第120話 闇を乗り越え

 絶望さえも存在出来ないような闇の中、僕の身体だけが何やら温かいものに包まれているような感じがしていた。


 例えるなら冬期の布団、例えるなら雲の中、例えるなら天使の介抱。


 夢見心地のような、温かくて、ふわふわとしていて、幸せが溢れる状況は、まさに誰もがイメージする天国のそれと完全に一致していた。


(そっか、僕は死んだのか……)


”ボク”が犬に遊ばれる玩具のように悪魔にもてあそばれ、なぶられていたことを中で映像のように見ていた。そのため僕は悪魔が出したあのブラックホールのような物で案の定命を散らし、そしてここは死んだ先の天国なんだとそう直感した。


(――――)


 幼なじみのさくらのこと、面倒を見てくれたフランさんのこと、絶大な信頼を築いたカイトのこと、人格者を背中で語ってくれたアルフさんのこと、力を貸してくれたウィルのこと、僕と関わった様々な人々の心配を考えては決して尽きることは無いが、一番心残りなのは、


(僕って変われたのかな)


 そんな疑問だった。


 皆のことは確かに心配だ。考えれば考えるほどに胸が張り裂けそうな気持ちになる。しかし、さくらは僕よりも強く、フランさんは僕よりも賢く、カイトは僕よりも堅実で、アルフさんとウィルに関しては僕と比べるまでもない。だから僕が心配するだけ無駄なのだ。おそらく僕がいなくなっても大丈夫。


 そんな理由から僕が一番心に残っているのは、僕がこの世界に来た一番の理由である“自分は変わったのか”という疑問だ。


(――――)


 思い返せば地球では絶対に体験出来ないようなことを、このゲームのような異世界で体験してきた。


 ステータスがあったり、冒険者になったり、ダンジョンに行ったり、強敵と戦ったり、友人と本気でぶつかったり本気で心配されたり、悩んだり落ち込んだり絶望したり、本当に様々なことを体験したと思う。


 でも、あのまま地球にいたら僕は今も虐められていて、幼なじみであるさくらに助けられてばっかりだったのだろう。自分の殻にこもって痛みと情けない自分のことを見ない振りして。


(そっか……僕って変わったんだ、変われたんだ)


 そう思った途端、そう自覚した途端、ある気持ちがフッと湧き出てきた。余りに大きすぎた恐怖と絶望の所為で、黒く塗りつぶされてしまった気持ちが。そしてその気持ちは抑圧された状態から解放されたため、一気に溢れ出てきた。


(生きたい……まだみんなと一緒にいたい、戦いたい……)


 僕の周囲だけにあった温かさが徐々に広がっていく。


(もう逃げない、逃げたくない……)


 温かく、優しく、まばゆい光は、闇をも飲み込むような闇を照らして更に広がっていく。


(僕は変わったんだ、変われたんだ)


 遠くの方で何か声が聞こえる。


「……ゆ。ま……。」


 聞き慣れた実に心地の良い声だ。


「まふ……。……ゆ」


 僕を包んでいた光は、やがてある一箇所へと導くように伸びていった。


「真冬!真冬!!」


 僕は精一杯手を伸ばし、光を掴んだ。

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