第三十七話 二柱の神

 柚月と勝吏、朧と月読の親子の戦いが、始まってしまった。

 勝吏は、柚月に斬りかかるが、柚月は、勝吏の刃を真月で受け止める。

 そのまま、はじき、勝吏の体勢を崩そうとした柚月であったが、勝吏の刀から、雷が放たれ、真月をも覆い尽くしてしまう。


「ちっ!」


 柚月は、雷が、自分の手に襲い掛かる前に、とっさに、後退し、距離をとる。

 勝吏の宝刀は、雷を操る事ができるのであった。

 宝刀の名は、雷渦らいか

 技の名は、雷鳴刃らいめいじん

 先ほどのように、雷を雷渦に纏わせ、斬りかかる技だ。

 そのため、柚月は、真月で雷渦をはじき返す事も、至難の業となってしまった。


「お前の力は、その程度か?柚月」


「……まだだ!」


 勝吏に挑発される柚月。

 だが、柚月は、吼えるように、叫び、勝吏に向かっていく。

 勝吏は、再び、雷鳴刃を発動するが、柚月が、真月輝浄を発動し、刀身から光の刀が、伸び始め、雷の刃とぶつかり合う。

 同等の力をぶつければ、相殺はできなくとも、回避することはできるはずだ。

 柚月と勝吏の戦いは、さらに、激しさを増していった。

 朧は、月読と対峙ているが、月読と距離を取り、相手の動きを読もうとしているようだ。

 だが、月読は、容赦なく、短刀を振る。

 すると、短刀から、水滴が発動され、刃となって朧に襲い掛かった。

 朧は、明枇で、水滴を切り裂き、難を逃れた。

 月読が手にしている短刀の名は、空霞そらがすみ

 技の名は、霞涙かすみなみだだ。

 先ほどのように、水滴を発動させ、刃と化して、敵を斬る技であり、明枇ノ破刀とは、相性が悪い。

 炎の刃では、水の刃にかき消されてしまうからだ。

 そのため、技を発動せずに、切り抜けるしかなかった。


「朧、聖印能力を発動しなさい。あれが、お前の切り札なのだろう?」


「切り札だからこそ、最後までとっておくのさ!」


 月読も、朧を挑発するかのように、聖印能力を発動させようとする。

 朧が、苦戦していると見抜いているようだ。

 だが、朧は、その手には、乗らなかった。

 相手が、母親であり、強敵であろうと、今は、聖印能力を発動するつもりはない。

 時間を稼ぐために戦っているのだから。

 月読は、苛立ったのか、舌打ちをし、朧に、襲い掛かる。

 朧は、月読の空霞を受け止め、再び、戦いを繰り広げた。


――早く、早くしないと……。


 綾姫は、焦燥に駆られた様子で、祈っている。

 水の神を復活させるためには、宝玉を聖水の泉に投げ入れ、綾姫が、水の神と同調しなければならないのだ。

 だが、波長が合わないのか、水の神は、目覚める気配がない。

 綾姫も、そう、感じていた為、焦っていた。


――お願い、目覚めて……。


 綾姫は、祈り続ける。

 早く、水の神が、目覚めるように。

 だが、その時であった。


「うぐっ!」


「っ!」


 柚月のうめき声が聞こえ、綾姫は、思わず、祈りをやめ、振り返ってしまう。

 柚月が、勝吏が、放った雷鳴刃の技をその身に受け、手に、火傷を負ってしまったのだ。

 綾姫達を守るように、前に出て、構えていた瑠璃も、思わず、息を飲んでしまう。

 自分が、前に出て、戦うべきではないかと葛藤しながら。

 それほど、柚月が、苦戦しているように見えた。


「兄さん!」


「どこを見ている!」


「くっ!」


 朧も、思わず、柚月の方へと視線を向けてしまう。

 そのため、わずかに、隙が生まれてしまったのだ。

 月読が、その隙を逃すはずもなく、霞涙を発動し、朧は、水滴の刃をその身に受けてしまい、裂傷を負ってしまった。


「柚月!朧君!」


 綾姫は、柚月と朧の身を案じ、思わず、叫んでしまう。

 だが、柚月と朧は、ひるむことなく、戦いを続けていた。

 なんとしてでも、綾姫達を守るために。


――私が、ぐずぐずしているから……。


 綾姫は、自分のふがいなさにを感じて、自分を責めてしまう。

 早く、水の神を復活させていれば、このような事は、ならなかったと。

 だが、今は、水の神を復活させることに、集中しなければならない。 

 綾姫は、再び、柚月達に、背を向け、祈り始める。

 だが、焦燥に駆られるばかりで、同調ができずにいた。

 その時であった。

 光焔が、綾姫の手に優しく触れたのは。


「光焔……」


「綾姫、落ち着くのだ。落ち着かなければ、神と心を通わすことができないぞ」


「……そうだったわね」


 光焔は、綾姫に落ち着くよう諭す。

 焦燥に駆られてばかりいては、水の神は、復活させられないからだ。

 綾姫は、我に返ったように、はっとし、うなずく。

 今は、柚月達を信じて、祈るしかない。

 綾姫は、目を閉じて、深呼吸をし、祈り続けた。


――落ち着いて。私なら、やれるわ!


 綾姫は、自分に言い聞かせ、心を落ち着かせようとする。

 いや、すでに、心は落ち着いていた。

 光焔の助言によって。

 その時であった。


――来た!


 綾姫は、感じ取る。

 水の神と同調し始めた事を。

 そして、水の神が、目覚めようと力を発動させていた。

 綾姫は、水の神と波長を合わせ、祈り続けた。

 そして……。


「目覚めよ!水の神・泉那せんな!」


 綾姫は、呪文を叫ぶ。

 すると、聖水の泉が、光り始め、その光は、外へと飛びだした。

 その光は、人の形へと変化していく。

 その姿は、青い髪と目、そして、巫女のような衣装を身に着け、天女の羽衣を身に纏った女性が、綾姫の前に姿を現した。

 その女性こそが、水の神であった。


「しまった!?」


「あれは、水の神?」


 勝吏と月読は、目を見開き、動揺を隠せないようだ。

 水の神が、復活してしまった事に、驚きを隠せないのであろう。

 柚月達は、時間を稼ぐことに成功した瞬間であった。


『ようやく、会えたわね、綾姫』


「ええ、私も、会いたかったわ。泉那」


 泉那と呼ばれた水の神は、微笑んでいる。

 綾姫と会えたことを喜んでいるようだ。

 綾姫も、会いたかったようで、微笑んでいた。


「頼むわよ!」


『任せなさい!』


 綾姫は、泉那に託す。

 勝吏達を止めてくれると信じて。

 泉那は、うなずき、水の力を発動した。


「くっ!」


「勝吏様!」


 水が勢いよく流れ始める。

 勝吏は、抵抗むなしく、水に流されてしまい、柚月達から、遠ざかってしまった。

 月読は、あっけにとられ、身を硬直させている。

 神の力を目の当たりにしたからであろう。


「これが、神の力、か……」


 柚月も、神の力を目の当たりにして、圧倒されている。

 もはや、聖印一族や妖でさえも、彼女には、適わないだろう。

 それほどの力を泉那は、持っているのだ。

 これでは、さすがの月読も、泉那相手に、手は、出せず、戸惑っていた。


「次は、お前の番だぞ。瑠璃」


「うん」


 光焔は、瑠璃に、命じる。

 勝吏が、流され、月読は、戸惑っている。

 桜の神を復活させるなら、今であった。

 瑠璃は、うなずき、懐から、千年桜の核を取り出し、宝玉に触れさせる。

 すると、千年桜の核は、光り始め、瑠璃は、目を閉じ、祈り始めた。

 桜の神と同調するために。


――感じる……。


 瑠璃も、感じ取る。

 桜の神が目覚めつつあることを。

 桜の神は、目覚める為に、力を発動し、瑠璃は、桜の神と波動を合わせ、祈り続けた。

 そして……。


「目覚めよ、桜の神・李桜りお!」


 瑠璃は、呪文を叫ぶ。

 すると、千年桜の核が、浮かびあがり、まばゆい光を放つ。

 その光は、人の形へと変化し始めた。

 桜の花吹雪を発動させて。

 その姿は、桜色の髪と目、そして、下は短い女袴の着物を身に纏い、桜の髪止めを身に着けた女性が、瑠璃の前に姿を現した。

 ついに、桜の神も、復活したのだ。


「今度は、桜の神まで……」


 月読は、愕然としてしまう。

 水の神を相手にするだけでも、苦戦してしまうというのに、桜の神まで相手にしなければならないとなると、敗北は、確実だ。

 だが、勝吏も、月読も、柚月達を逃がすわけにはいかず、戸惑っていた。


『初めましてですね。瑠璃』


「うん。初めまして、李桜」


『私も、助太刀いたしましょう』


 短い会話を交わした瑠璃と桜の神・李桜。

 そして、瑠璃達を救うために、李桜は、花吹雪を発動させた。

 月読を攻撃するのではなく、自分達の姿を見えなくするために。


「ちっ!」


 月読は、苛立ち、舌打ちをしながら、霞涙を発動するが、桜の花びらに遮られ、防がれてしまう。

 もはや、月読は、彼らの姿を目にすることでさえも、不可能となってしまった。


『さあ、みなさん、今のうちに』


『ここから、脱出するわよ!』


「ああ!」


 李桜と泉那は、聖印京から脱出するよう促す。

 脱出するなら今しかないのだ。

 隊士達が、駆け付けてしまったら、厄介なことになる。

 そのため、勝吏と月読の動きを封じた今なら、無事に脱出できる。

 李桜と泉那は、そう判断したのだ。

 柚月も、同じことを考えていたようであり、うなずき、勝吏達に、背を向けて、裏門から、脱出しようと試みた。

 しかし……。


「おのれ、逃がさぬぞ!」


 勝吏は、怒りを露わにして、力を発動する。

 だが、その力は、明らかに、聖印の力ではない。

 まがまがしく、恐ろしい妖気を感じたからだ。

 勝吏が、力を発動した直後、なんと、妖達が召喚されてしまった。


「あ、あれは……妖!」


「あの男、父上に力を与えたのか!」


 柚月達は、察してしまった。

 なんと、静居は、勝吏に妖を召喚する力を与えていた事に。

 それは、勝吏にとって、命を削る行為であった。

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