と千里が、驚いていたのか。

 偶然にも、妖の樹海について話していたという。

 しかし、光焔が夢の中であった謎の人物は、樹海に住む妖と同一人物なのだろうか。

 綾姫は、問いかけるが、光焔は、首を横に振る。

 だが、向こうは光焔の事を知っているようだ。

 自分と深いつながりがあると意味深な言葉を残したのだから。


「深いつながり?どういう意味?」


「わからぬ。顔がはっきりと見えなかった」


 瑠璃は、その深いつながりについて問いかける。

 ピンと来ないのだろう。

 光焔と謎の人物がどういう関係なのか。

 だが、光焔も、見当もつかなかった。 

 なぜなら、顔が、はっきりと見えないからだ。

 なのに、懐かしく感じる。

 光焔は、不思議でならなかった。


「けど、樹海に行けば、何かわかるし、柚月と朧も助かるって事でごぜぇやすな」


「うむ、その通りだ!」


 光焔の話を聞いていた高清は、状況を把握したようだ。

 樹海に行けば、謎の人物と樹海に住む妖の事もわかってくるだろうし、柚月と朧も、目覚めるかもしれない。

 希望は見えてきた。

 誰もがそう思っていた。

 特に光焔が。

 それゆえに、強くうなずいたのであった。


「じゃあ、行き先は、樹海だね~」


「光焔ちゃん、わたくし達を連れてってくれますか?」


「うむ、もちろんだ!」


 景時は、嬉しそうに呟く。

 行先は決まった。

 まずは、樹海を目指すことだ。

 そうすれば、自ずと、やるべきことが見えてくるだろう。

 誰もがそう思っていた。

 初瀬姫は、光焔に懇願する。

 光焔が、樹海の場所を知っているのではと踏んだのだろう。

 もちろん、彼は、樹海の場所を知っているようで、強くうなずいた。


「でもさ、誰が、行くかだよな。ここには、残ったほうがいいだろ?」


「また、静居が、襲ってくる可能性もあるでござるからな」


 透馬は、疑問を投げかける。

 それは、誰が樹海に行くかだ。

 強力な結界が張られたからと言って、静居が、ここで、何もしないわけがない。

 それゆえに、何人か光城に残ったほうがいいと考えたのだろう。

 要も、同意見のようだ。

 やはり、静居の動向が気になるのであろう。

 

「俺は行くぜ」


「俺も、行かせてほしい」


「わらわも、行きたい!」


 九十九、千里、光焔は、懇願する。

 もちろん、綾姫達は、異論はない。

 なぜなら、彼らだけが、柚月と朧の記憶を失っていないからだ。

 二人を助けるためには、彼らの力が必要となるだろう。


「私、行きたい。朧に会いたい」


「私も、行かせてほしいの。駄目かしら?」


 綾姫と瑠璃が、懇願する。

 彼女達は、強く願っているからだ。

 柚月と朧に会いたい。

 彼らの事を知りたいと。

 いや、思いだしたいと願っているといった方が正しいのであろう。


「なら、綾姫様が、行くなら私も」


「わたくしもお供いたしますよ、瑠璃」


 夏乃と美鬼が、共に行くと宣言する。

 彼女達の事が心配のようだ。

 もしかしたら、彼女達も、知りたがっているのかもしれない。

 なぜ、綾姫と瑠璃が、柚月と朧の事を気にかけているのか。

 さて、次に誰が樹海に行くかだが、互いに目を合わせる。

 もちろん、誰もが樹海に行きたい。

 そう思っていたのだが、光城に残らなければならない。

 光城を守るために。

 ゆえに、彼らは、名乗り出ることができなかった。

 沈黙が流れ始めてしまう。

 樹海が、どのようなところなのかは、わかっていない。

 そのため、危険が伴う可能性もある。

 九十九、千里、光焔、綾姫、瑠璃、夏乃、美鬼だけで向かわせて良いもの何かと、柘榴達は、思い悩み始めた。

 しかし……。


「て言うか、全員で行けばいいんじゃない?」


「え?」


「皆、彼らの事気になってるんでしょ?だったら、皆で行こうよ」


「それは、駄目だよ。また、光城に攻め入られるかわからないし」


 和巳が、突拍子もない事を言う。

 九十九達は、あっけにとられてしまうが、柘榴が、即座に反論した。

 光焔を空けるわけにはいかない。

 何人か、残るべきだと考えているようだ。


「じゃが、結界は、張ってあるし、問題ないじゃろう」


「ぼ、僕も、そう思います!ここは、皆さんで行きましょう」


「あのねぇ、君達……」


 春日、時雨が、和巳の提案を受け入れる。

 結界が、あれば大丈夫であろうと。

 光焔が、前よりも強力な結界を張ってくれた。

 ゆえに、全員で行ったとしても、問題ない。

 だが、柘榴は、あきれた様子を見せる。

 危機感は、無いのかと。


「あてらのことどしたら、心配せんでください」


「あてらには、神薙と日輪があるさかい。何かあったら、これで対処でけるよ」


 柘榴が、反論したのには、わけがある。

 光城には、撫子達がいるのだ。

 彼女達を残していくわけにはいかないと。

 だが、撫子と牡丹は、大丈夫だと告げる。

 なぜなら、撫子には神薙、そして、牡丹には濠嵐から受け取った日輪があるからだ。

 彼女達も、戦える。

 ゆえに、万が一、妖達が襲ってきたとしても、自分の身は自分で守るつもりでいるのだろう。

 ここまで言われては、柘榴も反論できなくなった。


「いいんじゃないっすか?柘榴」


「樹海は、何が起こるかわからないからね。みんなで行ったほうが、心強いと思わないかい?」


「ったく、仕方がないね。じゃあ、皆でいくとしようか」


「うむ!では、妖の樹海に行くぞ!」


 真登と和巳に、促される形で、柘榴は承諾する。

 観念したようだ。

 光焔は、強くうなずき、九十九達は、全員で妖の樹海に行くこととなった。



 しばらくすると、九十九達は、妖の樹海にたどり着き、光城から降り立った。


「着いたぞ。ここが、妖の樹海だ」


「ここがか……」


「和ノ国にこんなところがあったなんてな……」


 目の前に映るは、青緑の樹海。

 まるで、海の中にいるかのような錯覚に陥ってしまうほど美しく、幻想的な風景であった。

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