第178話 確認

「それにしても随分と派手にやっちゃったね……」


 車から出てきた時のさくらと同じような台詞を、ウィルは現状、もとい惨状に対して呟いた。確かに、車のエンジン系統とタイヤを数センチ程度さえも走れないように壊され、後ろの扉が文字通り破り取られている様子から、ここ一角だけを見れば住宅街と言うことさえ遠くの彼方に追いやるほど悲惨だった。


「これってどうすれば良いの?」


 これは僕の言葉だったが、さくらもおそらくは同じ事を思っているだろう。二人して何かしらの解決策を持っているかもしれないウィルの顔を見る。


「――――」


 その僕たち二人の助けを求めるような顔を見たウィルは、苦笑いと共に解決策を講じる。


「一先ずはここら辺一帯で、僕たちの事を見た人たちの記憶を消すことが先かな。それからこれに関しては……」


 すでに普通の大人は仕事に行っているような時間のため、この一連の出来事に関しての目撃者は数少ないだろう。しかし、ウィルがいくら頭の中の記憶は消そうとも、この車自体は物理なのでどうすることも出来ない。放置しようにも邪魔にはなるだろうし、粉々に壊すのはこの住宅街では無理だし、何より車に対して忍びない。


「どうせ廃車になっちゃうだろうし、収納しちゃおうか」


 道の幅の半分は塞いでいる車は、アクセルを踏んだままスピードを落とされるという変な止まり方をした所為によりエンジンは故障、タイヤは四つとも完全に破裂しホイールは少し変形、おまけには後ろの扉を引きちぎったおかげで扉自体は鉄の塊と化している。


 この車の持ち主たちに対してはほんの少しばかり可哀想とは思うが、元を辿ればさくらを無理矢理に連れ出そうとした自業自得なため、その可哀想は微量過ぎてほとんど何も思っていないに等しかった。


 しかし、そんな人たちに買われてしまったこの車本体には、心の底から申し訳ない気持ちと同情で心が痛む。


「いつかちゃんと修理して使ってあげよう」


 所有権やその他諸々あると思うが、その辺は僕を虐めていた時のお返しということで、知らん振りだ。きっとウィルが何とかしてくれるだろう。


 僕はそんなことを考えながら、子どもがプレゼントを貰ってその包み紙を開けたときのような乱暴に千切られた扉と、その扉の持ち主であった車本体をコートの収納場所に入れる。


 収納口の入り口は普通のポケットよりは気持ち大きいぐらいなのだが、不思議なことに車ほどのサイズでも吸い込まれるようにして入っていってしまった。


「それじゃここら辺の人の記憶を消させて貰うよ――」


 ウィルは僕が車を仕舞うのを確認してからそう言うと、目を瞑り小さく魔法を唱えた。


「――――」


 魔法を唱える言葉は音量的に小さかったため聞こえづらかったが、ヘッドホンをして音量を適切に調整しても、それに加えてスロー再生でゆっくりと噛みしめるようにして聞いても、キチンとした意味を持つ言葉として聞き取れないと、そう思った。


 おそらく僕たち人間が使えるようなそんな次元の話ではない、もっと高度な、根本的な魔法だからだろう。


「――――」


 魔法を唱えてまもなく、日中にも関わらずハッキリと見える光の粒が、蛍が自由に動き回るような不規則な感じで数え切れないほどの数が周囲へ広がっていった。その光達は一見不規則に見えたが、一つ一つが自分の役割を分かっているかのようで、それぞれ家へと入っていった。


 おそらくはこの光が人間に作用し、特定の記憶が消される仕組みなのだろう。


 火を起こしたり、水を出したりなど魔法は僕たちからしたらただでさえ非常識で摩訶不思議だ。しかし、今し方ウィルが使った記憶を消す魔法はまだその効果を目にしていないので真偽は定かでは無いが、そのただでさえ不思議な魔法の中でも更に理解が及ばないほどの代物だった。


「よし、お待たせ」


 最後にさくらが縛られていた紐で、電柱にギュウギュウ詰めに括り付けてあるいじめっ子たち全員と、その仲間二人に光が入ったのと同時にウィルは目を開けて、終わったことを知らせてきた。


「お疲れさま」


 さくらが早速ウィルを労う。それに僕も続くがついでに思ったことを尋ねる。


「お疲れ……それで記憶は消せたの?」


 ウィルのことを疑っているわけではないし、ウィルが使った魔法も疑ってはいない。しかし、記憶が消せるなんて魔法、僕には到底信じることが出来なかった。


 先ほど例に挙げた普通の魔法は、確かに何も無い場所から火を出したり水を出すことは、非常識だ。だが「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という言葉がある通り、魔法の現象、その単体は突き詰めて言ってしまえば、結局は科学の究極に過ぎない。


 しかし、事今回のウィルが行なった記憶を消去する魔法は、先ほどの魔法とは違い科学では説明が付かないことだろう。そのため、本当に出来たのかふと疑問が生じたのだ。


「うん、大丈夫だとは思うけど、一応見てみようか」


 ウィルはそう言うと、自分と僕たちに空を飛ぶ魔法を掛けた。そして姿を見えなくする魔法も掛け、僕たちは目には見えず空を飛べる、さながら幽霊と同じ状態となった。


「え!?凄い、本当に見えない!」


 ウィルが使う空を飛ぶ魔法は多分初めてなのだが、まるで翼の生えた鳥のように自由に空を飛び回るさくらは、途中自分の姿が映らないカーブミラーを見てはしゃぎ回っていた。


「気をつけてね」


 さくらが空を飛び回りしばらくすると、縛られている奴らに動きがあった。


「――――!!!!!!」


 一番最初に目を覚ましたのは、この中で唯一暴力によって気を失っていない運転手の男だった。その男は、自分が置かれている状況を周りを見渡しながらゆっくりと噛み砕こうとするも、何が何だか分からないといった様子で暴れ出した。


 その反応は無理も無いだろう。目が覚めたら仲間と一緒に電柱に縛られているなんて、理由が分からないのだから取り乱すのも仕方あるまい。


 そして、一本の電柱に繋がれているので、運転手の男が暴れてからその他の奴らが目を覚ますのに時間は掛からなかった。


「うぉ!なんだこれ」


「どうなってんだよ!」


「いてーから暴れるなって!」


「それよりなんでこんな所に俺らいるんだ……」


 一蓮托生とも言える手下どもの慌てように、全く感化されることなく一人だけ冷静に状況を分析したのはさすがと言うべきかリーダー格だった。


 その表情から本気で何故電柱に繋がれているか分からないと言った様子をしてるため、ウィルの魔法が奴らの中にあったさくらを連れ去ろうとした記憶を消したと、何よりの証拠となった。


「ちゃんと消えてる」


 さくらもその様子を見て、ウィルの魔法が作用したということを理解したみたいだ。


「それじゃちょっと駆け足になるけど、このままアーティファクトを取りに行っちゃおうか」


 何でこうなっているのかも、何故こうされたのかも、何もかもが訳も分からないためただ暴れている手下と、手と足を使えないようにされている中でどうやって電柱から逃れようと模索しているリーダー格を横目に僕たちは、アーティファクトを取りに行くため、イタリアへと向かうことにした。

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