第162話 荷物
「――僕の姿と瓜二つな……双子みたいな人がいたんだ」
母の綺麗で優し気な瞳が明らかな動揺によって大きく
「真冬に双子なんていないでしょ」
そう言った母の顔は優しそうで、目を細め少し笑っていた。小さい頃、子どもながらに疲れているように見えた母に、休むことを勧めたら同じ風に笑っていたことを思い出す。それと同じ笑顔が今の僕には楽しさや嬉しさを表すものではない、全く別の表情にしか見えなかった。
今ではその笑顔はやせ我慢や隠し事をするときの笑顔だと分かる。ピエロが苦痛を隠すような、そんな無理に作ったような張り付いた仮面の笑顔だと。
「母さん……本当のことを聞かせて?」
母の抱えきれないほどの強烈な痛みを何とか堪え、何事もないように取り繕っているような必死の笑顔に、その表情を引き出した僕の心も抉られているようなズキズキとした傷みを訴え、出てきた言葉が自分でもはっきりと分かるほど震えた。
「――――」
そんな僕の震えた声を耳にした母の顔は、僕ではない赤の他人がパッと見ても分かるほど、苦痛で歪み始めた。そして今にも泣きそうな顔で、
「真冬に見破られちゃうなんて……本当に成長したのね」
母はそう言うと今度は頬に一筋の線を描きながら、僕の頭を再度撫でた。その涙の訳は言わぬが花だろう。
時間にしたら十分ほど、僕たちは一切言葉を交わさずにいた。それは心を落ち着かせるためでもあるが、一番は次の事をお互いに話し、聞くための心の準備に必要な時間だったのだろう。それほどまでに母にとって、そして僕にとって、話題の中心人物――ボクの存在という者は大きいということだろう。
母は心の準備が出来たことを知らせるように深く深呼吸をして、僕の顔を一瞥。そして、僕の目を見据えるとおもむろに話し始める。
「真冬……真冬はね、本当は弟になるはずだったの……」
“なるはずだった”過去を思わせるその言い方に、僕の心臓は傷みを伴ってドクンと飛び跳ねた。そして、飛び跳ねた僕の心は僕自身に問いかける――本当にこの話は聞く必要があったのか、と。母の傷に塩を塗りたくり、それを抉る行為と相違ないのでは、と。
心臓が問いを急かすかのように鼓動を早くする。その音は次第に、僕の弱さが足音を立てて近づいているかのようにも思い始めてくる。
「――――」
母は僕の心情を察してか察してないか、その真相を知る術などはないが、確かに言葉を詰まらせている。その間は僕にとってはある意味救済であった。決心を捨て、向き合わずに引き返すのならば今の内だと。
「――――」
真の意味での向き合うということは、とても辛く苦しい。それは何故かというと、目の前にいる体験者には遠く及ばないまでも、その体験者が辛かったり苦しかった出来事を、その人を通して追体験するような事と同じだからだ。
なので、生半可な気持ちでは余りの痛さに思わず逃げ出してしまうだろう。そこで逃げてしまったら最後、体験者はやっとの思いで出そうとした荷物が
しかし、逃げ出さずにそれを乗り越えた先には体験者の背負っている荷物は、向き合った人物と二人で半分ずつ背負うこととなり、それらは次第に重さを減らしていくだろう。
「――――」
痛いほどうるさかった僕の心の鼓動は、徐々に鳴りを潜めていた。同時に近付いてきていた慣れ親しんだ弱さも僕から遠ざかっていく。
「母さん、大丈夫」
僕は再度固まった決心を持って母にその決意を表明した。僕は逃げない、だから荷物を下ろしてと。
「真冬、本当はあなたにはお兄ちゃんがいるはずだったの」
母は話し始めた。僕の知らないボクについての話を。
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