第三十六話 再会の果てに

 突如、現れた勝吏と月読に対して、綾姫が愕然としている。

 なぜなら、彼らは、冷たい眼差しで、綾姫と瑠璃を見ているからだ。 

 まるで、二人から敵として認識されている気分だ。

 綾姫も、理解している。

 彼らは、助けに来たのではないと。

 だが、どうしても、受け入れられなかった。


「なぜ、ここに……?」


 綾姫は、恐る恐る二人に尋ねる。 

 なぜ、ここにいるのかと。

 悪い夢なら覚めてほしいと願うほどに、未だ、信じられずにいた。


「脱走者を捕らえるのは、当たり前の事であろう」


「たとえ、千城家の姫君であってもな」


 最初に、勝吏が答え、続いて、月読も答える。

 やはり、彼らは、自分達を捕らえるつもりで、ここに来たようだ。

 おそらく、綾姫と瑠璃が、本堂から逃げたと聞き、先回りしたらしい。 

 綾姫達は、ここへ来ると推測して。

 なぜ、二人は、自分達を捕らえようとしているのか。

 綾姫と瑠璃は、思考を巡らせる。

 考えられることは、一つしかなかった。


「駄目、綾姫、操られてる……あの男に……」


「皇城静居……」


 瑠璃は、ある答えにたどり着く。

 いや、綾姫も素手にたどり着いていたのだ。

 勝吏と月読が、豹変してしまったのは、皇城静居のせいだと。

 彼が、勝吏と月読さえも、操ってしまったのだと。

 綾姫は、こぶしを握りしめる。

 今すぐにでも、静居を殴ってやりたいくらいだ。

 それほど、綾姫は静居に対して、怒りを覚えている。

 だが、それすらも、今は、できない。

 綾姫は、それが、悔しくてならなかった。


「おとなしくしていれば、処罰は、軽くなる。私が、静居様にかけあってやろう」


「そのような交渉には、乗りません。たとえ、勝吏様のご厚意でも」


 勝吏が、二人に対して、交渉を持ち掛ける。

 不敵な笑みを浮かべて。

 だが、綾姫は、きっぱりと断った。

 それも、皮肉を込めて。

 綾姫は、気付いていたからだ。

 勝吏が、嘘をついていると。

 処罰を軽くすると言っていたが、そんなはずがない。

 静居は、自分達を捕らえ、処刑するつもりだろう。

 どれほど、勝吏が、懇願した所で、覆るはずがないのだ。

 それは、勝吏も、理解している。

 だが、嘘をつき、綾姫達を捕らえようとしていたのであった。


「そうか……残念だ」


 交渉決裂となり、勝吏は、鞘から宝刀を抜き、月読は、短刀を鞘から引き抜き、構えた。

 綾姫達を捕らえるつもりだ。

 それも、命を奪ってでも。

 綾姫は、水札を手にし、構えようとするが、突如、瑠璃が、綾姫を守るように、前に出た。


「綾姫、貴方は、水の神を復活させて。私が、食い止める」


 瑠璃は、綾姫に告げる。

 たった一人で、勝吏と月読の相手になろうとしているのだ。

 だが、それは、いくら何でも、無謀であった。

 勝吏は大将、月読は討伐隊の武官だ。

 二人とも、実力は、綾姫達よりも、上である。

 そんな二人をたった一人で相手にするなど、死に急ぐようなものだ。

 白桜を手にした瑠璃は、構えるが、綾姫は、それを許すはずがなかった。


「駄目よ、私も戦うわ!」


「いいから!」


 綾姫は、瑠璃の身を案じ、自分も戦うと反論する。

 だが、瑠璃は、振り返って、声を荒げる。

 今ここで、水の神を復活させなければならないと考えているのであろう。

 そうでなければ、二人とも、勝吏と月読に捕らえられてしまうか、殺されてしまう。

 そうなる前にと、自分が、綾姫を守ると判断したようだ。


「わかったわ」


 瑠璃の覚悟を感じ取った綾姫は、瑠璃に対して、背を向ける。

 自分が、やるしかないのだと、綾姫も、覚悟を決めて。


「死なないで」


「……了解した」


 綾姫は、瑠璃に懇願する。

 無事でいて欲しいと。

 瑠璃は、静かにうなずくが、白桜を握りしめる。

 命に代えても、綾姫を守り抜くと誓って。

 綾姫と瑠璃は、同時に、地面を蹴り、綾姫は、聖水の泉へと、瑠璃は、勝吏と月読へと向かっていった。

 勝吏と月読は、同時に、瑠璃に向かって攻撃を仕掛けるが、瑠璃は、舞うように、回避する。

 真っ向から、立ち向かっても、二人に勝てる見込みはない。

 かといって、綾姫を守り抜かなければならない。

 そのため、瑠璃は、舞うように、回避し、二人をほんろうさせようと試みた。


――早く、復活させないと……。


 綾姫は、宝玉を聖水の泉へ投げ入れる。

 焦燥に駆られるのを必死に抑えながら。

 宝玉は、深く沈みながら、光を放ち始める。

 綾姫は、祈り始めた。

 水の神を復活させるために。

 だが、その時であった。


「ああぁっ!」


「瑠璃!」


 瑠璃の叫び声が聞こえる。

 綾姫は、不安に駆られ、振り向くと、瑠璃は、吹き飛ばされてしまったのだ。

 勝吏と月読は、容赦なく、瑠璃に迫ろうとする。

 綾姫は、慌てて、瑠璃の前に立ち、瑠璃を守ろうと両手を広げた。

 瑠璃は、痛みをこらえながらも、起き上がり、構えた。


「無駄だ。烙印一族ごときが、私達に敵うわけがない」


「彼女は、烙印一族じゃないわ!」


 勝吏は、瑠璃の事を烙印一族とののしる。

 だが、綾姫は、それを否定した。

 瑠璃は、巻き込まれたのだ。

 静居の命令により。

 そう思うと、綾姫は、静居の事が、ますます、許せなくなる。

 あのような下衆を盲目的に信じていた自分自身も。


「言いたいことはそれだけか?」


「え?」


 反論した綾姫に対して、勝吏と月読は、冷酷なまなざしを向ける。

 綾姫は、背筋に悪寒が走り、身が硬直してしまった。

 二人の目は、殺意を宿していたからだ。

 本気で、綾姫と瑠璃を殺すつもりなのだろう。


「死になさい!」


 勝吏と月読は、綾姫と瑠璃に、斬りかかる。

 綾姫は、水札で、抵抗することもできず、体が、固まったままだ。

 刃は、容赦なく、綾姫に切り裂こうとしていた。

 だが、その時であった。

 柚月と朧が、駆け付け、二人の刃を防いだのは。

 もちろん、変装を解いて。


「柚月……」


「朧……」


 柚月、朧と再会を果たした綾姫と瑠璃。

 彼らの背を目にしただけだというのに、涙がこぼれそうだ。

 それほど、会いたかったのだ。 

 神に託されたとはいえ、二人の元を離れたのは心苦しかったのであろう。


「朧、大丈夫か?」


「うん、なんとか……」


 勝吏と月読の刃を受け止めた柚月と朧は、二人の刃をはじく。

 勝吏と月読は、後退し、体勢を整えて、構えた。


「父上、母上……」


 柚月は、勝吏と月読へと視線を向けている。

 だが、勝吏と月読は、動じることなく、冷酷なまなざしで、柚月達をにらみつけている。

 まるで、彼らを敵とみなしているようだ。

 本当に、静居に、操られてしまったのであろう。

 柚月も、朧も、そう察し、深い悲しみが柚月と朧の中で渦巻いていた。

 両親と対峙しなければならないと思うと。


「姫達よ、大丈夫か?」


「え、ええ。貴方は?」


「わらわは、光焔。光の妖だ」


「あなたが……そうなのね」


 光焔は、綾姫に駆け寄っていく。

 綾姫は、誰なのか尋ね、光焔が名を名乗り、正体を明かす。

 どうやら、綾姫は、光焔の事を知っているようだ。

 彼の名と正体を聞いただけで、納得した様子を見せた。


「あの、お怪我はありませんか?」


「餡里?」


「え?」


 餡里も、瑠璃の元へと駆け寄っていく。

 だが、瑠璃に名を呼ばれた餡里は、困惑してしまった。

 餡里は、瑠璃の事も、覚えていなかったからだ。


「どうして、僕の名前を?」


 餡里は、瑠璃に尋ねる。

 なぜ、自分の名前を知っているのか。

 瑠璃は、知らなかった。

 餡里が、記憶喪失になった事に。

 だから、目を見開き、戸惑ってしまったのだ。

 その時であった。


「うっ!」


「餡里!」


 餡里は、激しい頭痛に襲われ、頭を押さえる。

 頭が割れそうだ。

 額から汗が滴るほどに。

 瑠璃は、餡里を支えるが、餡里は、痛みでもがきながらも、瑠璃の顔をじっと見ていた。


――この人、どこかで見たことがある。朧の時も、そうだった。見たことあると思ったら、頭痛がして……。それに、ここの景色、やっぱり、どこかで……僕は、何者なんだ?


 餡里は、思い返していたのだ。

 朧と会った時も、頭痛がした事に。

 始めて会ったはずなのに、向こうは、自分の名を覚えていた。

 しかも、朧とどこかで見たことがある気がして。

 瑠璃の時も、同様の現象が起こった。

 つまり、瑠璃とも、どこかであったことがあるのだ。

 それに、聖印京を訪れたのは、初めてのはずなのに、どこか、懐かしさを感じる。

 そう思うと、自分は、一体に、何者なのか、餡里は、思考を巡らせ始めていた。

 だが、勝吏と月読が、柚月達に、迫ろうとしている。 

 彼らを殺すためだ。

 柚月と朧は、綾姫達の前に出て構えた。


「綾姫、ここは、俺達に任せて、水の神を復活させるんだ」


「でも……」


「俺達なら大丈夫です!だから、お願いします!」


「……わかったわ」


 柚月は、綾姫に懇願する。

 水の神を復活させるように。

 だが、綾姫は、躊躇してしまった。

 家族同士で、戦わせたくないと願って。

 柚月も、朧も、覚悟を決めている。

 それゆえに、朧は、もう一度、懇願したのだ。

 彼らの覚悟を感じ取ったのか、綾姫は、うなずき、柚月達に、背を向けた。

 今度こそ、水の神を復活させるために。


「瑠璃」


「うん」


「餡里の事をお願い」


「……了解した」


 朧は、瑠璃に、餡里の事を託す。

 瑠璃は、静かにうなずいた。


――瑠璃?やっぱり、聞いたことがある……。


 餡里は、思いだそうとしている。

 瑠璃の名を聞いて。

 聞いたことがあると感じたからであった。


――僕は……誰?


 餡里は、激しい頭痛と戦いながらも、自分自身のことを思いだそうとしていた。


「そうか、私達に、刃向うというのだな」


「刃向います」


「なぜ?」


 柚月と朧に刃を向けられた勝吏と月読は、未だ、冷酷なまなざしで二人をにらみつけている。

 刃を向けられたことを残念に思っているかのように。

 柚月は、堂々と二人に、刃向うと宣言する。

 だが、勝吏にとって理解できない事であったのだろう。

 それゆえに、勝吏は、柚月に理由を問いかけたのであった。


「それが、貴方達を救うことになるからです!」


 柚月は、二人に告げる。

 刃向う事は、二人を救うことにつながるのだと。

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