第206話 キーパーソン

 地面を蹴った瞬間、余りにも急激に上がりすぎたステータスのため、僕の身体がバラバラになってしまうかと思うほど爆発的なスピードが出ていまい、人間が地面を蹴ったとは思えない破裂音をさくらたちの居る場所に置き去りにしながら、二人の戦場へと向かってぶっ飛んだ。


 下手すれば物の数秒でリリスさんの元へと到着してしまうところだったが、何とか知覚速度をありったけ早め、身体中に張り巡らされている神経を刃を研ぐように鋭く研ぎ澄ます。


「――――!」


 体感的にもはやあらゆる車程度では追いつけない速さで飛んでいるにも関わらず、知覚速度を最大限に早めたことで普通に歩くのと同じぐらいしか周りの景色は後ろへと流れていかない。

 改めてステータスの凄さ、任意のステータスに振れる強さを共に実感したのではあるが、それよりも前方で起こっている状況の方が驚きであった。


 何と驚くべき事に、目の前数百メートル先で行なわれているリリスさんと大鬼の戦闘では、瞬く間に何回も激しく剣を交えていた。


「――――」


 知覚速度を上げるということは言うなれば、通常の時間の流れを体感的に引き伸ばすことと同じだ。つまり、知覚速度を上げていない人と上げている人が同時に同一の砂時計を見たのならば、前者は砂がサラサラ流れているのを、後者はポツポツと砂一粒一粒が数えられるほどゆっくりと落ちるところが見えるという事になる。


「おそらく私が言葉で指示しているのでは、対処に間に合わないでしょう。なので、少し脳に負担がいくと思いますが、無意識に働きかけるようにします」


 二人のレベルの高い戦いに対して僕の驚きを察したナビーがそう言うや否や、目の前で起こっている通常は見逃されるか、もしくは認識されない程度の情報、砂一粒が動いているなどの些事を含めた全ての出来事が情報として頭に直接雪崩れ込んでくるような、文字通り脳が焼き切れるような頭痛が襲う。


「「――――ッ!」」


 僕とナビーの苦悶の声が重なって外へ漏れる。


 音楽を聴く、漫画を読む、誰かと会話をする、匂いを嗅ぐ、三桁同士の掛け算の暗算、それら全てを同時にしているような頭を飲み込むこれらの圧倒的な情報は、おそらくナビーが普段処理しているような情報量だろうと容易に推測された。


「――――」


 常人ならば発狂してもおかしくない情報量を浴びせられる僕。しかし、量としては普段やっているため慣れているもののそれを瞬時に、そして的確に処理し僕へと送ることをしているナビーは、それ以上に負担が掛かっているだろう。


「「――――」」


 それを思えばまだ耐えられ、一心不乱に情報の嵐に飲み込まれないように踏ん張っていると、時が経つにつれて次第に頭をトンカチで叩かれていたような頭痛は治まり、目の前が徐々に晴れていくような奇妙な感覚に包まれた。


「……何とか調整できましたね」


 伝えたいこと以外が伝わらないはずの念話なのに全力疾走をした後のように息を切らし、憔悴しているナビー。それほどまでに僕へと精査という課程を踏まえて情報を送るのは、骨が折れるということなのだろう。


「結構来るね、これ」


 かく言う僕も、余りにも一気に雪崩れ込んできた情報量で、頭が一時パンク寸前までいっており、調整を終えピークは乗り越えたらしいが、未だにもの凄い情報の嵐が頭を襲っている。


「これでも抑えている方ですので、何とかお願いします」


 ナビーの場合僕と五感を共有しているが、その実僕が感じている何倍もの情報を得ており、機械でも聞こえるはずのない微弱な音や、決して見えるはずのない相手の筋肉の動きなど、感覚を所持している僕以上に五感を使いこなしている。


 そのため、通常の人間は全情報の約90%を視覚から得ているらしいが、ナビーの場合、割合で言えば五つの感覚をほぼ平均的に情報を得るのに使っているらしい。もちろん、五感の割合が変わったからと言ってどれかが劣っているというわけではなく、先ほども言った通り、情報の量と質どちらもナビーが圧倒的に僕よりも上回っている。


「――――!!」


 それを証明するかのように、晴れた視界でまず真っ先に目に飛び込んできたのは、前方で行なわれている戦闘において二人が放つエネルギーの強大さだった。


「……ナビーには世界がこんな風に見えてるの」


 今の僕は、要はナビーが得られる次元の違う情報を、ナビーが必要と思った物しか通さない精密なフィルターを通している状態。そのため、今僕が触れている情報は本当に大事な部分だけを啜らせて貰っているということだ。


 それにしても、前々からある程度はナビーの凄さを予想していたのだが、さすがにここまでとは思わなかった。


「世界が違って見えるよ」


 リリスさんが振るエクスカリバーには、剣舞として纏っている荒れ狂うエネルギーに加えて、それとは別にリリスさん本人が剣に込めている力も乗っており、それらを合わせた強いエネルギーは刀身をはみ出しており、そのおかげで刃という実体が無くてもそれでも尚桁外れな攻撃力を持っていた。


 つまりは剣が伸びている、と言っても過言ではないだろう。


「――――」


 対する大鬼も、スキルを使わずして単純な膂力でリリスさんの一撃を殺し、次の瞬間には自分も攻撃に転じている。その土管のような逞しい腕から繰り出される圧倒的なエネルギーはさることながら、技術も敵ながら一級品であり、リリスさんの込めたエネルギーがはみ出すことによって現れる見えない刀身をさも見えているかのように、自身の剣で巧みに対処していた。


「本当はもっと混沌としてますけどね……それよりもそろそろ備えた方が良いです」


 そんなに大量の情報が矢継ぎ早に入ってきて大丈夫なのか心配になりつつも、今はそれどころではないので、パチッと頭を切り換える。


「ナビー、僕は背中を預けるよ」


 ナビーは入ってきた洪水のような大量の情報を精査して、たった一滴の大事な部分を僕へと流す。その過程でもし大事な情報を見逃してしまったら、あるいは余計な情報を僕へと流してしまったら、その時点で僕は大鬼に殺されているだろう。


 そして、ギリギリ均衡を保っていたリリスさんだったが、僕が殺されたのを自分の弱さの所為だと思ってしまったがために、命綱の無い綱渡りから真っ逆さまに落ちて、ゲームオーバーだ。その先でさくら、ウィル、みゃーこは、僕とリリスさんを暴食によって吸収して更に強くなった大鬼に、瞬きをしている間に呆気なく殺されるだろう。


「――――」


 ベルーゼ戦のときに見せたウィルの力は、ベルーゼが作り出した特別な空間だからこそ出せた力であり、ここは単なるダンジョンであるためそれは無理なのだ。だから今はウィルはさくらに憑依することでしか、最大の力は発揮できない。


 そのため、この局面でキーマンになっているのは、間違いなく僕だ。そして、僕をサポートするナビーもだ。


「任せてください……真冬さんもご武運を」


 剣を構え心身共に準備が完璧に整ったところで、リリスさんVS大鬼による、剣と剣がぶつかる衝撃だけで地面がカーペットのように波を打ち、すぐに剥がれていくほどの力と力の激しいぶつかり合いが起こっている戦場へと、足を踏み入れた。

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