第108話 矛盾
「加工ってよりは厳密に言うと、付与する形になります」
「付与魔法ってこと?でも付与魔法って普通は強化するために使う魔法で、弱体化は出来ないはずじゃ……」
フランさんは自信の記憶を探るような仕草をしながらそう答えた。
「そうですね……普通は出来ないと思いますし、もし仮に出来るとしてもする人はいないと思います」
付与魔法とは読んで字の如く、何かしらの事象を対象に付与する魔法のことだ。その内容はほとんど制限が無いといっても差し支えなく、術者の想像力とそれを再現できるほどの技量さえあれば、いくらでも化ける可能性のある魔法。
その魔法は普通の人ならば、対象の強化に使うのがメインで、弱体化させようなんてことは思いつきもしないだろう。それをするような人は地球で言うところの、自分が持っているスマホにバッテリーの減りを早くさせるようなアプリを入れたり、インターネットに繋がりにくくするような何かをするのとほぼ同義だろう。もっと言えば、スマホ自体を壊してしまうようなウイルスを自ら入れるようなこと、とも言えるだろう。
「でも真冬くんはそれをやるんだよね?」
仕事柄受付嬢としての興味と、誰もが思いつきもしなかったことをこれから目の前で行なわれるかも知れないという期待感が入り交じった顔で、フランさんは言った。
隣にいるさくらも同じく、どうするんだろうといったワクワクとした表情で僕に期待の目を向けていた。
「はい、これからこの剣に僕が持っているスキルの能力低下を付与します」
僕の言葉がフランさんの耳に届いた瞬間、フランさんは興味と期待が入り交じった表情を驚愕の一色へと瞬く間に染めた。
フランさんにはスキル能力低下のことを以前に軽く話してあり、僕が分かっている範囲でなら大まかな概要を伝えてあるので、どんなスキルかは把握しているだろう。
ステータスの数値を任意に低下させ、その数値に見合ったステータスの恩恵を受ける。地球に帰った際に急激に上がったステータスによって物を壊さないためと急いで習得したスキルだったが、いざ蓋を開けてみれば正直あまり意味が無く、お蔵入りがほぼ決定していた。が、しかしカイトの家から出た瞬間に手持ちのカードを並べてみて、受け取った武具を売らないという選択肢以外に何か方法はないかと考えたところ、使い道が皆無だったジョーカーが場面をひっくり返すエースとなったのだ。
「それは思いつかなかった……でもそれって本当に出来るの?」
「出来るかどうかは正直分かりません……」
フランさんが言いたいことは、スキルである能力低下を付与魔法で武具に付与できるのかどうかの話だろう。正直なところ僕にでも分からないのが、本音だ。
「でも、やってみなきゃ失敗するか成功するかも分かりません」
フランさん曰く持っているのを聞いたことさえ無いステータスを弱体化するスキル能力低下、そして、付与魔法の用途で実行することは愚か、誰も思いつくことさえなかった弱体化するための付与。――この負の二つの掛け合わせた、まだ誰もが到達していない未開拓な領域。だから全く成功する予感さえ見せずに呆気なく失敗し、カイトが夜通し作った武具を壊してしまうかもしれないおそれは十二分にある。
しかし僕には確かな自信があった。
その自信の源泉はさくらからの全幅の信頼だったり、フランさんからの期待だったり、カイトからの信頼があるからこそ生まれる自信だ。みんなが僕を信じてくれるから、僕もそんな僕のことを信じられる。
そしてそれに加え、地球では負の数字同士を掛けると正の数字になる性質があるのも、僕の自信の駄目押しとなっている。使えないスキルと使わない用途、その負を掛け合わせれば正の結果をもたらしてくれるだろう。
【付与魔法・能力低下&封印】
僕はカイトが自らの選択とは言え、寝ずに夜通し鍛錬した剣に掌を向けて付与魔法と能力低下、それと使用者の能力に応じて段階的に剣が力を解放していく封印を施した。その封印を施したわけは、カイトの意志を僕なりに汲んだつもりだからだ。
カイトは出来るだけ良質な物を作りたいと思っている。しかし今回僕がやる能力を低下させることは、真っ向からそれを否定すること他ない。でもそれをやらなければ、カイトはもちろん、僕やその周囲の人物に何かしらの災難が降りかかる恐れが出てくることは確実。
カイトの鋼のような意志と、僕の未来への憂慮は互いに共存できない。端的に言えば矛盾なのだ。
その矛盾を解決するためには、互いに納得の出来る妥協点や折衷案が必要となる。
どんな物も貫く最強の矛と、どんな物も通さない最強の盾を例に取ると、その2つの互いの謳い文句は真であるが、最強の2つを真っ向から戦わせたら、それを持っている人物の力量で決着が付く、といった感じだろうか。そうすれば両者が干渉しない場面では、片やどんな物も貫き、片やどんな物も通さないという矛と盾が実在することとなる。
そういうことからカイトの意志を出来るだけ尊重させ、でも僕の考えも取り入れた結果、能力は下げるが、それは所持者の能力次第で武具のポテンシャルを最大限まで引き出せる封印という形となったのだ。
「成功した……?」
さくらのその声がきっかけとなり、僕が魔法を掛けてから停滞していたこの空間の時間が動き出した。
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