第六十話 協力者達に助けられて

 柚月達が、深淵の界に行っている間、透馬、真登、和泉は、平皇京へにいる撫子の元に赴いている。

 柚月達が、深淵の界に行き、深淵の囚人を殺すことを告げる為に。


「そうどすか。情報は、役に立ったんどすなぁ」


「そうっす、ありがとうっす!」


「帝のおかげで助かったよ」


 自分達が提供した情報が役に立ったのだと感じた撫子は、嬉しそうに、微笑んでいる。

 平皇京は、まだ、平和だ。

 静かすぎるほどに。

 何かの前触れでなければいいがと思わず、良からぬことを考えてしまいがちになってしまう。

 だが、今は、静居のたくらみを止められるかもしれない。

 そう思うと、撫子も、透馬達も、ほっと、胸をなでおろし、真登と和泉は、撫子にお礼を告げた。


「お礼は、藤代に言うてください」


「はい」


 撫子は、微笑んだまま、藤代にもお礼を言ってほしいと告げる。

 彼が、重大な情報をつかんでくれたおかげで、次の行動に移せたのだ。

 一番の功労者は、藤代と言っても、過言ではないだろう。

 透馬達は、うなずき、頭を下げて、撫子の部屋から出た。



 その直後、透馬達は、藤代と偶然会う。

 透馬達も、藤代も、目を瞬きし、驚きを隠せなかった。


「あ、藤代さん。ちょうどいいところに!」


「あ、みなさん、どうされましたか……?」


「藤代さんにお礼を言おうと思ってたんですよ」


「え?」


 透馬と会話を交わす藤代。

 だが、藤代は、あっけにとられた様子を見せる。

 何のことなのか、さっぱりわからないようだ。

 状況を把握できていないらしい。


「藤代さんがくれた情報のおかげで、静居の企みを止められるかもしれないっすよ」


「今、柚月達が、深淵の囚人を殺すために、深淵の界に向かってるのさ」


 真登と和泉が、藤代に事情を説明する。

 藤代のおかげで、柚月達は深淵の界に向かい、静居の企みを止めることができるのだと。


「まさか、深淵の界の事もわかったんですか?」


「はい。光焔のおかげで」


 藤代は、驚きのあまり、一歩下がってしまう。

 物静かな彼であるが、これほど、驚くという事は、深淵の界が、どこにあるかまでは、柚月達も、わからないだろうと予想していたようだ。

 そんな藤代に対して、透馬が、説明する。

 光焔が、深淵の界について知っている為、そこに向かうことができたのだ。


「それは、良かったです。濠嵐も、喜ぶでしょうね」


「濠嵐が?」


 藤代は、嬉しそうな笑みを浮かべ呟く。

 濠嵐の名を。

 なぜ、ここで、濠嵐の名が出てくるのだろうか。

 透馬達は、見当もつかず、首を傾げた。


「はい、濠嵐が、隊士達の動向を探るようにって助言してくれたおかげなんですよ」


「へぇ、そうだったんっすか」


「じゃあ、濠嵐にも、お礼を言っとかないといけないねぇ」


 藤代曰く、濠嵐が、助言してくれたから情報がつかめたらしい。

 濠嵐は、藤代に、静居や聖印京の状況ではなく、外に出た隊士達の動向を探るようにと告げたらしい。

 そのため、藤代は、隊士達の動向を探り、あの重大な情報を掴めたようだ。

 濠嵐の指示のおかげだと知った透馬達は、濠嵐にお礼を言おうと行動を起こそうとした。

 しかし……。


「すみません、今、濠嵐は、ここにはいないんです。あ、でも、僕から伝えておきますので」


「ありがとうございます」


 なんと、濠嵐は、平皇京にはいないようだ。

 どこかへ、出かけているだろうか。

 だが、濠嵐が戻り次第、藤代が、透馬達が感謝していた事をつがえてくれるらしい。

 自分達で、伝えられないのが、申し訳ないが、透馬達は、藤代に伝えてもらうことにした。


「では」


「はい、お気をつけて」


 透馬達は、頭を下げ、藤代と別れた。

 だが、透馬達も、藤代も、気付いていない。

 何者かが、密かに透馬達の会話を聞いていたようだ。

 そのものは、なぜか、不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで、重要な情報を聞けたと言わんばかりに。



 柚月達は、笠斎の案内で、奥へと進む。

 どうやら、深淵の囚人は、最深部で封印されているようだ。

 それほど、凶悪なのだろう。


「この奥に深淵の囚人は、封印されてる。あいつは、凶悪だから気をつけろよ」


「うむ、かたじけないな」


 笠斎は、柚月達に忠告する。

 やはり、彼も、深淵の囚人について知っているようだ。

 いや、知っていて当然なのだろう。

 何しろ、彼は、深淵の番人だ。

 深淵の界も、深淵の囚人も、熟知していても、おかしくはない。

 笠斎が言うのであれば、やはり、相当、手ごわいとみて間違いないだろう。

 柚月達は、身を引き締まる思いであった。


「笠斎、一つ、聞いていいか?」


「なんだ?」


「ここに妖達がいるんだったな」


「そうさ」


「だが、誰もいないように見えるんだが……」


 柚月は、気になったことがあったようだ。

 それは、深淵の界は、妖の巣窟だったと聞いているが、妖が一匹もいない事だ。

 柚月達は、深淵の界の中を進んでから、妖達と遭遇したことは、一度もない。

 もう、すでにもぬけの殻なのだろうか。

 だが、実際、柚月達が出会った妖は笠斎のみ。

 本当に、妖がいるのかさえ、疑わしくなってきたようだ。


「まぁ、そりゃあ、わしが、いるからだろうな」


「ん?どういう意味だ?」


 笠斎は、妖と遭遇しないのは、自分がいるからだと柚月の問いに答える。

 だが、笠斎の発言が何を意味しているのかは、柚月達は、見当もつかないようだ。

 ただ一人、光焔を除いて。


「笠斎は、深淵の番人だ。深淵の番人に逆らう妖はいないというわけだ」


「なるほど、そういう事ね」


 光焔が、笠斎の代わりに説明する。

 笠斎は、深淵の番人と呼ばれている。

 妖達は、深淵の番人には、逆らえないようだ。

 いや、笠斎に逆らえないのだろう。

 だからこそ、笠斎は、深淵の番人と呼ばれているようだ。

 綾姫は、納得し、うなずいていた。


「それに、笠斎は、強い。だから、勝てる妖はいないのだ」


「意外」


「こら、瑠璃」


 光焔は、まるで、自分の事のように、自信満々に笠斎の事を語る。

 それほど、笠斎の事を熟知しており、信頼しているのだろう。

 まるで、家族のように。

 だが、瑠璃は、思わず、ぼそりと、本音を漏らしてしまう。

 美鬼は、冷静に、瑠璃の口を手で抑え、笠斎の顔色を窺うように、見ていた。


「ははは!構わんよ。と言っても、何が起こるかわからん。用心しとけよ」


「ああ」


 笠斎は、気にも留めていないようだ。

 大柄な男のように、豪快に笑い、柚月達に忠告する。

 自分が、妖を統括しているのは、事実であるが、いつ、反旗を翻しても、おかしくはない。

 これを機に、刃向う妖もいるであろう。

 柚月も、そのことに関しては、想定済みのようであった。

 


 しばらくは、誰も、何も言わず、静かに進む柚月達。

 深淵の囚人の元へと着々と近づいていく。

 妖の襲撃は、今の所ない。

 順調と言ったところであろう。

 だが、その時であった。


「ん?」


 九十九、千里、そして、美鬼が何かに気付く。

 不穏な気配を感じたのだろうか。

 周囲に対して、警戒する九十九達。

 ゆっくりと、あたりを見回す。

 しかし……。


「まずい!」


「よけろ!」


 九十九と千里が、口々に叫ぶ。

 柚月達は、立ち止まる。

 しかし、時すでに遅し。

 一匹の妖が、柚月に襲い掛かる。

 九十九達も、反応できないほどの速度で。


「っ!」


 柚月は、とっさに、聖印能力・異能・光刀を発動して、手刀で妖を切り裂く。

 朧達は、驚愕し、戸惑いつつも、すぐさま、冷静さを取り戻し、宝刀や宝器を構えた。


「おいおい、逆らう妖はいないんじゃねぇのかよ!」


「わ、わからぬ、なぜなのだ!?」


 九十九は、焦燥に駆られた様子で、光焔に問いかける。

 今し方、襲ってくる妖はいないと発言したばかりだ。

 笠斎は、油断するなとは言ったものの、まさか、本当に、反旗を翻す妖がいるとは思ってもみなかったようだ。

 初めてなのだろう。

 妖が、笠斎に刃向ったのは。


「気をつけろ!どこから、来るか、わからないぞ!」


 柚月は、警戒するよう朧達に促す。

 妖達は、先ほどの妖と同様、柚月達に襲い掛かるつもりのようだ。

 すると、柚月の読み通り、妖達は、柚月達に襲い掛かる。

 柚月達は、四方八方に別れ、攻撃を回避し、妖達を切り裂く。

 だが、その時だ。

 突如、柚月達の足元から、二つの術が発動されたのは。


「っ!」


「じゅ、術だと!?」


 突然、術が発動され、柚月も、笠斎も、動揺する。

 一つの術は、柚月、千里、瑠璃を、もう一つの術は、朧、九十九、綾姫、美鬼を取り囲むように発動されていた。

 しかも、その術は、転移術の一種だ。

 どうやら、術は、仕掛けられていたらしい。

 柚月達は、抵抗する間もなく、術に覆われ始めた。


「待て!」


 光焔が、柚月達を助けようと、手を伸ばす。

 だが、柚月の元へ到達する前に、柚月達は、術をかけられ、一瞬のうちに、光焔と笠斎の目の前から消えてしまった。


「き、消えた!?」


「皆、どこに行ってしまったのだ!?」


 光焔も、笠斎も、周辺を見回す。

 だが、柚月達の姿は、どこにも見当たらない。

 しかも、柚月達に襲い掛かった妖達も、姿を消してしまったのだ。

 二人は、柚月達を完全に見失ってしまった。

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