第七十二話 戦場での覚悟

 聖印一族が、聖印隊士が、こちらに向かってくる。

 彼らも、静居に操られてしまった者達に過ぎない。

 だが、彼らは、敵軍。

 その敵軍が、今まさに、撫子の命を奪おうと進軍していた。


「せ、聖印一族が……」


 初瀬姫は、全身を震わせて呟く。

 隊士達の命を奪うことができず、防戦しており、うまく、防ぐことに成功していたが、聖印隊士相手となるとそうはいかなくなるだろう。

 千城家の人間も混じっているはずだ。

 ゆえに、初瀬姫の結界術を看破されてしまう可能性がある。 

 つまりは、彼らとは、刃を交えなければらない。

 それも、殺す覚悟で。


「とうとう、か……。本当、防御だけじゃ、無理みたいだね」


「もう、覚悟を決めたほうがいいみたいですね」


 和巳も夏乃も、悲痛な面持ちで、構える。 

 彼らも、初瀬姫と同様、防戦で一般隊士と妖の行く手を遮っていたのだ。

 しかし、それは、もう、通用しない。

 そう、悟ったのか、夏乃は、手にしていた短刀を懐にしまい、淡雪を手にする。

 相手が妖である時だけ、使用していた夏乃の宝器を。


――夏乃君が、淡雪を手にしたってことは、覚悟を決めたってことなのかな……。


 夏乃が、淡雪を手にしたのを見た景時は、察する。

 彼女は、覚悟を決めたのだと。

 一族を傷つけてでも、勝たなければならい。

 撫子を守り抜かなければならないのだと。

 実の所、夏乃、景時、透馬、初瀬姫、和巳は、敵軍の命を奪うどころか、傷をつけることすらできていない。

 躊躇してしまったのだ。

 人を傷つける事に、命を奪う事に。

 柘榴達とは、違って、覚悟を決めることすらできなかったのだ。


「あいつらも、もう、覚悟決めたみたいだしな」


「僕達も、決めないといけないね……」


 柘榴達の戦いを目の当たりにして、透馬も景時も、自分が、いかに浅はかな考えだったかを痛感させられた。

 戦場に情けは無効だ。

 恐れを抱けば逆手に取られ、命を落とす可能性があるだろう。

 景時も、透馬も、和巳も、一度は、目を閉じ、感情を押し殺して、構え、戦場を駆けていった。

 聖印隊士達と真っ向から、対立するために。



 蛍も、妖を召喚した状態で、戦いに身を投じていた。

 有利な状況下にあったのだが、彼の前にも、聖印隊士が、現れた。


「あらあら、来ちゃったか」


「け、蛍将軍、どうすれば……」


 蛍は、苦笑して、呟く。

 隊士達は、慌てふためいた様子で蛍にうかがう。

 相手は、聖印一族だ。

 一般隊士とは、違って、神に力を与えられた者。

 圧倒的な力をその身に宿しているのだ。

 もう、先ほどの戦いは通用しないだろう。

 蛍が持つ宝器であっても。

 それゆえに、隊士達は、恐れおののきそうになっていたのだ。


「決まってるでしょ。殺すしかないんだよ。相手が、聖印一族でもね」


 聖印隊士を目の前にしても、蛍は、平然と答える。

 たとえ、相手が、聖印一族であっても、やる事は同じ。

 撫子の為に、命を賭して、戦うことだ。

 それにより、聖印一族の命を奪うことになっても。

 蛍は、とうに、覚悟を決めていたのだ。


「大丈夫、僕についてきて!」


 蛍は、地面を蹴り、駆けだしていく。

 隊士達も、体を震わせながらも、恐怖を押し殺すように、雄たけびを上げながら、蛍に続いて、駆けだしていった。



 柘榴は、霧隠を豪快に振り回しながら、隊士達や妖達を切り裂いていく。

 血が顔についても、気にも留めない。

 だが、柘榴の前に、ついに、聖印隊士が、姿を現し、聖印能力を発動していく。

 異能や結界を発動していく聖印隊士。

 それでも、柘榴は、彼らの聖印能力を打ち破り、突き進んでいくが、万城家の聖印能力により、時を止められ、背中を斬られそうになるが、真登が、それを防ぐ。

 彼が、いなければ、今頃、柘榴は、命を落としてかもしれない。

 そう思うと、柘榴は、ため息をついてしまった。

 自分のふがいなさに。


「ここからは、本気を出さないとね!真登」


「そうっすよ!柘榴!」


 柘榴は、真登を憑依させる。

 聖印には、聖印で対抗するしかないのだ。

 もはや、ためらっている暇などない。

 一瞬の隙が、命取りなのだから。

 真登を憑依させた柘榴は、身体能力を生かして、聖印隊士達と互角に渡り合っていく。

 万城家の聖印隊士に時を止められても、人間離れした素早さで、はじき返し、霧脈を発動して、姿を消しながら、切り裂いた。


「あたしも、やってやろうかね!」


 麗線を駆使して戦いを繰り広げていた和泉は、突如、糸を引き下げ、聖印能力・変化・猫又を発動し、猫又の妖に変化する。

 すると、時雨が、すぐさま、和泉の元へ駆け寄り、和泉は、闇猫を発動して、隊士達を闇へといざなっていく。

 これが、闇猫の本来の力だ。 

 闇に閉じ込め、攻撃を繰り出していく。

 闇に閉じ込められたものは、視覚を奪われ、彼女の気配を探ることすらできない。

 聖印隊士達は、和泉の姿を見失ってしまい、時雨が、木葉乱舞を発動し、体を切り裂かれてしまった。

 和泉は、闇を解除し、元の姿に戻った。


「不意打ち成功!」


 和泉は、笑みを浮かべて、叫ぶ。

 和泉と時雨の連携は、誰も止められない。

 聖印隊士達でさえも不可能であった。


「あっちは、防御態勢に入っているようでござるな」


 高清、春日、要の三人は、妖人と言う特殊な体質を生かして、聖印隊士達と互角に渡り合っている。

 いや、高清達の方が上回っていると言っても過言ではないだろう。

 高清の素早さは、聖印隊士でも、反応しきれない。

 春日が得意とする空中戦では、妖達も、劣勢を強いられているようだ。

 要は、皮膚の固さで、守りに入るどころか、吹き飛ばす勢いで、体術を繰り出している。

 彼らも、戦場がいかなるものかを熟知しているため、ためらいもなく、聖印隊士達と戦いを繰り広げていた。

 しかし、誰かが、未だに、結界を張り、行く手を阻んでいる。

 結界を張っているのは、初瀬姫のようだ。

 それも、聖印能力を発動せず。


「これは、命の奪い合いじゃ。じゃが……」


 春日も、理解している。

 割り切っているわけではないが、腹をくくっただけだ。

 引き返せないのなら、戦うしかないのだと。

 だが、初瀬姫にとっては、理解しようにも、心が拒絶していると言ったところであろう。

 当然だ。

 命の奪い合いと言っても、自分達の部下を、同胞を、一族を殺したくはない。

 拒否反応を起こしてもおかしくはない。

 それゆえに、春日は、初瀬姫の事を案じていた。


「まったく、甘い考えは捨ててほしいんだけどね」


「本当だぜ。これだから、甘ちゃんは」


 柘榴は、ため息交じりに呟く。 

 あれほど、忠告したというのに。

 時雨も、あきれた様子を見せている。

 ここでは、甘い考えを捨てなければならないというのに。

 彼女は、捨てきれないのだろう。

 そう思うと、柘榴は、あきれつつも、彼女の身を案じていた。


「柘榴、こっちは、あっしらに任せるでごぜぇやす!」


「……悪いね」


 高清は、押し寄せてくる隊士達を切り裂きながら、柘榴に初瀬姫の元へ行くよう促す。

 彼女を叱責しなければならないと察したのだろう。

 柘榴も同じことを思っていたようだ。

 高清に託された柘榴は、申し訳なく感じながらも、その場を離れ、初瀬姫の元へ向かった。



 夏乃達も、戦いを繰り広げている。

 彼女達は、覚悟を決めたようだ。

 だが、初瀬姫だけは、どうしても、現状を受け入れられず、ただただ、結界術を発動して、行く手を阻んだ。

 聖印一族には、叶わず、看破されてしまうとわかっていながらも。

 初瀬姫の嫌な予感はあたり、聖印一族の聖印能力により、結界術を相殺させられ、看破されてしまい、隊士達は、初瀬姫の元へと迫ってきた。


「と、止まって……」


 初瀬姫は、声を震わせ、もう一度、願うように、結界術を発動する。

 聖印能力は、未だ、発動できないようだ。

 それでも、聖印一族により、看破されてしまう。

 迫りくる隊士達を目にした初瀬姫は、体を震わせ、下がり始めてしまった。


「止まってくださいまし!わたくしたちは、同じ聖印一族ですのよ!」


 初瀬姫は、涙ながらに訴える。

 それでも、彼女の声は、届かない。

 ついに、隊士達は、初瀬姫に迫り、向けて刃を振り下ろした。


「初瀬姫様!」


 襲い掛かる刃をよける事も、防ぐこともできない初瀬姫。

 夏乃が、聖印能力・時限・時留めを発動し、瞬時に、初瀬姫の元へ向かい、淡雪を構える。

 初瀬姫を守るためだ。

 だが、その時であった。


「はあっ!」


 柘榴が、真登異魔霧を発動して、隊士達を切り裂く。

 それも、容赦なくだ。

 隊士達は、血を流し、仰向けになって倒れる。

 血を浴びても、柘榴は、顔色一つ変えることはなかった。


「ざ、柘榴……」


 初瀬姫は、呆然と柘榴の背中を見ていた。

 恐ろしく感じていたのだ。

 命を奪う事に抵抗はないのだろうかと。

 何も考えずに、戦えるものなのかと。

 柘榴は、頬に着いた血を手で拭い、初瀬姫の方へと振り向いた。


「君、考えが甘いよ」


「え?」


「ここは、戦場。命を奪い合う場所だよ。防御ばかりで、どうにかなるわけがない」


「で、ですが……」


「腹をくくりなよ。でないと、死ぬよ?」


 柘榴は、初瀬姫に対して、叱責する。

 戦場が、大戦がどういう事なのかをわからせるために。

 初瀬姫は、反論しようとするが、柘榴は、笑みを浮かべて、遮る。

 だが、その時、初瀬姫は、気付いてしまったのだ。

 柘榴は、手を震わせている事を。

 本当に自分は甘かった。

 命を奪う事に、抵抗がないわけがない。 

 何も感じないわけがない。

 柘榴も、感情を押し殺しているだけなのだ。

 勝ち抜くために。

 初瀬姫は、自分は、なんて浅はかなのだろうと、責めた。


「さて、後は、頼んだよ!」


 柘榴は、初瀬姫達に、背を向け、元の場所へと戻っていった。

 初瀬姫は、うつむき、呆然としていた。


「初瀬姫様……」


 夏乃は、初瀬姫の事を案じている。

 なんて、声をかければいいかもわからないまま。

 初瀬姫は、カタカタと体を震わせながら、凛音を握りしめ、口へ近づける。

 もう、戦うしかない。

 腹をくくるしかないのだと悟って。

 隊士達は、再び、初瀬姫達の元へと迫ってきていた。


「なんで、なんでですのよぉおおおおっ!!!」


 初瀬姫は、泣き叫び、目を見開いて、凛音を吹き始める。

 結界・凛界楽章を発動したのだ。

 勝ち抜くために。

 その音色は、悲しみを宿しているように思えてならなかった。

 夏乃も、淡雪を手にし、駆けていく。

 残酷な大戦に身を投じる事を決意しながら。

 誰もが、傷つきながら、死闘を繰り広げていた。

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