第37話 昔話
「言う必要が無かったから言わなかったけど、聞かれちゃったら答えるよ。僕の本名はウィル・オ・ウィスプだったんだ。真冬くんが言っていたやつだよ」
ウィル・オ・ウィスプとは、世界の各地で存在している鬼火の伝承の一つだ。その鬼火の正体が実は精霊の世界に何かしらの理由で、帰れなくて彷徨っている光の精霊かもしれないという説から、昨今の地球では光の精霊として扱われたりもしている。
そこからウィルと取ってみたのだが、まさかの本物ということに加え、ここでも地球の産物が出るとは思わなかった。いよいよ地球とこの世界は、
「
「――――」
心を読まれてももう驚きはしない。
「その昔は精霊族や人族、神族も仲良くやっていたんだけど、今は僕以外の大精霊含め、全精霊たちを筆頭に神すらも、欲も業も際限なく深い人間に対して悪感情しか持っていないんだ。ある一人の人間のせいで――」
ウィルは遠い目をしながら、昔に起こった出来事を交え、名前を捨てた始終をポツポツと話し始めた。
それは遙か昔、まだ神や精霊、人が同じ地にいた頃の話。
神は人に知識を授け、精霊は火や水など生活に必要な物を生み出し、人は両者に食物を献上した。
人は神や精霊とは違い、疲労したり病気に掛ってしまい働けなくなってしまう。また、天候によっても、食物の生産力が左右されてしまう。
それを見た神は人の脆弱さを哀れに思い、努力した者が報われるように、またある程度の理不尽にも抗えるように、魂を成長させることが出来るステータスを、個人個人に与えた。
重い物を持ち続ければSTRが上がり、早く走ればAGIが上がるなど、努力が目に見えて分かるようになったことに、人は諸手を挙げて喜んだ。
そしてステータスのおかげで、才能を知ることで自分たちに最適な職などが分かり、ついては生活がしやすくなった。
その様子を見て、神は我が事のように喜んだ。
いくら神と言えど、自分がしたことが誰かのためになることは、素直に喜ばしいことだったのだ。
しかし、ステータスを与えたことが後に争いを生むとは、神は露程にも思わなかった。
――人間には、善人もいれば、悪人もいる。
性善説の人は産まれながらにして善をする生き物、性悪説の人は産まれながらにして悪をする生き物。そのどちらの見解も結局の所、人は悪行も善行もし得る、という他ならないのだ。
絶対的かつ超越的とまで謳われる存在の神でさえ、そのことを事前に理解できなかったのである。いや、神だからこそなのだろう。
神は自分自信の利益ではなく、もっと広い視野で世界の利益のために動く合理主義の権化、とも言える存在なのだから。
神は、精霊が魔法の原初ということや、火や水の出来方などの化学的な知識を人に教え、精霊は、人に魔法の基礎や応用など実践して教えた。
人は教えを受けてからあっという間に、火を起こせるようになり、水を出せるようになり、それらを複合させて、熱湯も作り出すことが出来るようになった。
まるで渇いたスポンジのように次々と自分たちが教えたことを吸収し、更には発展させていく人間たちに、神と同じくいつからか精霊たちも、我が子のように愛情を持って接していた。
――だが、そんな幸せと呼べる日々は人間の時間からしても、神の時間からしても、極々短かった。束の間の幸せだったのだ。
ある一人の人間が大きな欲を外に出してしまった――人間の上に立ち、神になるための力が欲しい、と。
そこでその人間が考えたことは、精霊を自分の身体に吸収してしまおう、という常人ならば思いも付かないようなことだった。
今まで使ってきた魔法は精霊の排泄物を取り込み、現象を具現化していると聞いていた然る人は、魔力の発生源である精霊自身を取り込んだら、今までとは桁違いの力が手に入るのではないか、と考えた。
然る人の闇属性の適正値が異常なまでに高かったため、その時取り込まれる精霊に選ばれてしまったのは、闇の大精霊――シェイドだった。
余談だが、その
それから然る人は、シェイドを人気のないところに話があると呼び出し、シェイドの意思関係なく、無理矢理自身の身体に取り込んだ。
シェイドを取り込んだ後、
そして何を考えたのか、然る人は召喚した魔神さえも、自分の身体に取り込んでしまったのである。
闇精霊の頂点――
だが、人間と精霊はもちろん神も、その人間を黙って見てはいなかった。
大精霊や自分たちの力――神力など自分たちが持てる全ての力を使い、何とかそいつを消滅させる寸前まで追い詰めたのだ。文字通り死力を尽くしたのだ。
そこにたどり着くまでに精霊や神、人など様々な種族に決して見逃せないほどの損害を出してしまったが、被害は最小限だった、とその時代を生きる誰もが胸を張って言うだろう。
種族の頂点である神の力を持ってしても、それぐらいのことを言わしめる程、大精霊と魔神を吸収した人間の力は、強大なものだった。
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