第79話 偽善

 みゃーこがはぐれないように肩に乗せ、カイトとさくらとウィルがいるカイトの家に向かう途中で、こんなことを訊いてみた。


(ところでみゃーこ、いくら声が聞こえてきたからって何でダンジョンに潜ろうって思ったの??)


 僕は少しだけ疑問に思っていた。それは、喉に刺さっている魚の骨のように明確だが、些細な違和感のような物として。


 例えばある日突然、誰かの声でここに行って何をしろと言われたとする。普通の人ならばまず初めに“何で?”と動機を必要とするのは自然なことだろう。

 誰も無意味な事をしたくないし、無意味な時間も過ごしたくない。ましてや何処の馬の骨かも分からない声で命を落とすかもしれないような危険な場所に向かうなど、誰だって首を縦に振らないだろう。


 それを覆すのが"何で?"という動機だ。僕はみゃーこにどんな動機があってダンジョンに潜ったのか、一応は水に流したものの、僕の注意を反故にしてまで潜った理由を知りたかった。


(みゃーは産まれたときからずっと独りの野良猫で誰かの温もりなんて知らなかったのにゃ。でも、ご主人様達が拾ってくれて優しくしてくれてみゃーはやっと産まれてきて良かったって思えて、それでみゃーはご主人様達にお礼がしたいとおもったにゃ)


 人は、いやこの世の生きとし生けるものは、皆産まれながらにして平等ではない。平等なのは死ぬことだけであって、それまでの過程は誰もが目を背けるような酷く惨い者もいれば、誰もが羨むほどの幸せな者もいる。


 この世には努力だけではどうしようもないことなど五万とあるだろう。その数ある中で最初にぶつかる事が生まれなのではないだろうか。


(それで強くなって戦力になろうと?)


(そうにゃ。まずは何か出来ることはにゃいかと探していたところ声が聞こえてきて、そうするのが一番良いって)


 僕はさくらが気に入っているようだったからみゃーこを拾った。確かに可愛いと思っていたし、出来ればどうにかしてあげたいまでは考えていたが、ここで拾ってしまえばこれから先出会った野良に可哀想とか思ってしまったら全てを助けなくてはいけなくなる。


 それは命に貴賤など無いし、全てを助けなければ偽善になってしまうから。だから、さくらが隣にいなければ、そしてさくらがみゃーこを気に入らなければ拾ってなどあげなかっただろう。


 しかし、みゃーこからすれば拾われて、物を食べさせてくれ、優しくしてくれた事が全てなのだろう。そこにはどんな理由があろうとなかろうと、偽善だろうが善だろうが、関係はない。


 ――やらない善よりやる偽善。


 今回のことはその最たる例だと言えるだろう。


(そっか、じゃあ期待してるよ)


(任せるにゃ!)

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