第七十一話 血に染まりながらも

 柘榴達と静居達との距離は、程遠い。

 彼の前に到達するまでには、まだ、時間がかかるほどだ。

 大勢の人や妖で埋め尽くされ、奥は見えないはずだ。

 これが、静居軍の勢力と言ったところであろう。

 もちろん、こちら側も、大勢の人々が、前に立っている。

 撫子を守るかのように。

 これこそが、撫子軍の勢力だ。

 柘榴達は、遠くからでも、静居の気配を感じてしまう。

 まだ、豆粒の大きさに見えるほど遠く、大勢の隊士と妖で見えないはずなのに、威圧感を漂わせる彼の姿を。


「いよいよ、始まりますな」


 静居の姿は見えない。

 だが、悟ってしまう撫子。

 静居は、とうとう、始めてしまうであろう。

 大戦を。

 これにより、多くの命が、奪われる。

 死ぬか、殺すかの戦いだ。

 迷いは捨てなければならない。

 同族であっても、殺すつもりで、戦わなければならない。

 誰もが、そう感じていた。


「かかれ!」


「行け!」


 静居と撫子が、同時に、声を出す。

 その直後、静居軍と撫子軍が、同時に、地面を蹴り、雄たけびを上げながら、走り始めた。

 篤丸達も、地面を蹴り、向かっていく。

 柘榴達は、まだ、撫子を守るように、前に出ている。

 撫子の元へと攻めようとする部隊はまだいない。

 それゆえに、今は、待機するしかない。

 だが、油断は、禁物だ。

 静居は、仕掛けてくるはずなのだから。

 両軍の隊士達が、次々と、刃を交え、血を流し始める。

 篤丸達も、戦場へと到達した。


「僕の力を見せてあげる!」


 篤丸が、月光天馬切を発動し、大幣から空懸ける馬を召喚する。

 馬は、空を駆け巡り、隊士や妖達を一気に蹴散らしていく。

 容赦なく、静居軍の隊士と妖達を殺しにかかる。

 これが、大戦だと思い知らされるほどに。


「あたしに、勝てると思うなよ!」


 続いて、春見も、水無月金魚を発動し、薙刀から、巨大な金魚を召喚し、隊士と妖達を丸呑みしていく。

 これも、静居軍の戦力を削るためだ。

 命を奪っていっても、春見は動じることはなかった。

 いや、多くの命を奪っても、顔色一つ変えなかったのは、篤丸や春見だけではない。

 満英も、藤代も、蛍も、世津も、容赦なく、隊士と妖達を殺していく。

 これが、将軍達の実力だ。

 人をも殺す力を持っているという事であろう。

 だが、彼らのおかげで、静居の勢力は衰え始めてきた。


「さすがは、将軍だね。一気に数を減らしてる」


 柘榴は、汗をにじませながら、篤丸達の戦いぶりに感心しているようだ。

 それほど、緊張感が漂っているのだろう。

 静居軍の数は、撫子軍よりも、圧倒的に多かったはず。 

 それを、一気に削ったのだ。

 さすがと言うしかないだろう。


「本当に始まったしまったようじゃの」


「もう、引き下がれないでござるな」


 春日も、要も息を飲む。

 もう、すでに、大戦は、始まってしまったのだ。 

 一族が、神から聖印を受け取って以来、大戦が繰り広げられたのは、初めてだ。

 それも、相手は、人間と妖。

 誰が、予想できたであろうか。

 誰が、望んでいたであろうか。

 無意味な争いだという事は、柘榴達もわかっている。

 だが、止める事も、逃げる事もできない状況下に置かれていた。


「おい、あれを見ろ!」


「こっちに、向かってますわ!」


 透馬と初瀬姫が、何かに気付いたようで、奥の方を指さして叫ぶ。

 なんと、隊士達が、迫ってきていたのだ。

 彼らの狙いは、撫子の命であろう。

 自分達も、戦わなければならなくなってしまったのだ。


「皆、いい?もう、後には、引き下がれない。これは、命の奪い合いだよ」

 

 柘榴は、忠告をし始める。

 冷酷なまなざしを向けて。

 まるで、感情を押し殺しているようだ。

 当然であろう。

 初瀬姫達は、初めて、人を殺してしまうかもしれないのだ。 

 だが、殺さなければ、殺される。

 戦とは、残酷なものだ。

 初瀬姫は、息を飲み、体が震え始めてしまう。

 恐怖が押し寄せてくるような感覚に陥って。


「やるしかないようですね」


「仕方がない、よね」


 夏乃も、和巳も、覚悟を決めたようだ。

 と言っても、彼らも、体を震わせている。

 共に戦ってきた仲間の命を奪ってしまうかもしれないという恐怖が襲ってきたのであろう。

 だが、ここは、腹をくくるしかない。

 たとえ、隊士達が操られていたとしてもだ。

 柘榴達は、感情を押し殺すかのように、宝刀や宝器を握りしめ、構えた。


「行くよ!」


 ついに、柘榴達は、地面を蹴り、大戦に身を投じ始めた。

 柘榴が、先陣を切り、跳躍する。

 手にした霧隠を静居軍の隊士に向かって投げる。

 その槍は、見事、隊士を貫いた。

 

「ここは、通さないっすよ!」


「覚悟するでごぜぇやすよ!」


 他の隊士達は、柘榴に一斉に、襲い掛かろうとするが、そこへ高清が、吼えながら、隊士達を引き裂いていく。

 命を奪うかのように。

 真登も、柘榴を守るように、牙天衝を打ちこみ、隊士達を飲みこんでいく。

 その勢いは、止まらず、隊士達は、次々を倒れていった。


「おらおら!そこを退きな!近寄ると殺すぞ!」


 時雨は、聖印能力、変化・三目男を発動して、三つ目男に変化し、葉碌を豪快に振り回す。

 その様子は、いつものおびえた様子ではない。

 好戦的で、豪快さがうかがえる。

 時雨は、血を浴びようとも、お構いなしに、葉碌を振り回していく。

 そうでもしないと、押しつぶされてしまうからであろう。

 大戦と言う恐ろしさに。


「ら、烙印一族か!?」


「そうさ。だから、甘く見てると、痛い目見るよ!」


 時雨を目にした隊士達は、彼が、烙印一族だと悟る。

 それと、同時に、怒りや恐怖が、生まれてきたようだ。

 それでも、和泉は、否定せず、構える。

 話したところで、彼らは、戦いを止めるはずがないからだ。

 麗糸刀を発動した和泉は、糸で作られた刀で、隊士達や妖と刃を交えた。

 他の仲間達も、隊士達や妖達と対峙していく。

 大戦に勝利するために。

 感情を押し殺して。

 彼らのおかげで、撫子軍は、優勢へと変わっていた。


「こちらの方が、優勢に立っているようどすな。けど、まだ、彼らが来ておりまへん。ここからが、正念場かもしれへんな」


 撫子は、察知する。

 自分達は、優勢に立っていると。

 だが、まだ、気がかりなことがあるようだ。

 進軍してきたのは、一般隊士と妖達のみ。

 そう、撫子が言う「彼ら」が、まだ、進軍していない。

 もし、「彼ら」が、進軍して来たら、状況は一変するかもしれない。

 撫子は、そうよそういていたようであった。



 静居は、静かに戦いを見ている。

 まるで、傍観者のようだ。

 この血に染まった戦いを特等席で見ている。

 そんな気分なのだろう。


「あらあら、負けてるわね。さすがは、七大将軍だこと」


「一人減ってるよ?」


「そうだったわね」


 夜深は、口惜しそうにつぶやくが、表情は、妖艶な笑みを浮かべている。

 とても、残念そうに思っていない。

 少年は、夜深が、「七大将軍」と言ったことに対して、一人いないから間違っているのではないかと指摘する。

 夜深は、妖艶な笑みを保ったまま、うなずいた。

 まるで、この状況を楽しんでいるかのようだ。


「アバレタイ……シジヲ……」


「まだですよ。もう少し、お待ちください」


「ワカッタ……」


 獣じみた男は、待ちきれなくなったのか、動きだそうとする。

 戦場を見て血がたぎってきたようだ。

 いや、本能のままに暴れようとしているのかもしれない。

 だが、それを静居が、視線を送って制止させ、獣じみた男は、残念そうに引き下がった。


「夜深、あやつらに、進軍の指示を」


「ええ、わかったわ」


 静居は、夜深に指示し、夜深は、静居の元から立ち去る。

 静居の言う「あやつら」を送り込むために。



 何も知らない柘榴達は、隊士や妖達を戦いを繰り広げている。

 将軍達の力もあり、こちらの方が有利な状況であった。


「よし、このまま、一気に突破してやるっす!」


「いや、それは、無理かもしれねぇでごぜぇやすよ」


「え?」


 このまま、一気に突破し、静居の元へ到達できる。

 真登は、そう推測していたようだ。

 だが、その推測は、見事に裏切られてしまう。

 なぜなら、高清が何かに気付いたようだ。

 真登は、困惑した様子で、奥を見る。

 すると、静居側の援軍が、柘榴達の元へと迫っていた。


「あれは、まさか……」


「うん、とうとう、来たんだよ。彼らが」


 和泉も柘榴も、察している。

 援軍は、ここにいる彼らとは、格が違うと言っても過言ではないほどの力を持っていると。



 宝器から、妖を召喚させ、隊士や妖達を倒していった世津。

 彼の前には、敵軍はいない。

 皆、命を落としたようだ。

 残っているのは、死体と血だまりだけであった。


「よし、こっちは、順調だね。そのまま、進軍するよ!」


「はっ!」


 世津は、隊士達に指示し、静居の元へ進軍させようとする。

 だが、その時であった。

 突如、突風が吹き荒れ、世津へと迫っていったのは。


「わああっ!」


 隊士達は、回避が間に合わず、一気に吹き飛ばされ、地面に打ち付けられてしまった。


「っと。危ないじゃないか」


 世津は、余裕で回避してみせる。

 衣服に付着した葉を手で振り払いながら。


「せ、世津将軍!」


「わかってるよ。とうとう、来たみたいだね」


 平皇京の隊士達は、慌てた様子で世津に話しかける。

 だが、世津は、動じることはなかった。

 援軍が、世津に迫ろうとも。

 まるで、この状態を察していたかのように。



 撫子の目にもはっきり映っている。

 援軍が、撫子の元へと進軍している事に。


「ついに、進軍させたんどすな。聖印一族を」


 力を感じ、察したのだろう。

 援軍が何者たちであるかを。

 援軍の正体は、言うまでもなく聖印一族であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る