第五十四話 君をたどって

 柚月達は、光城に帰還する。

 すると、綾姫達が、柚月達を出迎えた。


「お帰りなさい!」


 綾姫は、柚月の元へと駆け寄る。

 柚月は、穏やかな表情をして、歩み寄る。 

 彼らの表情を目にした綾姫達は、察したようだ。

 闇の力を手に入れることができたのだと。

 その時だ。

 九十九が、遅れて歩いてきたのは。


「九十九、起きれるようになったのか?」


「おう、おかげさまでな」


 朧は、嬉しそうに、九十九に尋ねる。

 起き上がり、歩けるようになったようだ。

 無理している様子はない。

 体が、馴染んできたのだろう。

 九十九も、嬉しそうにうなずいていた。


「その様子だと、無事に、闇の力を手に入れられたみたいだね」


「ああ、皆のおかげでな」


「龍神王が優しい方だったから」


 柘榴は、安堵した様子で、柚月達に語りかける。

 心配していたからだ。

 龍神達は、妖狐達のように、人間を受け入れていないのではないかと。

 そのため、柚月達は、大丈夫かと。

 だが、心配する必要はなかったようだ。

 朧は、龍神王は、優しかったと告げる。

 もちろん、龍神王が、邪気に当てられたことが原因で、暴れまわった事は、綾姫達には、内密なのだが。


「餡里、だ、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」


 時雨は、餡里の顔色が悪いことに気付く。

 やはり、無理をさせてしまったのだろうか。

 餡里は、高清に支えてもらいながら立っている。

 立っているのも辛そうだ。


「大丈夫。僕の事は、心配しないで」


「は、はい」


 餡里は、微笑みながら、時雨に、大丈夫だと告げる。

 これ以上、心配させないためだ。

 時雨は、うなずくが、やはり、心配だ。

 とても、大丈夫そうには、見えないからだ。

 だが、時雨は、これ以上、尋ねる事はできなかった。

 そして、柚月達も……。


「ねぇ、朧、早く、千里を復活させよう!いいでしょ?」


「あ、うん」

 

 餡里は、嬉しそうに、千里を復活させようと頼む。

 心待ちにしているのだろう。

 千里に会える時を。

 千里が、復活できると聞いた時、餡里は、どれほど待ち望んでいたのだろうか。

 そう思うと、朧も、餡里の為に、早く、千里を復活させたいと願った。

 もちろん、自分も、千里に会いたいと願って。


「光焔、頼んでいいか?」


「うむ。もちろんだ」


 朧は、光焔に、術を発動してほしいと、懇願し、光焔は、静かにうなずく。

 柚月は、八尺瓊勾玉を光焔に渡し、光焔は、受け取った。


「前と同様に、神の力と闇の力を朧に送る。だが……」


「わかってる。俺のことは、心配しないで」


 光焔は、朧に、復活方法を説明する。

 九十九と同様に、力を朧に送り込み、朧の中で、千里を復活させようとしているのだ。

 だが、柚月と同様、体がきしみ、何らかの影響が出てしまうだろう。

 そのことに関して、朧に説明しようとする光焔。 

 だが、説明する前に、朧は、承諾した。

 覚悟の上だ。

 千里の為なら、痛みくらい、耐えられる。

 朧は、決意を固めていたのだ。


「大丈夫、いざとなったら、私に任せて」


「瑠璃……」


「あなた、まさか……」


「うん。その時は、よろしく」


 瑠璃が、朧の隣へと歩み寄る。

 いざとなれば、瑠璃は、美鬼を憑依させて、体を回復させようとしているようだ。

 朧も、美鬼も、気付いていたが、瑠璃は、美鬼に懇願する。

 自分の意見を変えるつもりは、毛頭ないのだろう。


「承知いたしました」


 美鬼は、あきれながらも承諾する。

 瑠璃は、微笑みうなずいた。


「では、行くぞ」


「うん」


 朧は、意を決してうなずく。

 とうとう、この時が来たのだと。

 光焔は、術を発動し、神の力と闇の力を、八尺瓊勾玉から朧へと送った。

 その直後であった。


「うっ!ぐっ!」


「朧!」


 朧は、苦悶の表情を浮かべ、うめき声をもらしながら、うずくまる。

 体中がきしむのを感じたのだ。

 激痛にも似た感覚に、朧は苦しめられる。

 柚月や瑠璃は、朧の元へ駆け寄り、支え、九十九達は、心配そうに、朧を見ていた。


「大丈夫……大丈夫だから」


「朧……」


 朧は、額に汗をかきながら、大丈夫だと告げる。

 だが、どう見ても大丈夫ではない。

 必死に耐えているのが、目に見えて分かる。

 柚月は、その感覚を体験しているが、それも、少しの間だけだ。

 少し、耐えれば、千里は復活し、朧も解放される。

 そう励まそうとしていた。

 しかし……。


「うああっ!」


「朧!」


 朧が、叫び、よろめいてしまう。

 柚月達は、慌てて、朧を支えるが、朧は、体の震えが止まらなくなり、荒い息を繰り返し始めた。 

 これは、もう、痙攣に近い症状のように思える。

 柚月が、体験した以上の苦痛を味わっているようにしか思えない。

 一体、どうしたというのであろうか。


「お、おい、本当に大丈夫なのか?」


 九十九は、光焔に尋ねる。

 このままでは、朧が、耐え切れなくなる。

 そう察し、不安に駆られたからであろう。

 これには、光焔も、予想外であり、動揺を隠せない。

 だが、光焔は、すぐに、冷静さを取り戻し、朧の様子をうかがった。


「……もしかしたら、復活に時間がかかっているのかもしれぬ。前は、明枇が、九十九の魂と一つになったから、すぐに、復活できたのだが」


 光焔は、朧の様子を見て、思考を巡らし、説明する。

 柚月の場合は、明枇が、柚月の中に入り、九十九をすぐに見つけ、魂を一つにさせたため、短時間で、九十九は復活し、柚月は解放された。

 だが、今回、光焔が朧に送り込んだのは、神の力と闇の力のみ。

 それゆえに、時間がかかっているのだろう。


「じゃあ、朧は、長い時間、あの苦痛に耐えなければならないってことなのか?」


 柚月は、不安に駆られた様子で、光焔に尋ねる。

 あの苦痛を、いや、それ以上の苦痛を朧は、長い時間、耐えなければならないようだ。

 そう思うと、柚月は、心配になる。

 朧の身にもしものことがあったら……。

 光焔は、柚月の問いに答えられず、申し訳なさそうにうつむいてしまった。


「大丈夫だ。兄さん、俺……耐えられるから」


「朧……」


 柚月達の心情を察した朧は、額に汗をかき、息を切らしながらも、穏やかな表情で答える。

 覚悟を決めていたからだ。

 どれほどの苦痛を長時間、耐えなければならないことになったとしても。 

 千里に会えるなら、耐えてみせると。

 柚月は、未だ、不安に駆られた様子で、朧を見ている。

 大丈夫だと、朧は言っていたが、相当無理をしているようだ。

 柚月は、何もできない事を悔やんで、歯を食いしばっていた。


「美鬼」


「はい」


「待って、もう少しだけ……」


 瑠璃は、美鬼の名を呼ぶ。

 美鬼を憑依させ、朧の苦痛を取り除くためだ。

 美鬼も、状況を察した為、すぐにうなずく。

 だが、朧は、彼女達を引き留めた。

 瑠璃を傷つけたくない一心で。

 その時だった。

 餡里が、朧の肩に触れたのは。


「餡里?」


「僕が、力を送るよ。そしたら、千里に呼びかけられるかもしれない。僕も、千里と契約してるから」


「けど……」


 餡里は、千里に呼びかける為に、力を送ると告げる。

 少しでも、早く、千里が復活すれば、朧も、解放されるからだ。

 だが、朧は、餡里の身を案じる。

 これ以上、聖印能力を使わせたくない。

 そう言いたい朧であったが、餡里が、静かに首を横に振った。


「大丈夫だよ。僕を信じて」


「ごめん……」


 餡里は、懇願する。

 自分を信じてほしいと。

 これでは、餡里を止められそうにない。

 朧は、謝罪する。

 申し訳なさそうに。

 餡里は、答える代わりに、微笑む。

 自分は、大丈夫だと言っているのかのよう。

 朧と餡里は、目を閉じ、意識を集中させた。


――千里、戻ってきて。君に会いたいよ……。


――千里、餡里が、お前に会いたがってる。だから……。


 朧と餡里は、千里に呼びかける。

 千里の魂は、今、朧の中で、神の力と闇の力を受け入れ、復活を遂げようとしている。

 朧と餡里の声が届いたのか、千里にも変化が起こり始めた。


「戻ってこい!千里!!」


 朧は、声に出して、想いを叫ぶ。

 すると、光が朧の中から出て、宙に浮き始めた。

 朧も餡里も、驚愕し、その光を見上げた。


「千里が……復活したのか?」


 朧は、呟く。

 あの光は、千里なのかと。 

 そう思うのも無理はない。

 先ほどまで、朧を蝕んでいた苦痛が光が出た途端、一瞬にして消え去ったのだ。

 光は、見る見るうちに、龍の姿へと変わっていく。

 ついに、千里が、復活したのだ。

 千里は、目を閉じたまま、下降し始めた。


「千里!」


 柚月達は、千里の元へ駆け寄り、朧が、両手で、千里を受け止める。

 千里は、すぐに、意識を取り戻したようで、ゆっくりと、目を開け、周囲を見回した。


「俺は……」


「良かった!会えた!」


 千里ともう一度会えたことを喜ぶ餡里。

 彼は、目に涙をためている。

 それほど、会いたかったのだろう。

 朧も、今にも泣きそうだ。

 千里は、小さな龍に戻ってしまったが、それでも、構わない。

 また、千里に会えたのだから。


「すまない。ありがとう……」


 千里は、穏やかな表情で、告げる。 

 謝罪と感謝を。

 朧達も、穏やかな表情で、千里を出迎えた。

 やっと、千里に会えたという喜びをかみしめながら。

 しかし……。


「かはっ!」


 突如、餡里が、血を吐き、倒れ込んでしまった。


「餡里!」


 柚月達は、餡里の元へ集まり、朧が、餡里を抱きかかえる。

 餡里の口からは、血が流れ、餡里は、目を閉じたままであった。

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