第30話 これから……

 目が覚めると見知らぬ天井……ではなく、


「ここはギルドか……って、僕は…………」


 急に意識が途切れたことで記憶が混濁としていた。だが、それでもはっきり覚えていることがただ一つだけあった。


 手に残っている人を斬った感触。


 ひいては、人を殺めた感触。


 まだ不気味な感覚が残っている手のひらを見つめ、そのことを意識した瞬間、真冬の心臓の拍動は急激に早くなり、落ち着いていたはずの呼吸はリズムを崩し荒くなった。

 そうした身体の拒否反応と同じく、心も人類最大の禁忌を犯したことによる良心の呵責で押しつぶされそうになっていた。


 のべつ幕なしに溢れ出てくる大量の脂汗を流しながら、一向に止まらず震えている手を眺めていると、不意に身体と心が温かいものに包まれた。


 寒い日の温かいお風呂、栄養満点の鍋物、包み込んでくれるお布団、の全てが太刀打ちできない程の温もりを持ち、優しさに溢れ、慈しみを感じる温かいものの正体は、さくらだった。


 さくらは何も言わずただぎゅっと抱きしめ、ひたすら頭を撫でてくれていた。



 さくらの体温と、自分の体温が混ざり合い、自分の身体が蕩けていくような感覚がし始めた頃、再度気絶するように眠りについた。



 目が覚めた。


 部屋から覗いて見える景色の変わった外の感じからすると、あれから結構な時間眠ってしまったみたいだ。

 そして、時間が経ったのとさくらに抱きしめられたおかげで、起きてすぐに取り乱さないほどには心は落ち着きを取り戻しているようだ。


「真冬……もう大丈夫?」


 僕が起きたことで、すぐ横で眠りについていたさくらを起こしてしまったみたいだ。


「うん、さっきよりは落ちついたよ。ありがとね」


「そっか……よかった……」


 安心し嬉しそうだが儚げに笑うさくら。


「さくらの方こそ大丈夫?何もされてない?」


「私は全然大丈夫だから、まずは自分の身体の心配をして!」


 さくらに言われた通り、無視していた自分の身体に意識を向けると、神経をやすりで削られているような痛みと、猛烈な倦怠感が全身を襲ってきた。


「――ッ!!!」


 真冬の口からは声にならない声が漏れ、その表情と額から滲む脂汗から壮絶な痛みがうかがえる。


痛み軽減ペイン・オリビエイト


「どう?」


「あ、ありがと……」


 唱えてくれた魔法でさっきよりは幾分かましになったが、激痛の余韻がまだ残っていた。倦怠感もインフルエンザに罹っているぐらいにはなった。


「今は他人より自分の身体を労ってあげてね!」


 それからさくらは、身体の回復に良い食べ物をフランさんから貰ってくる、と言い残し部屋からそそくさと出ていった。


 出ていくさくらの背中を見送った後、何気なく閉められた窓の方を見ると、光る球が外に浮いているのが見えた。僕はなぜだか分からないが身体が痛むのに関わらず、窓の方へ歩いていき光を誘うように窓を開ける。


 ガラガラガラ


 そして、開けた窓から光の球はゆっくりと部屋に入ってきて、一段と明るくなった後、はっきりと人型になった。


「ふぅ……真冬くん、気付くの遅いよ」


「ご、ごめん……」


「いいよ、いいよ、気にしないで!身体まだ痛むでしょ」


 身体という単語を聞き、さっきまで忘れていた不調が思い出したように現れ、身体を支えることが出来なくなってしまう。


「――ッ」


「っと!大丈夫?精霊魔法は身体に負担がすごいから、休んでた方が良いよ」


 真冬は精霊に肩を支えられながら思った。


 君が窓の外で待っていなければ、こういうことにはならなかった、と。

 だが、言わない。いや、言う気力すら無いという方が正しい。


 そんな無益なことを考えている間に、精霊は優しくベッドに寝かせてくれた。


「あ、ありがと……」


 絞り出した末にようやく出たのは、今にも消えそうな声だった。


「ううん、大丈夫だよ!」


 自分でも分かるほど弱々しい声に、少しだけ痛まし気な表情を見せたあと、今までに見せたこともないほど真剣な表情に変え、僕に問いを投げかけてきた。


「ねぇ、君はこれからどうすんの?」


「これからって?」


 精霊が言わんとしていることの大体の目星は付いているが、心の準備のためあえて問いに問いで返した。

 それを察してか、精霊は少し間を置いて説明をする。


「……うーん、ダンジョンのこととか、あの女の子のこととか」


 思った通りだ。今回のことで、僕の間接的な弱点が分かった。


 それはさくらだ。


 僕はステータスの上がりが異常なほど良いらしく、ステータスの数値だけを取って見るならばすでにトップクラスと言っても、差支えないぐらいだという。

 対してさくらの場合、スキル賢者のおかげで魔法系のステータスは高くなっていて魔物の殲滅は得意だが、対人戦ないし接近戦はてんでダメだ。完全な後衛型と言えるほどまでに。


 これからダンジョンを攻略するにつれて、僕の名声は必然と上がっていくだろう。

 それに妬んだり、嫉んだりした輩が何をしてくるのか、そういう奴が何を企むのかは皆目見当がつかない。だが、その時、僕に何かをしてくるよりは女の子であるさくらが、標的になるほうが確立としては高いことは明白だ。


「……地球に帰すよ。それが僕のためにも、さくら自身のためにもなると思う」


「本当に良いの?」


「うん。僕も離れるのは心苦しいし嫌だけど、そうするしか他にないと思う」


 今までの出来事から考えると、この世界と地球には何かしらの関係があることは確定したので、地球も絶対に安全と言えるわけではないのだが、少なくともこの世界よりかは安全が約束されているだろう。


「君が望むな――」


 ガタンッ


「「え……?」」


 何かが落ちる音がした方を向くと、そこにはさくらが形容し難い表情で佇んでいた。


「さくら……?」



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