第107話 ボロ

「薄々分かってはいたけど、やっぱりカイトくんなんだね」


 フランさんは案の定といった様子で納得のいった顔をしていた。

 最後の最後は思わず製造者であるカイトの名前を出してしまったが、それまでは上手く隠せていた自信はあったのに何故分かったのか、これから何か有事の際に隠し事をするときの参考にするため聞いてみる。


 一応を弁明しておくが、僕がした何か悪いことを隠すためではなく、誰かと対峙したときなど腹の探り合いのために、ということはぜひ知っておいて貰いたい。


「隠してたつもりなのですが……。参考までに、どこで分かったんですか?」


 僕の心を見透かせたことに得意げになっているフランさんはドヤ顔を見せながら、


「最初はこの剣が上物過ぎて誰かが作ったなんて思いもしなかったけど、真冬くんが"ある人が作った"って言った瞬間になんとなく……簡単に言うなら直感かな」


「でもそれはあくまで、フランさんが僕の交友関係に詳しいからですよね」


 僕の交友関係は大きなところで言うと、さくら、カイト、フランさん、アルフさん、みゃーこ、ウィルの六名だ。そのほかにも顔を合わせれば挨拶を交わす者や簡単な世間話をする者もいるが、親密かと聞かれればそこまでではないと答えるだろう。


 そんな局所と言ってもいいほど狭い交友関係に含まれており、かつその範囲を知っているフランさんだからこそ気づけたのだろう。しかし、フランさんが直感だけで物事を決めるときの最終的な判断をしないと僕の直感が言っているので、おそらく他の部分でも僕はボロを出していたのだろう。

 それは僕の交友関係を詳しく知らない人でもある程度は分かるような大きなボロを。


「これからのために教えてくれませんか?直感ではなく確信に至ったまでの理由を」


 僕の言葉にフランさんは満足している様子で、「そこまで考えられたなら上出来かな」と前置きをしてから、


「真冬くんが考えている通り、この先打算や利潤のために近づいてくる人がドンドンと出てくると思う。それこそ今のカイトくんの作った剣をどうにか確保しようとする人たちが……」


 フランさんは今まで見せていた好意的な表情を消し、目の前の、金属で拵えられた剣のように冷たく鋭い表情に様変わりさせ、いかにも指導者というような雰囲気を纏いながら続ける。


「そんなときに少しでも相手にこちらの情報を掴ませないことが重要になる。だから知りたいんだよね?自分が出してたサインを」


 僕はその問いかけに、一も二もなく頷く。


 このギルドの建物の一階、つまり下位冒険者は自分の実力や能力などは隠すが、何を倒した、何を達成したなど自分が行った武勇伝を、誰に隠すことなく身振り手振りを付けて声高に自慢する。その自慢話の証拠にその時に手に入れた物――ドロップアイテムまで見せびらかす者もいるくらいだ。


 本人達は至って普通に、そして真面目に自慢しているだけかも知れないが、少し頭がキレる者ともなれば、たったのそれだけの情報でその者の実力のおおよそは計れる。だから僕たちが今いる二階の上級冒険者が集うこの場所では、わざわざ自分から騒ぐことなど一際せず、皆が自分たちのメリットになりそうなことを目を皿にしながら探して、まるで虎が獲物を狙うかのように静かにじっと鳴りを潜めているわけだ。


 そんな者たちが集まるこの場所で、ステータスや能力はある程度あるものの、まだ冒険者になりたての僕が何も知らないまま入ってしまったら、それは虎が涎を垂らしながら跋扈するジャングルに、何も対抗するための進化をせずに丸腰で挑む草食動物とほぼ同義だろう。


 だからこそ肉食動物から自分の身を守るために、非常に鋭角で立派な角や、牙が通らないほど固い皮膚などの防衛策が必要なのだ。


「はい、そうです」


「真冬くんと私がもし初対面だったとすると、違和感を覚えるのはある人って言った前後の僅かな表情の動きかな」


 フランさんは自分の顔を人差し指で軽く叩いた。


「予想だけど、その発言の前は名前を隠さなきゃと思ってたのか本当に少しだけど顔が強張ってた。そして言った後はその強ばりが消えてある人カイトくんへの尊敬とか友情とかが雰囲気から感じられた――だから真冬くんとその"ある人"はお互いに思いや気持ちを汲み取り合えるほど深い関係だと考えられる」


「――――」


「あとは真冬くんと付き合いのある私じゃなくてもかるく身辺調査するだけで専属鍛冶師のカイトくんに繋がっちゃう」


 フランさんの推理はメンタリズムまでも兼ね備えたシャーロック・ホームズそのもので、その言葉は全て僕の心理を覗いてるが如く的確に、そして正確に射抜いていたものだった。


「会話と表情だけでそこまで分かってしまうんですね……」


 普段のフランさんと同じ人物かと思わず疑ってしまうほどの手腕で驚きを禁じ得ないが、人の生き死にがほんの一寸先に転がっているようなこの世界で、それを誰よりも経験している受付嬢であるフランさんだからこそ出来た芸当だと僕は納得した。


 そして同時に、この世界で不当に搾取されないで生きていくためには、比較的治安が整っている日本や、もっと広義である地球全体で言えば狡さ、それとは間反対のこの世界では、強かさを持ち合わせていなければいけないのだろう、とこの身をもって痛感した。


「でも上手く隠せていた部分はあったし、真冬くんなら追々出来るようになるよ!それより加工って何するの?」


「それ私も早く聞きたい」


 先ほどの鮮やかな推理を見せたフランさんの太鼓判は、直前までばんばんと心境を当てられ、驚きやらそのほか訳の分からない物で頭が真っ白になっていた僕に、“焦らないで良いんだよ”と言っているように思え、絶大なる安心感をもたらした。


 それからここに来た理由の二つ目である、カイトが作った武具を信頼できる人以外に見られないように、加工する話へと移ることにした。

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