第五十三話 優しい老婆のように

 朧、景時、そして、餡里が、聖印能力を発動し、使役に成功した為、龍神王は、意識を失い、眠りについた。


「龍神王を鎮められたみたいだね」


「はい……」


 朧も、景時も、息を切らしながらも、胸をなでおろす。

 一時は、どうなるかと不安に駆られたからだ。

 龍神王の力は、自分達が、予想している以上に強く、二人だけでは、使役も、できず、最悪の場合、柚月達の身に危険が及んだであろう。

 だが、餡里が、聖印能力を発動してくれたおかげで、ことなきことを得たのだ。

 朧は、餡里に、お礼の言葉を伝えようとした。

 しかし……。


「うっ!」


「餡里!」


 餡里が、顔をゆがませ、うずくまる。

 柚月達は、慌てて、餡里の元へ駆け寄り、餡里を支えた。

 餡里は、息を切らしている。

 少しでも、楽になるようにと、朧は餡里の背中をさすった。


「大丈夫か!?」


「ごめん、どうしても、朧たちの力になりたくて……」


「餡里……」


 餡里の身を案じる朧。

 餡里は、朧に謝罪した。

 申し訳なさそうに。

 朧の力になりたかったのだ。

 自分も、聖印一族。

 自分の聖印能力で、龍神王を鎮められるのであれば、彼の為に、力を発動しよう。

 たとえ、この身がボロボロになっても。 

 餡里は、覚悟の上で、聖印能力を発動したのだ。

 それゆえに、体に影響が出てしまい、未だ、餡里は、苦しめられていた。

 だが、そんな時だ。

 憑依化を保ったまま、瑠璃は、爪を伸ばし、自分の腕を斬る。

 腕からは、血が流れるが、瑠璃は、美鬼桜血酒を発動し、苦しみを取り除こうと試みた。


「これで、少しは、楽になるはず」


「ありがとう……」


 瑠璃のおかげか、餡里は、少し、楽になったようで穏やかな表情を浮かべる。

 朧は、安堵していたが、高清は、不安に駆られた様子を見せている。

 餡里の状態を知っているがゆえに……。


「う……うう……」


「龍神王様!!」


 龍神王は、意識を取り戻し、起き上がる。

 龍神達は、龍神王の元へ駆け寄り、龍神王の身を案じた。

 龍神王が意識を取り戻したことに気付いた柚月達は、視線を龍神王へと向けた。


「わ、私は、何を……」


「その……邪気にあてられて……」


 龍神王は、龍神達に尋ねる。

 その声は、威厳さと言うよりも、優しい老婆のようだ。

 これには、さすがの柚月達も、驚いた様子を見せた。 

 まさか、龍神王が、雌だったとは、予想外だったのだろう。

 龍神達は、言いにくそうに、説明する。

 まさか、龍神王が、暴れまわっていたとは、説明できないのだろう。


「そうでしたか。みなさんを危険目に合わせてしまったようですね」


「も、申し訳ありません。ですが、この方々が助けてくださったのです!」


 龍神王は、龍神達の様子と、周辺の状態を見て、察知したらしい。

 周辺は、あちこちが、破壊されている。

 龍神王が、暴れまわったからであろう。

 だからこそ、気付いたのだ。

 自分が何をしたのか。

 龍神王は、龍神達に申し訳なさそうに話す。

 それでも、龍神達は、龍神王に対して、頭を下げ、謝罪し、柚月達が助けてくれたのだと説明した。


「人間ですか……。まさか、ここまで、訪れるとは……」


 龍神王は、目を見開き、驚いた様子を見せる。

 人間が、ここを訪れるとは、龍神王も、予想外のようだ。

 だが、龍神王は、柚月達に、警戒する様子を見せず、穏やかな表情を浮かべていた。

 まるで、母親のように。

 どうやら、龍神達は、人間を信じてないわけではないようだ。

 龍神王は、見る見るうちに人の姿へと変えていく。

 その姿は、優しい老婆のようであった。


「すみませんでした。ご迷惑をおかけしてしまって」


「あ、いえ……。無事でよかったです。しかし、なぜ、邪気が……」


 龍神王は、柚月達に謝罪し、頭を下げる。

 柚月は、戸惑いながらも、返答し、龍神王に、問いかけた。

 なぜ、邪気に当てられてしまったのか。

 見当もつかなかったからだ。


「黄泉の神の仕業でしょう。我々を滅ぼすために。抵抗しようとしたのですが、かえって、皆さんにご迷惑をおかけしてしまったようですね」


「いえ。お気になさらないでください」


「ありがとうございます」


 龍神王は、柚月の問いに答える。

 なんと、黄泉の神が、邪気を発動したようだ。

 龍神達を滅ぼすために。

 だが、龍神王は、彼らを守るために、邪気を吸い取り、浄化しようと抵抗を試みたのだが、邪気に憑りつかれ、暴れまわってしまったらしい。

 龍神王は、責任を感じていたが、柚月達は、彼女を咎めるつもりは、毛頭ない。

 柚月達の優しさを感じ取ったのか、龍神王は、穏やかな表情を浮かべ、微笑んだ。


「それで、ここを訪れたのには、わけがあるのでしょう?我々でよければ、お力になりましょう」


「は、はい。実は……」


 龍神王は、なぜ、柚月達がここを訪れたのか、察したらしい。

 そのため、理由を聞かせてほしいと懇願したのだ。

 朧は、緊張しながらも、龍神王に理由を説明した。

 龍神である千里と言う妖が消滅してしまった事。

 そして、和ノ国を守るために、千里の力が必要であり、千里を復活させるためには、闇の力が必要であることを。


「なるほど、闇の力が必要なのですね」


「はい」


「ならば、私の力を授けましょう」


「いいんですか!!」


 朧から話を聞いた龍神王は、快く、闇の力を授ける事を承諾した。

 おそらく、柚月達に助けられたため、そのお礼がしたいのであろう。

 もし、彼らが、いなければ、龍神は、滅んでいたかもしれない。

 ゆえに、彼らは、龍神達にとって救世主だ。

 断るはずがなかった。

 朧の表情は、明るくなり、嬉しそうに、龍神王に問いかけた。


「はい。ですが、私の力を授けたところで、彼は、龍のまま、人の姿には、なれないでしょう」


「どういう意味?」


 朧の問いにうなずく龍神王。

 だが、闇の力、龍神王の力を授けても、千里は、人の姿に戻ることができないという。

 それは、どういう意味なのだろうか。 

 餡里は、不安に駆られた様子で、龍神王に問いかけた。


「千里と言う名を聞いたことがあります。龍神とほかの妖の間に生まれた妖なのです。本来、龍神は、龍の姿にも人の姿にもなれます。ですが、あの子は、龍の姿しかなれなかったのです」


 龍神王は、千里の出生について語り始める。

 なんと、千里は、龍神とほかの妖の間に生まれた妖だったのだ。

 それゆえに、龍神の力が半減されてしまったのだろう。

 千里は、龍の姿にはなれても、人の姿にはなる事は、できなかったようだ。


「あの子にとっては、苦痛だったのでしょう。六百年前、姿を消してしまったのですよ」


「それで、安城家にとらわれたんだ……」


 人の姿になれなかった千里は、苦痛に耐えられなくなり、忽然と姿を消してしまったという。

 責められていたわけではない。

 疎まれていたわけではない。

 ただ、自分を追い込んでしまったのだ。

 無意識のうちに。

 自分は、中途半端な妖だと自嘲して。

 集落から出た千里は、安城家に囚われ、安城家の戦いの道具として生きてきたようだ。

 茜と藍、そして、餡里に出会うまでは……。


「じゃあ、千里が、人の姿になれたのは……」


「聖印の力を吸い取ったからだ。龍神の力は、神に近い力。聖印も、神に近い力だ。だから、千里は、人の姿になれた。そうですよね?」


 龍神王の話を聞いた朧と餡里は、推測する。

 千里が、人の姿になれたのは、おそらく、餡里から聖印を吸い取ったからだ。

 龍神の力と聖印の力が、神に近い力であったゆえに。

 朧は、確認するように、龍神王に質問した。


「そうでしょうね。ですが、おそらく、それすらも、難しくなるでしょうね……」


 龍神王は、静かにうなずく。

 だが、千里は、聖印の力を失ったはず。

 ゆえに、人の姿になる事は、難しいだろう。

 申し訳なさそうに、答える龍神王。

 しかし……。


「僕は、それでもいい」


「餡里」


「どんな姿であっても、千里は、千里だよ。だから、僕は、千里に会いたい」


 餡里は、堂々と答える。

 たとえ、人の姿になれなくとも、千里であることに変わりはない。

 どんな姿であっても、餡里は、千里に会いたいのだ。


「あなた方は、どう思われているのですか?」


「……俺達も同じです。千里に会いたい」


 龍神王は、餡里の想いを感じ取ったようであり、穏やかな表情を浮かべている。

 そして、彼女は、確認するように朧に尋ねた。

 もちろん、朧達も、餡里と同じ気持ちだ。

 千里に会いたい。

 どんな姿であっても。


「それほど、強い願いを持っておられるのですね。いいでしょう。あなた方に、私の力を授けましょう」


 朧達の想いを感じった龍神王は、闇の力を朧達に、授ける事を伝える。

 千里を受け入れてくれると信じて。

 龍神王は、闇の力を発動させ、朧達に授ける。 

 闇の力は、瞬く間に、八尺瓊勾玉へと吸い込まれていった。 

 こうして、柚月達は、闇の力を手に入れることができたのであった。


「ありがとうございます」


「どうか、あの子をお願いします」


「はい!」


 朧は、頭を下げる。

 龍神王達に感謝して。

 龍神王は、柚月達に、千里の事を託し、朧は、うなずいた。


「良かったな、朧、餡里」


「うん」


「ありがとう、兄さん」


 柚月は、朧と餡里に語りかける。

 それも、嬉しそうに。

 喜んでいるのだろう。

 これで、千里も復活できると。

 朧と餡里は、嬉しそうに、うなずいた。



 その後、柚月達は、龍神王達にお礼を言い、光城へと戻っていく。

 龍神王達は、柚月達の姿が見えなくなるまで、見送っていた。


「不思議な方でしたね」


「はい。まさか、人間が、私達を助けるとは……」


「それほど、私達を妖を理解しておられるのでしょう」


 龍神王は、龍神と語りあう。

 まさか、人間が、自分達を助けてくれるとは、想ってもみなかったのであろう。

 だが、自分達を受け入れてくれる人間もいるのだということを龍神王達は、理解したのだ。

 そして、いつの日か、妖と人間が、共存できると確信を得て。


「ですが、あの餡里と言う子は……」


 だが、龍神王は、悲しそうな表情を浮かべる。

 気付いてしまったのだ。

 餡里の事を。

 餡里は、もう、長くないのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る