第179話 到着

 ステータスを全開にして、ウィルの飛行魔法を受けている僕たちは、ものすごい速さで海を渡っていた。異世界では比較対象が超人と言える人たちのためあまり実感が無かったが、こうして僕たちが元いた地球で実際に体験してみるとその速さは、言葉が出てこないほど凄まじいものだった。


「はやーーーーーーーい!!!」


 余りの速さに驚きすぎて絶句している僕とは対照的に、まるでちょっとしたアトラクションに乗っている子どものように終始はしゃいでいるさくら。その声は僕たちの速さの前では発した瞬間に遙か後ろの方へと追いやってしまうほどで、更には遠くの方の視界に飛行機が入ったと思えば瞬く間にその存在を大きくして、あっという間に後方へと追い抜いていった。


 普通イタリアまでは、僕らが一瞬で追い抜く程度の速さの飛行機では半日ほど掛かるらしいが、このままの調子でいくとおそらくは一時間経たずして着いてしまうだろう。


 因みにだが、音速を超える速さで移動しているため、周囲と自身への影響が普通では耐えきれないほどのはずなのだが、魔法を使っているためどちらに対しても少しの影響もないらしい。

 もちろんレーダーや飛行機に乗っている人からも見えないようになっている。もっとも例え見えたとしても人の目にもレーダーにも探知出来ないだろうが。


「ところで、その剣って勝手に持ち出して大丈夫なのかな?」


 前述の通り発するそばから声が後ろに飛んで行ってしまうが、ウィルは言うまでも無く、ステータスを持っているさくらにはちゃんと聞こえただろう。その印に、言葉が返ってくる。


「うーん、一応観光地的な感じになってるし、何か他の代わりみたいなの無いとまずいんじゃないかな」


 さくらは真剣な表情で顎に手を遣り、尋常ではないほど素早く流れる景色のせいでまるでギャグ漫画のワンシーンの様に思える中、至極真っ当な回答をしてきた。しかし、その意見は真っ当も真っ当で、観光地の目玉になっていた物が急に姿を消したとなったら、大変なことになるだろう。


 姿を隠す魔法のおかげで僕たちの姿は見つかりはしないと思うが、理由はあれど盗みという行為に対して良心の呵責を感じるとも思う。


 そんな事を考えていると、ウィルがあっけらかんとした声で、


「それならもう考えてあるよ。さすがに盗むのはあれだしね」


 そう言いながらウィルは光の大精霊らしからぬ悪い笑みを浮かべた。その幼げな顔を持つ少女姿であるウィルの何か悪いことを考えているような表情は、悪い予感を起こさせる力を十分過ぎるほどに持っており、あまり深く追求してはいけない気がしたので、僕はウィルの悪い顔を見てみない振りをした。


「――――」


 そして、しばらくウィルがどんなことを計画しているのか触れないように雑談をしていると、さくらが遙か彼方を指さしながら叫んだ。


「あ、コロッセオだ!!」


 その声に合わせて僕たちは減速をし始め、まもなく宙で止まることが出来た。そして、コロシアムという言葉の語源ともなっているコロッセオ含め、眼下に広がる景色を空から見下ろし、明らかに日本とは全然違う独特の雰囲気を噛みしめながら、僕とさくらは目を輝かせた。


「「イタリアだ!!」」

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