第57話 関係

「――頼む……。俺の呪いを解いてくれ」


 顔を上げウィルにそう頼んだカイトの表情は、先ほどまでのどこか何かを洗い落とせていなかった様子とは違い、徹底的に濾過された水のように純粋でとても澄んでいた。

 おそらく呪い過去には、僕が想像も出来ないような壮絶な物語があるのだろう。それを今やっと清算し終わり、凝り固まっていた錆を落とすことで、ようやく肩から下ろし始められているのだと推測する。


 ――過去のトラウマは一瞬では拭いきれない。これから僕たちがそれを肩代わりしたり、拭うのを手伝っていけば、いつか本当のパーティーに成れる日が来るだろう。


「分かった……じゃあさくらちゃん、入ってきて良いよ」


 ウィルは、出入り口の重厚な扉に向けて声を掛けた。


「気付いてたんだ……」


 堅牢な扉がゆっくりと開き、恥ずかしげな表情を浮かべながら入ってきたのは、走って飛び出していったはずのさくらだった。


「えーっと……」


 内情はともかく、結果的に盗み聞きをしてしまったことに引け目を感じているのか、さくらはそれ以降上手く言葉を続けられず、救いの眼差しを僕に向けて送ってくる。

 だが、ここで僕がさくらに助け船を出してしまうと誰のためにもならないと考え、心を鬼にして敢えて視線を無視する。


 誰も彼も言葉を発することが出来ない沈黙の状況がしばらく続き、とうとう我慢の限界に達した様子を見せ始めたさくらが口を開く。


「そのー……カイト、ご――「さくら、すまん!!」」


 謝ろうとしたさくらの言葉を遮って、カイトは地面に頭を叩きつけるような勢いで、思い切り頭を下げた。

 意を決して発した謝罪が遮られたことに加えて、謝るはずだった相手に急に謝られるといういきなりの急展開に驚いて、言葉を紡げずに口をぱくぱくと開閉させているさくらに、地面とほぼほぼ平行に頭を下げているカイトはポツポツと話し始める。


「さっきの俺は少し弱気になってた……と思う」


「――――」


「さくらと真冬に言われて、俺はやっと殻を破れた気がする」


 カイトは頭を上げ、陰りはまだ残っているが、それでも確かな笑顔を覗かせながら、


「だから二人とも……いや、三人とも――ありがとう」


「「「…………どう致しまして」」」


 呆気に取られていた一同だったが、真冬、さくら、ウィルは数瞬間が空いた後顔を見合わせ、声を揃えて笑顔でそう言った。


 そして、さくらはとびっきりの笑顔を狐の嫁入りよろしく急に曇りがかった申し訳なさそうな顔にすると、先ほどまで覗かせていた迷うような素振りを一切も見せずに、カイトに向かって謝る。


「私の方こそ、ごめんね。カイトの事まだあんまりよく分かってなかったのに、知ったような口を利いちゃって……」


「いや、良いんだ。それで救われたこともあるから……」


 カイトは自虐的な笑みを浮かべた後、腹を決めたような毅然とした表情を見せ、


「お前たちには、呪いで起きた出来事を聞いて欲しい」


 緊張した面持ちでそう前置きし、僕たちが無言の同意をすると、徐に過去のことを話し始める。



 呪いの所為で兄二人を亡くしたこと。


 鍛冶師学校で冷遇されたこと。


 冒険者ギルドでパーティーを組んだときのこと。そして、それで仲間を亡くしたこと。



「――これが呪いの所為で失ってきたものだ。こんな暗い話を聞かせて済まない……でも、お前たちには知っておいて欲しいと思ったんだ」


 カイトが今しがた打ち明けた過去のあまりの壮絶さに、僕は唖然とする他なく、さくらは途中から涙を我慢することが出来ず、嗚咽を漏らしていた。ウィルは達観しているのか、あからさまな感情表現こそ無かったが、微かに悲痛な面持ちをしているのが視界の端で見えていた。


「話してくれてありがとう」


 さくらはしゃがみこんだまま未だ咽び泣いており、とてもじゃないが言葉を発すことが出来るような状態では無いと思ったので、一同を代表して言葉を返した。


「いや……それよりさくらには早速呪いを解いて欲しいと思ってるんだが……この状態じゃまだ無理か……」


 カイトはさくらの有様を見て、困惑した様子で半笑いし、そう言った。


 長年苦しめてきた呪いを出来ることなら今すぐにでも解呪したい、というカイトの気持ちは大いに理解できる。それでも、さくらの止まらない嗚咽を押してまでやらせるのは、さすがに酷だと思ったところで、カイトもそう判断したようだ。


 直近で話さなきゃいけないことも、やらなきゃいけないことも無くなってしまい、手持ち無沙汰をどうするか悩んでいると、横目でウィルの表情が真剣な表情に変わったのが捉えられ、何か大きな一石が投じられると身構える。


 カイトもそれを察したのか薄らと緊張感を漂わせ始める。

 先刻よりも少しだけ張り積めた空気の中、ウィルは「ところで、話変わるんだけど……」と前置きし、なかなかどうして大きな一岩を投じてきた。


「恐らく僕の見立てだと、真冬くんが魔神攻略による最重要人物になると思うんだけど、“今の人間”が作れる武器じゃ、神をも圧倒する力を持つあいつには到底その刃は届かないんだよ」


“今の人間”ということはつまりそういうことだろう――


「――アーティファクト」


「うん、そういうこと。それでまぁ……これから言うことはカイトくんは何言ってるのか全く意味分かんないと思うけど」


 疑問符を頭一杯に浮かべるカイトを一瞥し、この世界でナビーを除く、他の人物から出されると思ってもみなかった単語が出される。


「――地球に一端帰らないといけない」


 隣にいるカイトを見てみると、ちきゅう……?と呟きながら、首を傾げていた。


 僕もウィルの口から地球という単語が出てきて、僕が思っている地球と同一の物なのか疑問に思い、カイトと同じく首を傾げたくなったが、多分合っているんだろうな、とウィルの"カイトには分からない"という前置きから理解した。


「それは……なんで?」


 心の底から湧いてきた素朴な疑問だった。


 アーティファクトを探さなくちゃいけないのは分かるが、それが一体全体どう紆余曲折を経たら、地球に繋がるかが全くと言って良いほど想像が出来ない。まさかとは思うが、地球にそのアーティファクトがあるとは考えつかないし……。


「今真冬くんが思っているそのまさか、だよ」


「…………え?」


「まあ、話したら長いんだけど聞く?」


 少しだけ嫌そうな顔しながらそう言ったウィルに向かって、一も二も無く二つ返事で返す。


「うん、もちろん」


「はぁ……地球にはね――」


 ウィルの話を要約するとこうだ。


 異世界から地球に転生したり、転移したり、はたまた地球から異世界に転移したり、転生したりなど、今までの歴史上数え切れないほど相互的に、転移や転生をしてきたという。


 そして、転生に関して言えば生まれ変わりなので今回の件に関係ないが、僕と同じく転移をして片方の世界に移動した場合、物の行き交いも多少ながら行なわれていたのは、想像するに難くは無いだろう。

 加えて、その中でアーティファクトも物の行き交いの中に組み込まれていたという。


 こと剣のアーティファクトもその一つである。


「――だから、それを地球に取りに行こうという話」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


面白いと思っていただけたら、♡と☆をぜひお願いします!


感想も一言でもなんでも良いので、どしどし送ってください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る