エルフの絵本屋さん⑨

 13時30分からのシフトに間に合うように12時にユグドラシルへやって来たウチはとてもボロボロになった絵本が落ちているのに気が付いてその絵本を拾い上げた。


「これって」


 『まほうのふで』そんなタイトルのつけられた絵本をウチはこの世界に生きる誰よりもよく知っていた。


「ボロボロだけどきっと大切に読んでくれたんだろうな」


 表紙も中身も裏表紙もギリギリ形を維持しているレベルでボロボロになってはいたけれど、何度も何度も大事に読んでくれたことが分かる劣化の仕方だった。


「きっと探しているよね」


 ここまで大事にされている絵本がユグドラシルの中で無造作に捨てられているとは到底思えないのでウチは落し物センターと化しているオーナーのよろず屋に向かった。


「絵本、ですね。サファイアくん」


「このサファイア、必ずや探し出して見せます。おっと、失礼いたしました」


「ウチこそすいません」


 よろず屋の入り口で従業員のサファイアさんとすれ違いにお店に入るとよろず屋には小さな女の子を連れた女性がオーナーと話していた。


「あの、オーナー」


「おか~さん!」


 ウチがオーナーに声を掛けると、オーナーよりも先に小さな女の子がウチに気付いてウチの持っていた絵本を指差した。


「あ! あの、その絵本は?」


「さっき落ちていたのでここに届けに来たんですけど、もしかして?」


「はい、恐らく私が落としてしまったものかと」


 人間にとっては20年という長い月日が経ってしまっているけれど、ウチはその女性の顔がしっかりと記憶に残っていた。


「ウチの絵本を初めて買ってくれた方ですよね?」


「え? これを買ってもらったのは20年も前の」


「ウチ、エルフなので20年では見た目はあまり変わらないんです」


 間違いなかった。女の子のお母さんとなったこの女性はウチがローズに絵の描き方を教わって初めて書いた絵本を買ってくれた女の子だった。


「これ、お返しします。こんなになるまで持っていてくれてありがとうございます。また、ウチの書いた絵本を買って行ってください」


「は、はい」


「おね~さんありがと~」


 女の子はウチにそうお礼を言ってくれた。そんな女の子の頭をウチは優しく、少し雑に撫でた。20年前この子のお母さんにやったように。



3月12日 タンポポ

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